いよいよ9月29日(日)、川崎ルフロンにて開催される『ITADAKI ダブルダッチ甲子園 2024』。
これまでFINEPLAYはメディアパートナーとして、大会当日の様子だけでなく、大会開催前にアンバサダー・REG☆STYLEと豪華なキャストたちとの対談をお届けしてきた。
今年からキービジュアルや審査員の顔ぶれも一新し、またゲストとして、出場する高校生=“ITADAKI世代”に近い世代のプレイヤーたちがこの日限りのショーケースを披露する企画も始動。
4年目を迎え、大会として成熟してきたITADAKIにまた新しい風が吹き荒れようとしている。
そんなITADAKI 2024に先駆け、今回はREG☆STYLEのKO-YA・YUIと、GUESTとして出演する「Virgin odd scrap」(ヴァージン・オッド・スクラップ)より、ikkyon・KOKOROの2名による鼎談(ていだん)をお届けする。
彼らが語るダブルダッチへの思いと未来とは。

かつて抱えていた“悩み”と“悔しさ”
──本日はよろしくお願いします。
今回は“若手2人”との鼎談ということで、まずはKO-YAさんからこの2人がどんなプレイヤーか紹介していただいてもよろしいでしょうか。
KO-YA
一言で言うなら、この2人は次世代のスターですよ。どちらも小学1年生からダブルダッチをプレーしているので、歴はもう15年くらい。僕ですら16年なので、もうベテランですよね(笑)。
同じくらいの年月ダブルダッチシーンを見てきているなかで、数々のタイトルも獲得してきて、今や大学生シーンではトップランカーの2人ですから、今回ゲストとして声をかけさせてもらいました。
そして、今このトップを走る2人の言葉は高校生世代にも響くんじゃないかなと思い、今回こういう形でのインタビューもお願いしたいなと。

──ありがとうございます。これを読んでくれた高校生たちにも響くようなものになることを期待したいですね。
それでは最初に、2人がどういう足跡をたどってきたのかなと。高校時代のことを振り返って、当時抱えていた悩みってどんなものがあったか教えてもらえますか。
ikkyon
今KO-YAさんから「小1からダブルダッチを始めた」という話があったと思うのですが、僕らは高校生のとき、自分たちだけでダブルダッチを続ける決断をしたんです。
ただどうやって続けていこうか、続けていけるのか…。当時似たような境遇のチームもいなかったので、初めはすごく戸惑いました。
KOKORO
私も似たような状況でした。中学生まで続けていたチームが解散し、それぞれ別の部活動や高校に進学して、高校生になって気がついたら私1人になっていて。やる場所や環境を入学してすぐに失ってしまったんです。
後に別のクラブに移籍することになりましたが、最初は大変でした。
YUI
高校生でその悩みに直面するのはなかなか大変だったと思うけど、どう乗り越えていったの?
ikkyon
僕は幸いにもチームメイトは残っていたのですが、今まで自分たちだけでパフォーマンス作りをやってきた経験がなかったんです。
なので「フリーロープ*に行かせてください」と連絡したり、出られるイベントを自分たちで探したり、自分から積極的に外のコミュニティに飛び込むようにしました。
*フリーロープ:音楽に合わせて自由にロープを跳ぶ練習のこと。パフォーマンスのように規定の音楽に合わせるものではなく、ランダムに流れる音楽に合わせて跳ぶことが多い。
KOKORO
しばらく1人の期間が続いて、結局自分で行動しないと何もできないなと気づいたんです。イツキくん(ikkyon)と一緒で、親に相談してついてきてもらって、イベントに行ったりしました。
あと、その頃ってワークショップやレッスンがいろんなところで開講されるようになってきて、勇気を振り絞って行きました(笑)。
1人で挑戦しに行くのは不安でしたが、教えてくれる先生だけではなく、(その当時)大学生の受講者も含め、上の方々は自分のことをすごく気遣ってくださるんですよね。
そこから人脈も増えていって、そのタイミングで別のクラブへの移籍とチームに所属することも決まって、また頑張ろう!となったことを覚えています。
KO-YA
やっぱり自分から行動しているし、自分からいろんな場所に出向いていますよね。だからみんなこの立ち位置なんですよ。

──そうですね。大学生になってから…とかではなく、今輝いている子たちはこの時点から行動していたという。
YUI
そもそも仲間が離れていったり、続けられる環境が不十分だったなかで、どうして2人はダブルダッチを続けたいと思うようになっていったの?
逆境のなかでも頑張りたいと思えた原動力を知りたくて。
ikkyon
僕は1on1のバトルですね。
ダブルダッチはショーケース中心の文化なので、「1on1バトル」というものの概念が自分の中には無かったのですが、レッスンに通って1on1のイベントを知ったり、動画を見るようになって。
これは自分でも頑張れるのではないか、自分一人でも続けていける足がかりになるんじゃないか、と思うようになりました。
KOKORO
私は中学生のとき、昔あった「WORLD JUMP ROPE CHAMPIONSHIP」という、スポーツ(競技)のジャンルの大会に出たときのことです。
その世界選手権大会のために国内の予選を通過しないといけないのですが、私たちは6人編成のチームで出場しました。ただ、その国内予選が5人しか出られないというルールで。
そこで1人落とされたのが私でした。めちゃくちゃ悔しい思いをして。
無事に世界選手権大会には進出して6人でプレーすることはできたのですが、「自分の力で世界に行けたわけではないな」という思いが心のどこかでずっとあったんです。その悔しさはいまだにずっと残っていますね。
あともう1つは、憧れや目標になる方を見つけるようになった頃だったんです。それこそREGSTYLEの皆さんとか。

YUI
2人ともいい話だな〜。それこそ、KOKOROの当時のコーチと私は仲が良いんだけど、KOKOROが今でもダブルダッチを続けているのがすごく嬉しいって言ってた。
KOKORO
今でもめちゃくちゃ連絡くれます。
KO-YA
やっぱり「悔しい」って大事だよね。俺もそう。悔しい思いがいっぱい積み重なって今がある。
むしろあの悔しさが無かったら、今辞めちゃってるんじゃないかなと思うことすらある。
もはや「悔しい」をひっくり返す快感を覚えてるよね(笑)。
──YUIさんはいかがでしょう。多方面に活躍されていますが、その原動力もダブルダッチで経験した「悔しさ」だったりするのでしょうか。
YUI
悔しい思いはたくさん経験してきているけど、私はどちらかというと、このダブルダッチの素晴らしさを強く感じていることが原動力だなって思っています。
REG☆STYLEの一員としてパフォーマーの活動はしているけど、今のikkyonやKOKOROの話もそうだし、「こうしてみんなが頑張っているものを広めたい!」という気持ちの方が強いです。
私がどうこうというより、自分の活動を通してダブルダッチと、そこで戦う人たちのことが広がっていったら良いなと思っています。役割分担じゃないですけど。
ikkyon
僕は「悔しさ」で言うと、高校時代になって、初めて自分たちだけでパフォーマンスを作るようになったんです。ただ今まで先生に作ってきてもらっていて、いきなり自分たちだけでやらなければいけなくなり、挑戦してみたら「こんなに難しいの?!」と(笑)。教えてくれる存在を失い初めて直面した挫折でした。
自分たちは今まで結構頑張ってきたつもりだったけど、まだまだ未熟だった悔しさ。そしてちゃんと作らなければタイトルは獲れないという焦り。
なんだこれは…という思いでした。
KOKORO
さっき高校で今まで所属していたクラブからブランクを経て移籍したという話をしたと思うのですが、移籍先の「日本橋ダブルダッチクラブ」は特に当時、所属する多くの子は、小学生のときからずっとそのクラブで育ってきているんですよ。
また、特に私の近い世代ってめちゃくちゃ実績を持っているメンバーで、そこで違う出自を持った私が1人入ることになって。みんな幼馴染で仲もいいし、技術もあるし。そこに入ったことで、よりレベルの差を感じるようになりましたね。
さっきのWORLD JUMP ROPE CHAMPIONSHIPのときの話もそうですが、たくさん挫折も経験しました。思うようにならない悔しさもたくさん味わってきたけど、その経験が強くしてくれました。

──なるほどね。それこそ悩みや悔しさという話をしてくれたと思うんだけど、KOKOROは2021年、開催初回のITADAKIで予選を勝ち抜き、1on1のファイナリストとしてステージに立っていました。
ikkyonも大会は違うけど、学生大会の「Double Dutch Delight」で優勝して国際大会に出場するなど、2人とも高校時代から相当活躍していたと思いますが、どのようにその壁を乗り越えてきたんでしょうか。
ikkyon
結局、数こなすというのが一番の近道だったなと思いますね(笑)。
とにかく練習もしたし、パフォーマンスもたくさん作るに越したことはない。最初は自分たちだけで作るのは相当大変で、納得いかない出来になることもありましたし、どうだ!と思っても微妙な反応ということはしばしばでした。
ただ、どこかから急に「いいね!」と言われる時期が増えてきたんですよね。もちろんアドバイスなどももらうようにはしていましたが。
とにかくやりまくる。まずは数で解決させてきたタイプです。

KOKORO
さっきイツキくんも話していましたけど、私も1on1に挑戦したことは大きかったです。
それこそ高3の夏くらいからKO-YAさんレッスンに通い始めて、そこから3ヶ月後くらいにITADAKIという状況で。仲間も増えていきましたし、自分のプレーの幅も広がっていくことを実感しました。
──「近道はない」ということですね。KO-YAさんは2人の話を聞いていていかがでしょうか。
KO-YA
そうですね。でも唯一俺が思う近道があるとするならば、「なりたいものがあるならば、そうなっている人に聞いた方がいい」ということかな。
アドバイスをもらうことは大切だし、いろんな人からもらうと良いと思います。でも、そうなっている人のアドバイスが“本物”ですよね。
特にそういう人に突っ込んでいくことは勇気がいると思うけど、得られるものも大きいと思う。そしてこの2人はそれをちゃんとやっていたと思います。

ダブルダッチシーンの魅力
──今2人は大学生シーンで活躍していると思うのですが、昔から続けてきて良かったなと思うことって何かありますか?
ikkyon
昔からの憧れだった人とご一緒させてもらう機会が多くて、そういう人たちを昔から見てきたことはめっちゃ良かったなと思います。
KOKORO
私も本当にそうです。それこそ今日のこういう企画もそうですし。
昔、こうやって活躍している上の方々って、自分にとっては芸能人やアイドルみたいな感じだったんですよ(笑)。毎週そういう人たちを見られて、教えてもらえる世界線ってあるんだ!という(笑)。今こうしてご一緒させていただける機会があるということは嬉しいですね。
あと、自分も憧れを持って育ってきたからこそ、憧れられる側にもなりたいですね。最近少しずつですが、そういう側にもなれるようになってきたのかなって。
YUI
うんうん、こうした言葉が本当に嬉しいですよね。
15年近く続けていたら辞めるとか諦めるようなタイミングもあったと思うし、継続していくことって本当に簡単じゃないと思うんですよ。
それでも続けてきてくれたからこそ、こうした言葉を聞くことができたのが本当に嬉しいです。
それで私から質問したいんだけど、2人が思う「ダブルダッチの魅力」ってなんでしょうか。
ikkyon
やっぱり“あったかいところ”ですかね。
もう辞めたいな、辛いなと思うときに、ダブルダッチって一人じゃないんですよ。先輩や周りの人が話しかけてくれたり、「良かったよ」って声をかけてもらったり。
一人じゃできない、チームメイトがいるから成り立っているということもそうですし、チームメイト以外の人も仲間のようにコミュニケーションを取ってくれることが魅力ですね。
KOKORO
“輝ける”ことだと思います。イツキくんも言ってくれましたが、本当にいろんな人が応援してくれるし、いろんな人がいないと成立しないんですよね。
そういう人たちのおかげで、一人じゃないから輝ける。幸せなことだし、そのために次も頑張ろうって思います。
KO-YA
いやでも、本当にそうだね。我らも輝けること、そのあたたかさがあって続けてこられている。
──ありがとうございます。逆にKO-YAさん・YUIさんは大学時代にダブルダッチと出会い、ここまで続けてこられているわけですが、そのお二人が思う「続けてきて良かった」と思うことって何がありますか?
YUI
ダブルダッチで出会う仲間はみんなそうですし、チームメイトは特にそうですけど、やっぱり共に過ごす時間が本当に多いんですよね。友人とも家族ともまた違う、濃い特別な関係性だなと思うんです。
一人ではできないこと、それと共に長い時間向き合ってきた仲間がいることは大きな財産だと感じています。

KO-YA
本当にそうだね。俺も一緒。仲間です。仲間が好きだから続けて来られているし、こうしてikkyonやKOKOROのように、次世代の仲間が次々できてきたことも嬉しい。
KOKORO
それこそさっきITADAKIに出場したという話があったと思いますが、予選は通過できたけど、1回戦でNAO*に負けてしまって。
そしたら終わって、すごくいろんな人に声をかけてもらったんですよ。それこそKO-YAさんもすぐ私のところに駆け寄ってきてくれて。
「良かったよ」「かっこよかったよ」ってたくさん励ましてもらいました。結果的には悔しかったけど、こんな私のことを見ている人がいてくれるんだ、あったかいな。そういう人たちのためにも、私、まだまだ頑張らないとなって思いました。
*NAO AKAGAMI:初年度のITADAKIでは「Crumb Company」としてショーケース部門を優勝、また1on1バトルでも優勝するなど、キッズ時代から頭角を表してきた若手トッププレイヤーの一人。
大学生になった今もなお活躍し、今回はikkyon・KOKOROとともに「Virgin odd scrap」でゲストショーを披露。
KO-YA
めっちゃ覚えてるな。ここからKOKOROの快進撃が始まっていくなという予感もしましたし、“名場面”の1つになるだろうなという感覚がありました。
KOKOROもikkyonも、2人ともすごいことになるだろうなとは昔から思っていましたね。

──逆にikkyonは、ITADAKIが始まった2021年が大学1年生にあたる年ということで、ikkyonから見たITADAKIってどうですか。
ikkyon
いやもう、めっっっちゃくちゃ羨ましいですよ(笑)。
高校生のときは「DOUBLE DUTCH ONE’S*」に挑戦してもとても勝ち上がることはできなかったんで、当時はバトルをしたい気持ちがあっても、モチベーションを保てたり、目指せる場所は少なかったんですよ。
*DOUBLE DUTCH ONE’S:ダブルダッチシーン“最高峰”と謳われる1on1バトルイベント。2022年にはKO-YAが決勝大会優勝に輝いた。
ikkyon
それで高3のとき、「跳龍門」という1on1のビギナーズラックイベントの高校生版を開催させてもらったこともありました。バトル人口も増えてきて、だけどなかなか目指す場所が少ない。そこをITADAKIという大会が風穴を開けたことで、一気に高校生シーンが盛り上がった気がします。
それこそ初回とかは本当に羨ましいな、もう一度高校生やりたいな、と思いながらスタッフをやっていました(笑)。

©︎DOUBLE DUTCH ONE’S / ISF KAWASAKI, SUPER BREAK
“未来”をつくる
──さて今年で4回目を迎えるITADAKIですが、今回から新たな試みとして、ダブルダッチ部のない高校でチームを作り、ITADAKIに出場してもらうという取り組みが動いているんですよね。
KO-YA
そうなんです。ITADAKIという大会を作っていくなかで、一つは高校生が本気で目指せる、輝ける舞台を作りたいという思いがあります。ただそれだけでなく、ITADAKIが掲げるもう一つの願いは「ダブルダッチの普及」。
さっきもikkyonとKOKOROが言ってくれていましたが、まだ高校生世代がダブルダッチを始められたり、続けられる環境が十分に整っているわけではないと思います。
もっと活躍できる場面や所属団体を増やしていきたいという思いがあり、ITADAKIでは、その普及に取り組もうという動きを少しずつ進めています。
その中の動きで、まずはワークショップに行ったことがあったりと繋がりがある高校に「良かったらチャレンジしませんか」と働きかけてみて、興味がある子たちでチームを結成し、ITADAKIに出場してもらうという。
ITADAKIには昨年から「STEP UP 部門」という競技歴1年未満の子たち限定*の部門ができたので、そこに出場してカマしてもらえるよう、定期的に足を運んで指導などをしています。
*正確には「メンバーの過半数が、ITADAKI開催日時点でダブルダッチを始めてから1年以内の選手で構成されているチーム」。詳細はオフィシャルサイトを参照のこと。
KOKORO
その一つに、私とREG☆STYLEのKEITAさんの母校である都立雪谷高校での活動もあります。みんなすごくフレッシュで、素直に楽しんでくれている姿に刺激をもらっています。

KOKORO
私が雪谷高校に入学した当時、KEITAさんをはじめ何人かのダブルダッチの先輩の出身校であることを知って、部活動を立ち上げられたらいいな〜と思ったこともあったのですが、なかなか難しくて。
まさか思い入れのある母校からチームが生まれることは嬉しいですし、母校の中庭で練習している光景がどこか不思議だし、エモーショナルな気持ちにもなります。
ここでロープが回っているのが嬉しいな、と思いましたね。
──素敵だ。そして、今ってこうした大学生世代もスクールやワークショップなどで指導をしたりということが増えてきましたね。
ikkyonは所属している「COMRADE」(コムレード)というサークルから、今回ITADAKIに「N006」(ヌーブ)というチームが出場しますよね。心境はどうですか?
ikkyon
COMRADEはシーンでは珍しく、高校生と大学生が年次を跨いで所属している団体なんですよね。N006とはあくまで同じサークルなので、担当しているスクールのレッスンの感覚とも違うし、コーチや教え子という関係ではなく、同じ仲間で先輩後輩という感じです。
ただ面倒を見たり教えたりはしているので、もう…ドキドキですよね(笑)。
自分のサークルの子たちだからやっぱり思いも一際ありますし。逆にその子たちの前で下手なゲストショーなんか見せられないなと(笑)。彼らのおかげで、こちらも気合いが入ってますね。
ゲストとして、若手世代がITADAKIのステージへ!
──さて、ikkyonとKOKOROは今回、ITADAKIのゲストショーケースを担当してくれるんですよね。「Virgin odd scrap」(ヴァージン・オッド・スクラップ)という、今回限りの特別チームということで。
今まではシーンを牽引してきた上の世代のプレイヤーをお願いしていたことも多かったと思うんですが、今年は心機一転、“ITADAKI世代”の高校生たちに比較的年齢の近いプレイヤーで構成されています。
まずKO-YAさんに訊きたいのですが、実行委員会としては、どういった経緯で若手世代にゲストを頼むことになったのでしょうか。
KO-YA
いろいろ経緯はありますが、1つはITADAKIが、こうした次世代のスターたちがたくさん生まれる場所になってほしいという思いがあるから。
高校生世代から輝いてきた奴らが、大学生になっても輝き続けているということはシーンにとっても重要な意味を持つと思うんです。そして、それを近いところで高校生たちに感じてもらいたい。
そういうスターの原石みたいな子が現れてくれたらなとか、夢見て目指してくれたらなと。
あともう1つは、ゲストの彼らに近い大学生たちがITADAKIを見に行ったときに、「あの子やばくない?」とか「ちょっとうちの団体に誘ってみようよ」って思ってくれたら、もっとシーンは面白くなるんじゃないかなって思うんです。そういうムーブメントが起こってほしいという願いもあります。

上の世代のプレイヤーに憧れることも大切ですが、自分と近い世代でも「かっけえ」と憧れに思える存在がいることもすごく大事だと思うんです。
このシーンを牽引しているのは、俺らのようなプロチームだけじゃない。もっと自分たちと近い世代のトップを走っている子たちを見てほしい。それによって高校生たちのモチベーションは上がると思うし、大学生たちもそれに共鳴して上がると思うんです。
つまり、全ての世代のマインドやスキルアップのために、この世代のゲストがベストなんじゃないかなと思って、実行委員会として声をかけさせてもらいました。
──熱いですね。ありがとうございます! 2人はオファーをもらったとき、どうでしたか?
ikkyon
いやもう驚きですよ(笑)。マジかと。そしてめちゃくちゃ嬉しかったですね。
さっきも言いましたが、年齢的に僕はITADAKIのステージに立つことはできなかったけど、こうして頑張っていたら立てるんだという。なんかここまで頑張ってきて良かったなって思います。
KOKORO
今回のメンバーがこれまたエモいですよね(笑)。それこそイツキくんもそうですけど、キッズの時からライバルとして切磋琢磨してきたメンバーで、ただ一緒にパフォーマンスをする機会はあまりない。
昔は会釈するくらいでちょっと怖いなって思っていたメンツでしたが(笑)、こうしてITADAKIのステージで、時を経て一緒にパフォーマンスができることが嬉しいですね。
──ちなみにショーのコンセプトや内容は決まっているんでしょうか?
ikkyon
まだ練習をできていないので(※取材当時)具体的なことは言えませんが、ひとまず僕の中では、“誰にでも刺さるショー”を目指したいなと。特定のスタイルに寄せることは考えていません。
みんな何かしら自分のスタイルを持っているしキャラ立ちしているから、高校生の時に奴らを見たら全員喰らっちゃうだろうなって(笑)。そういうメンバーが集まっているじゃないですか。
まあそれで特定の形に寄っちゃったら、それはそれで面白いですが(笑)。
KO-YA
実はここで2人にも初めて言うのですが、今回ゲストのみんなの衣装を、大会のオフィシャルパートナーとして開催初年度からサポートしてくれている「Champion」さまから提供いただけることになりました!
ikkyon
おお!ありがとうございます!
KO-YA
ダブルダッチだけでなくストリートに根付いたChampionさんからの提供ということで、長年我々REG☆STYLEにもサポートをしてもらっていて、いつも衣装として使わせていただいているのですが、僕らだけじゃなくダブルダッチのことも全体的に応援してくれているんですよ。
Championさんって今年で100周年ということで、ストリートに根付き続けているChampionさんの衣装を身に纏えることって、僕らにとっても本当に大きいことなんです。
そして今回、それをゲストのみんなにも着てもらおうということになりました。

YUI
衣装提供って貴重な機会だよね。
KO-YA
2人にとって、Championのウェアってどういうイメージなの?
KOKORO
私たちダブルダッチャーからするとREG☆STYLEのイメージが強いですね。
ikkyon
名前の通り“王者”が着ているイメージっていうのは自分もあって、他のカルチャーでも優勝している人ってChampionを着ていることが多いですよね。
KO-YA
そうなんだよ。実は日本の大御所ラップグループの「スチャダラパー」さんが、Championの100周年にあたってChampionのことを歌った楽曲をリリースしたんだけど、めちゃくちゃかっこ良いし、どういうブランドかを知れるからぜひ聞いてほしいんだよね。
「Sports」「College」「Military」「The King of Sweat」という4つのキーワードからも、色んな角度からシーンに根付いた背景が分かると思うよ。
──確かにブランドの持つ“思い”や“思想”みたいなものを知って身に纏うことで、スイッチが入る感じや、パワーを得られる感覚はありますよね。
このChampionさんのウェアをまとった皆さんのゲストショー、楽しみにしています!

「絶対に大丈夫」
──さて色々とお話を聞かせていただきましたが、最後に皆さんのお話を改めて伺えたらと思っています。
まずYUIさんは、今年もREG☆STYLEの一員で大会アンバサダーとして、そしてMCとして大会を盛り上げていただくことになると思います。意気込みのほう、いかがでしょうか。
YUI
いろんな思いはありますが、まず川崎市でやらせていただいていることが大きいですよね。
ダブルダッチに限らずブレイキンなど、ストリートカルチャーを広く応援してくれて寄り添ってくれる。こんな街があるということが嬉しいです。
そして会場の川崎ルフロンは吹き抜けになっていて、フラっと立ち寄った人でもダブルダッチに触れることができる環境なのが、唯一無二のITADAKIらしさであり良い機会ですよね。
私はアンバサダー、そしてMCとしてここで輝く皆さんにスポットライトを当てることができたらと思っています。いろんな方に「ダブルダッチって楽しい」「面白い」と思ってもらえるように頑張ります!
──ありがとうございます! KO-YAさんも大会アンバサダーの一員ですが、実行委員長として、“裏側”からも大会作りに取り組んでいる真っ最中ですよね。
KO-YA
そうですね。でも、僕はとにかくみんなでワクワクしたいということに尽きますね。
出場選手のみんなも、仲間と一緒に本気で目指すことにワクワクしてほしいし、俺らとしてもアンバサダー・オーガナイザーの両側から、この大会に出演する、作り上げていくことでワクワクを感じたい。
そしてこの場所に関わることで、ダブルダッチが発展していく未来を感じることもできるようになりました。ただ、もっとワクワクする場を、シーンが発展していく瞬間を作りたい。その意気込みを強く感じています!

──ikkyonとKOKOROにも一言もらいたいと思うのですが、さっきゲストの話の流れで意気込みは語ってくれたと思うので、ちょっと趣向を変えて「高校時代の自分」に向けて、何か伝えたいメッセージがあれば訊かせてもらいたいなと。
ikkyon
んー、そうですね…。もっと怖がらず、色んな人、色んな場に突っ込んでいって良いんだよ、って言いたいです。
自分も人見知りの性格で声をかけることも得意ではなかったんですが、いろんな人たちのおかげで支えてもらいました。自分からも話しかけられるようになってきましたし。
だから絶対大丈夫。いけるところまでいってみて、って。
KOKORO
負けず嫌いな気持ちと、やってやる、カマしてやるっていう気持ちを信じて進んでいってねって思います。
今ふと振り返ると、高校時代に抱えていた夢が実現しつつあるなと思うんです。自分の知らないところで自分が思っている以上に応援してくれている人、支えてくれる人はたくさんいる。
自分が感じた思いを信じてやり続けていたら絶対に大丈夫だよ、って伝えたいです。

──ありがとうございます。過去の自分に向けて語ってくれた言葉ですが、高校生たちにも刺さるメッセージだったようにも思います。
二人の背中を追いかけた高校生たちが、またシーンの未来を作っていくことを願うばかりですね。
いよいよ今月末にせまった『ITADAKI ダブルダッチ甲子園 2024』。ダブルダッチシーンの未来を作り出す一日が始まろうとしている!
開催概要

「ITADAKI ダブルダッチ甲子園 2024」
日時 : 2024年9月29日(日)
時間 : 12:00 会場 / 12:30 開演予定
会場 : 川崎ルフロン
主催 : ITADAKI 実行委員会
主管 : 有限会社OVER THUMPZ
協賛 : ポカリスエット / ヘインズブランズ ジャパン株式会社
協力 : スキルハック
メディアパートナー : FINEPLAY
SPECIAL EDITION

FINEPLAYはアクションスポーツ・ストリートカルチャーに特化した総合ニュースメディアです。2013年9月より運営を開始し、世界中のサーフィン、ダンス、ウェイクボード、スケートボード、スノーボード、クライミング、パルクール、フリースタイルなどストリート・アクションスポーツを中心としたアスリート・プロダクト・イベント・カルチャー情報を提供しています。
アクションスポーツ・ストリートカルチャーの映像コンテンツやニュースを通して、ストリート・アクションスポーツの魅力を沢山の人へ伝えていきます。
●今日 ○イベント開催日
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dance子どもたちに与えたかったのは夢や目標へ挑戦するきっかけ「MIZUHO BLUE DREAM BREAKING LIMITS Workshop Tour 2024」最終回2025.03.19公益社団法人日本ダンススポーツ連盟(JDSF)が、ブレイキンの魅力とそのスポーツとしての価値を広めるため、株式会社みずほフィナンシャルグループと共に国内の小中学校で開催しているブレイキンワークショップツアー「MIZUHO BLUE DREAM BREAKING LIMITS Workshop Tour 2024」。このワークショップツアーでは特別講師として、みずほフィナンシャルグループのサポートアスリートでもあるBBOY Shigekix(半井重幸)を迎え、彼の持つ「ブレイキンを通じて子どもたちが夢や目標に向かって挑戦する姿勢を応援したい」という思いを伝えていきながら、子どもたちにブレイキンを通じて身体を動かす楽しさと創造性を体験してもらい、またトップアスリートとの交流を通じて夢や目標に向かって努力することの大切さを学ぶ機会を提供する取り組みである。なお本ツアーはShigekixの母校である大阪狭山市立第七小学校からスタート。全国の計6ヶ所の小学校をめぐり、Shigekix自身が子どもたちの夢や目標に向かって挑戦する背中の後押しをしていった。本記事ではツアーの締めくくりとなった第6校目の川崎市立夢見ヶ崎小学校のワークショップの様子と、本ツアーを終えたShigekixの今の気持ちについても特集する。 講演会の様子 講演会の様子 本ワークショップツアーの最終回として選ばれたのは、現在Shigekixが拠点を置く神奈川県川崎市にある川崎市立夢見ヶ崎小学校。当日は先生の誘導で体育館に連れられた生徒たちは、自分たちの列の間に不自然に設けられたスペースに不思議がっていたが、BBOY KENTARAWのMCの下でオープニングが進行していく。 そしてオープニングが終わり、満を持してMCの合図でShigekixが子どもたちに呼び込まれると、会場に現れた彼は手始めに生徒の間のスペースでワンムーブを披露。子どもたちは突然目の前でトップダンサーのパフォーマンスを見られたことに驚きと喜びが混じる中、大きな拍手と歓声でShigekixを迎えた。そのアツくウェルカムな歓迎にShigekixも「こんなに温かく迎えてうれしい」と笑顔で応えて、最初から盛り上がった良い雰囲気の中でプログラムはスタートした。 講演前のShigekixのワンムーブ 1限目では夢と挑戦をメイントピックに「今までに挑んできたこと」、「夢や目標を達成するためにやってきたこと」、「これからの挑戦、夢や目標」という大きく3つのトークテーマで講演が行われた。Shigekixは小学生である生徒たちに向けて、自身の小学生時代のエピソードにも触れながらどのように勉強とブレイキンの両立してきたのかや、夢や目標を達成するためにShigekixが小学生の生徒たちにオススメしたい方法をシェア。その方法として「なりたい姿をイメージする→理想の自分になるために逆算し計画→計画したプランを周りの人に話す」という流れを伝えると、その後生徒からもとても良い学びとなったと感想を伝える様子も見受けられた。 Shigekixに質問したい生徒たちの手が多く上がった 講義内で設けられた質問コーナーでは、ブレイキン関連の質問はもちろん、パリオリンピックなどの大きな大会で一番辛かったことなどトップアスリートに聞いてみたい質問が生徒たちから投げかけられた。Shigekixは大会では不安やプレッシャーから来るメンタル面のマネジメントが一番辛かったと話し、そういう時だからこそ自分はブレイキンが好きだからやっているという気持ちを思い出して、メンタルをポジティブに保つようにしていたとスポーツを好きでやり続けることがトップアスリートにとって大事ということも伝えた。 中学校入学に向けた悩みにShigekixが答えた またツアー最終回となった今回は3月ということもあり卒業シーズン。2日後に卒業式を控えた小学6年生からは中学校入学に向けてShigekixにお悩み相談の時間が設けられた。先輩との接し方の相談に対しては挨拶などの礼儀の大切さを伝え、中学校で新しい部活動に挑戦することに関しては「新しいことに挑戦すると決めた時点で既に素晴らしい!ワクワクした気持ちで楽しんで取り組むことが大切。」とエールを送った。 BBOY Shigekix そして今回の講演会の中で、Shigekixが特に伝えたいことは「僕がパリオリンピックをはじめ大きな挑戦ができているのは自分の周りのサポートや環境があってのこと。今度は僕が挑戦し続けることでみんなの挑戦を応援するみんなの元気玉になりたい。」という子どもたちの挑戦や夢をサポートする熱い思いだった。 今年は「Red Bull BC One World Final」への出場も決まっているShigekix。この世界最高峰の大会への挑戦を通して、みんなが夢や目標に向かって突き進むためエネルギーを与えられるように2025年も努力していきたいと強く思いを語った。 ブレイキン体験会の様子 体験会の様子 講演会の後に高学年の4年生から6年生向けにブレイキン体験会が行われた。体験会の前には全校生徒を集めて、Shigekixと同じくトッププレイヤーでShigekixの実姉であり今回サポート講師として参加したBGIRL AYANE(半井彩弥)によるパフォーマンスが披露された。それを見た生徒たちは手拍子に合わせて歓声をあげて、まるでブレイキンの大会ような盛り上がりを見せると、生徒の中には早く自分たちも踊りたいというような衝動を隠せない様子の子もいるなど、会場内が完璧に温まった中で体験会に移った。 デモショーケースの様子 体験会の様子 体験会では実際にブレイキンを構成する4つの動き「トップロック」「フットワーク」「パワームーブ」「フリーズ」についてデモを見ながら学び、その中で「トップロック」「フットワーク」「フリーズ」の3つをShigekixとAYANEの指導の下、ステップバイステップで挑戦。生徒たちは自信なさげではありながらも恥ずかしがらずに楽しみながら体験し、時にはShigekixがわざとスピードを早めたりしたことで動きが追い付かず笑い声が上がったりと終始ワイワイと賑やかな時間となった。 サイファーも体験 その後は生徒たちみんなでサークルを作るとサイファーにも挑戦。周りの同級生たちに見られながら踊る環境に、さすがに恥ずかしがる様子を見せたが有志の生徒が前に出てきてこの体験会で学んだことをベースにした自分たちのムーブを披露。終盤には2人で向き合いバトル形式でムーブを見せ合うなど子どもたちがBBOY・BGIRLデビューを果たした。パフォーマンス後には講師陣とはもちろんのこと生徒同士でハイタッチするなど、ブレイキンのカルチャーの素敵な部分が存分に現れた体験会となった。 生徒代表との写真撮影 最後には生徒代表と校長先生から花束と感謝の言葉が贈られ、みんなで集合写真を撮り全行程を締め括った。Shigekixも最後に今回真剣に話を聞いてくれた生徒たちへの感謝の気持ちと、夢や目標を持つことの素晴らしさを伝え、今回話した3つのステップを実践してこれからも挑戦し続けてほしいとエールを送った。 なお下記は今回のワークショップツアーを終えたShigekixとAYANEのコメントだ。 Shigekixと姉弟で一緒にワークショップを行った姉のBGIRL AYANEのコメント BGIRL AYANE ― 今回のMIZUHO BLUE DREAM BREAKING LIMITS Workshop Tour 2024を終えた今の率直な気持ちを聞かせてください。 ブレイキンを通して色々な小学校に行って、夢授業のようなことができたのがすごいありがたいので感謝しています。またオリンピックや色々な出来事を通して、少しずつブレイキンの認知が上がっているのをすごい感じていて、「Shigekixが出てくるよ!」となった時のみんなの反応だったり、パフォーマンスしている時のみんなの盛り上がり方を見ていると本当にブレイキンを見てくれている子が増えてきたなと思いますし、それを肌で感じることができたので嬉しかったです。 ― 実弟であるShigekixと一緒にこのような活動ができることに関してどう感じていますか? 素直にとても嬉しいですね。Shigekixが新しい可能性を広げてくれていて、それに一緒に賛同できることが私としてもありがたいですし、ブレイキンを始めて良かったなって思っています。また私をきっかけに彼がブレイキンを始めてくれたことで、今は彼にすごい色々な景色を見させてもらっているので、何がきっかけになるか分からないですし、感謝の気持ちもあります。本当にありがとうございますって思っています。 ― 今後、どのようなブレイキンシーンになって欲しいですか? ブレイキンはみんながそれぞれ違うスタイルを持っていて、各々がそのスタイルで一生懸命やっていることがかっこいいですし、人と違うこと自体が素敵なことなのでブレイキンシーンのこの風潮を日本国内はもちろん、世界に伝えていきたいと思っています。その先にShigekixも掲げているような誰かの夢の背中を押したりとか、自分に自信を持つきっかけになったり、あとは今起こってる争い事の解決策として、人と違うことを理解し合ってリスペクトしあえる世界に繋げていけたらいいなと思っています。そのためにもブレイキンがもっと広がってほしいと思っているので、このような学校訪問もそうですし、今後も色々な人の目に触れるような場所でブレイキンを知ってもらう機会をいただけたら嬉しいです。 全6回のワークショップツアーを終えたBBOY Shigekixのコメント BBOY Shigekix ― 全6回のMIZUHO BLUE DREAM BREAKING LIMITS Workshop Tour 2024を終えた今の率直な気持ちを聞かせてください。このワークショップツアーは、「自分が子どもたちのためにできることは何か?」というところがスタートではあったのですが、逆に自分がこの経験を通して子どもたちからたくさんエネルギーをもらいました。パリオリンピックという大舞台への挑戦を終えて、まさに新たな挑戦を始めるタイミングで全国を周るこのワークショップツアーがスタートして、自分の中で明確に次の目標に対して前を向いて進んできた中ではありましたが、改めて母校へ帰って自分の原点をこの目で見たり、子どもたちの素直に挑戦する姿に感銘を受けたり、また今拠点にしているここ川崎の小学校に訪問してこのシーズンを締めくくったところで、人に何かを与えることだけに限らず、自分が与えてもらったこともすごく多くあって、自分自身もこれからの挑戦に向けて良いターニングポイントになったなと感じています。 BBOY Shigekix ― 今回のワークショップツアーを終えて、今後の自身の活動に活かしたいことやみずほフィナンシャルグループとやっていきたい取り組みはありますか?僕の活動の中でずっと大事にしていることをそのまま体現できたのが、この今回のワークショップツアーだと思っているので、今後も僕の思いとしては何も変わらず今回のツアーを通して子どもたちに伝えられた夢や目標に挑戦する大切さを、引き続き色々な形で伝えていきたいと思っています。そして、僕もみずほさんとは「ともに挑む。ともに実る。」というパーパスで活動しているので、これからもまた新たな挑戦を共にして、色々な景色を見たいと思っています。また先ほどみずほさんと話していたのですが、このツアーを始めてからイベント会場にこの学校訪問でブレイキンに出会った子どもたちが見に来てくれていたり、その中にはブレイキンを始めちゃった子もいたりするんです。その子たちがもしかしたら、10年以上経ってみずほさんの会社に入社してるかもしれないですし、今回のワークショップツアーが彼らにとってどんなきっかけになるか分からないなってすごく思っていて、今から既にワクワクしているのでこのような僕が少年の時に感じたような稲妻のきっかけ作りは引き続き続けていきたいと思っています。 集合写真の様子 ― 最後に改めて自身の活動を通して、子どもたちに伝えていきたいことを聞かせてください。 とにかく挑戦することの美しさだったり、その楽しさ、またそこから学ぶことの喜びを伝えたいですし、それが僕がこれからも大事にして伝えたいと思っていることです。僕自身もやっぱり挑戦している時の自分が一番生き生きしていると思いますし、これまでの自分も成功ばかりしてきたわけではなくて、よく覚えていることも悔しい経験が多かったりもする中で、それでも挑戦したことにすごく意味があるなって毎度思わされるので、自分が一番生き生きして挑戦する姿を通して、みんなにも挑戦することはかっこいいし楽しいんだと思ってもらいたいです。別に成功することがかっこいいとか、失敗することがかっこ悪いとかでは全くなくて、ただ挑戦していることがかっこいいということをみんなに感じ取ってもらえるように僕も挑戦し続けたいと思います。 開催概要 名称:MIZUHO BLUE DREAM BREAKING LIMITS Workshop Tour 2024開催期間:2024年10月下旬~2025年3月の期間で計6校(応募での実施校は5校)主催:公益社団法人日本ダンススポーツ連盟ブレイクダンス本部(JDSF)特別協賛:株式会社みずほフィナンシャルグループ協力:有限会社 OVER THUMPZ対象:全国の小学校・中学校授業内容:合計2コマ分の時間を使用し実施いたします。・1コマ目〜講演〜ブレイキン選手のキャリア、夢への挑戦についてのトークや生徒の皆様とからの質問時間・2コマ目〜体験会〜実際にブレイキン選手のパフォーマンスを見て、そしてブレイキンを体験する。(50名程度の人数制限有り)
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freestyle「シーンを代表する顔になりたい」世界に挑み続けるフリースタイルフットボーラーYu-ri2025.03.12昨年11月に開催されたアジア選手権(公式アジア大会)で優勝に輝いたフリースタイルフットボーラー、Yu-ri(伊豆 優李)。昨年アジアチャンピオンとなった彼は、Red Bull Athleteとしてのキャリアもスタートした。 今最も勢いのあるフリースタイルフットボーラーである彼に、FINEPLAYはインタビューを実施。同じくフリースタイルフットボーラーである筆者に対して、自身のスタイル、練習やバトルにおける考え方、今後の展望などを存分に語ってくれた。 「フリースタイルフットボール」との出会い ―フリースタイルフットボールを始めたきっかけを教えてください 。 きっかけの出来事っていうのははっきりあるわけではなかったんです。もともとサッカーをやっていて 、リフティングが好きだったんですよ。とにかくリフティングを練習していて。最初は回数を増やそうと頑張っていて、そこからやべっちFCなんかをみて技を練習し始めて、できるまで練習を繰り返してました。だけど全部すんなりできてしまって(笑)。最初から「あ 、俺これ得意なんだな」って思ってやってたら、いつの間にか基礎の技はほとんど習得していました。アラウンド・ザ・ワールド(atw)だったり、クリッパーだったり。そういう技が全部揃ってる状態で「これは何なんだろう」ってずっと思っていました。 そしたら中学2年生の頃に、アッパー(主に体の上半身を使ってボールを扱う技のジャンル)を街のめちゃくちゃ人通りのあるところでやってる人がいて、「なんだこいつは!?」みたいな感じで話題になっていたんです。それでお母さんが「これあんたがやってるやつじゃないの?ちゃんとやってる人いるんだから、1回見に行きなさい」っていう感じで教えてくれて、車出してもらって見に行かせてもらいました。めちゃくちゃその時緊張したんですけど、その時話しかけに行って初めてフリースタイルフットボールという競技に出会いました。 ―最初にフリースタイルフットボールを知って始めたわけではなかったんですね。 最初はフリースタイルフットボールっていうのを知って始めたわけじゃなくて、自分がやっててこれが何なんだろうっていう答えを探す感じでしたね。それから初めて出会ったそのフリースタイラーのことを「師匠」と呼ぶことにして、2、3年付き合って一緒に練習とかしてもらっていました。 師匠はもうやめてしまったんですが、当時いろいろ学ばせてもらいました。技ももちろん教えてくれたんですけど、知識とか考え方、魅力だったり何か概念的なものも教えてくれました。そこで師匠に教えてもらって知ったのがKamalio(南アフリカ共和国のレジェンドフリースタイラー)だったみたいな。 ―自身のインスタグラムのユーザー名にも入っていますよね? そうです。インスタのユーザー名にも入るくらい僕にとっては大きい存在ですね。Kamalioからこの名前を貰ってずっと使い続けています。 最近の若手は特にこの名前の由来を知らない人も増えてきていて、その中で自分がこの名前を使い続けてKamalioっていう名前が残ってることに関してはすごい意味があると思っていますね。自分にとって神様みたいな存在であるフリースタイラーの名前が、自分のキャリアとともに残り続けるので。子供の時に名乗ってしまって、後悔した時もありましたけど(笑)。 ―現在所属するチーム「Air Technician」へ加入した経緯を教えてください。 もともとフリースタイラーとして1番最初に自分が憧れたのがKazane君なんです。自分は彼のファンになって、そんなKazane君が作ったチームがあるっていうところから「Air Technician」を知りました。日本のとんでもないスーパーキッズ達を集めて活動するみたいなことを耳にして、「このチームかっこいいな」っていうイメージをずっと持っていました。 それから高校生の頃はエアテクの動画を見てそれをモチベーションにして練習しました。Kazane君とも連絡を取って一緒に蹴ったりしていました。「エアテクかっけえだろ」「お前もがんばれよ」みたいなやり取りがあって。そして高校3年生の時に高校生日本一決定戦で優勝したときに声をかけてもらって、エアテクに正式に加入しました。 Air Technician 「バトルへの熱が冷めたことはない」Yu-riが語ったバトルへのこだわり Jason Halayko / Red Bull Content Pool ―フリースタイルフットボールのバトルにはいつ頃から興味を持ち始めたのですか? バトルは始めた頃から興味を持っていて、KamalioやKazane君の映像を見て「すげえ」「かっこいい」と思って見ていました。とにかく早くバトルに出たかったので、初めて半年くらいですぐにバトルにチャレンジしました。 その時は、勝ちに行こうというよりかは、Yu-ri atw(Yu-riのオリジナルトリック)だけ決めてやるって意気込んで出ていました。その時何回もトライして1発メイクできて、会場もめちゃくちゃ沸いてくれて。その負け方をしてからもうバトルの虜になりました。どんな負け方にも意味があるし、言葉では表せないくらいバトルには面白味があるんだと気づいてからずっと出ています。14歳の頃からなので、もう12年くらい経ちます(笑)。 バトル初出場時の様子 ―相当長い期間バトルに出続けていますね。 ぶっ飛んだフリースタイラーですよね(笑)。バトル歴でいったらめちゃくちゃベテランです。 ―そんな中で近年は徐々に結果を残し始めてきていますが、バトルにおける自分の強みというのはどの部分だと感じていますか? みんなが期待するのはやっぱり後ろ系のエアームーブですね。Yu-ri atwとか4回転とか。だけどここ数年自分が意識しているのは、その技に至るまでの過程の部分なんです。その技だけ持っていてもバトルは勝てないので、火力の高い技とのバランスの取り方が今では自分の強みになってきているのかなと感じています。 この投稿をInstagramで見る Yu-ri(@yuri_kamalio)がシェアした投稿 ―具体的にその強みを生かすために取り組んでいることはありますか? 自分のカルチャー以外のバトルを見て、その人の戦い方を見ることです。特に自分と戦い方が似ているような人を見ます。フィギュアスケートとかも見るんですけど、それこそ4回転やる人ってそれ以外の動きはどうなんだろうっていう視点で見たりしますね。「この過程があるから4回転がすごく魅力的に映るんだ」とか。そういったものから取り入れられるものを勉強して、自分のムーブに活かせるようにしています。 ―そういった過程を大事にする戦い方をバトルで実際にするために、普段の練習で意識していることはありますか? 過程を大事にするためにはやっぱりその火力のある技の精度が高くないと話にならないので、まずは自分のシグネチャーの精度上げをひたすらやっています。自分は技の精度に関してはやり方とかコツも大事ですけど、経験値が1番大事だと思っています。自分は練習でありえないくらいやり込むんです。技ができるようになったなと感じたら、その技を連続で30回くらいやって、やり方があってるかどうか確認するみたいな(笑)。 SUPERBALL 2024(世界大会) そういった練習を通して技が確実に決まるものになったら、その間の過程をメモとかに書き起こします。物語のように自分のムーブが繋がるようにして構成を練っています。あとはそのムーブが、今のバトルのジャッジ基準に対してしっかり評価されるかどうかも考えています。 ―一緒に練習させてもらうと、Yu-riさんは技の習得が速いと感じます。技の習得にもやはり経験値が影響していますか? そうですね。技を習得するスキルが上がっていけば、フリースタイルも上手くなっていくと思います。技が成長するのはもちろん、練習の仕方が上手くなっていくことにも繋がっていくので。経験と常に考えながら練習しているのが、技の習得が速いポイントだと思います。 あとはやっぱり基礎力ですね。自分は、子供のころからとにかく基礎をやって全部のスタイルを上手くなろうと思ってやっていたので、今はその時代から積み上げてきたものが活きている感じです。 SUPERBALL 2024(世界大会) ―Yu-riさんといえば誰も見たことのないような新しいムーブを生み出すのも魅力の1つだと思います。その発想を生み出すために工夫していることはありますか? 最近は勝手に生まれてくるような状態です。昔は技を足し算するように考えてやっていました。ここ数年は考える力が強くなって、フロアの技とかは突発的に生まれることが多いです。ただそのアイデアが全部良いとは限らないですけどね。今は結構打率いいです。それもまた経験値の部分で、良い技が生まれやすくなっているのかもしれないです。 ―練習のモチベーションや練習するときのルーティンはありますか? モチベーションという言葉はあんまり自分には当てはまらなくて。フリースタイルフットボールが、自分が生きてくうえで勝手にやっちゃってるものになっています。多分トッププレイヤーの人達はみんなそうだと思うんですけど、やりたくてしょうがないものだからモチベーションというのがそもそもよく分かっていないような感じです。 だからフリースタイルに対する熱量だったり練習量は減ったことがなかったですね。自分の場合は、その中でたまに練習に対する熱量がものすごく上がるときがあります。どうしてもやりたくなってしまって、学校を抜け出して公園で練習したこともありました(笑)。 ―練習に行き詰った時や疲れているときはどのようにリフレッシュしていますか? そういう時は練習の仕方を変えています。最近は特に1つ1つのバトルに対する責任が増えてきて、好き勝手練習できていなかったりするんです。勝つための練習にこだわらなければいけなくて、それに悩まされることもあります。 自分が1番理想とするフリースタイルと勝つためにやるフリースタイルとでは被ってるところは多いんですけど、やっぱり少し違っていて。その少し外れたフリースタイルをやる時間をとることが、自分にとってリフレッシュになったりしています。 ―具体的にはどんなフリースタイルなんですか? 昔はよく自分の好きな場所で、好きな音楽をかけて振付を作って動画を撮ったりしてました。SIRUPとかBIMとかでよくやっていました。最近は動画を撮るまでいけないこともあるんですが、定期的にそういうフリースタイルをして自分のストレスを解消してます。逆にそれがバトルの場面で活きる時もあるので自分にとってすごく大事な時間だと思っています。 この投稿をInstagramで見る Yu-ri(@yuri_kamalio)がシェアした投稿 ―Yu-riさんのフリースタイルする際の服装のこだわりがあれば教えてください。 できるだけ自分の好きなファッションでやろうとしています。フリースタイルは特に服によって技に制限がかかってしまう競技なので、その中で自分が探して見つけたフリースタイルができて好きなファッションができる限界の服でやっています。 これからもっとフリースタイル界が発展していって、専用のブランドが出てきたりしたらもっと服の選択肢が広がるなと思っています。それこそ自分で作れたりしたら理想ですね。 数々の世界大会を経験して ―アジア大会優勝おめでとうございます。そのアジア大会を通して感じたことはありますか? ありがとうございます。これはアジアに限らず、日本人が少し海外勢に押されているなと感じました。昔は日本ってすごい強い国だって言われていて。それが近年は日本が世界に圧倒されているように感じています。 そしてそれは今回のアジア大会でも実感しました。明らかにアジアの日本以外の国のレベルが上がっていて、日本も調子に乗っていられないなと。だから今回僕が優勝できて本当に良かったです。 PULSE JAKARTA(アジア選手権) ―バトルにおいて意識している相手はいますか? 国内だとYo君、海外だとJayとJesseですね。 Yo君は国内ではずっとトップで誰も勝てないみたいな存在だったんです。でも最近はチームの活動にシフトしてバトルシーンでは見なくなってしまって。ずっと目標にしていつか超えてやろうと思っていた人だったので、今でもすごく意識しています。 Jayは、自分があこがれていた舞台である、23年の冬に開かれたRed Bull Street Styleで優勝した時に衝撃を受けました。正直あのトッププレイヤーたちの中で勝ち上がるとは思っていなくて。その時からJayは倒さないといけないと思って意識している相手です。Jesseに関しては自分と同い年でもあって、ずっと自分の格上にいる存在です。前回当たった時に悪い負け方をしてしまったので次は絶対勝たなきゃいけない相手だと思っています。 フリースタイラーとしての生き方 Red Bull Street Jam ―SNSでの活動もYu-riさんの特徴の1つだと思います。何か意識していることはありますか? 唯一無二の映像を作ることです。自分には映像の編集技術はないので、技でやるしかないと思って新しいものをとにかく意識していました。最近はもうそれも限界に近い気がしているので、また新しいアプローチも探しつつやっていきたいと思っています。それでも人と被ったものをやっても面白くないので、クリエイティブであることが1番大事ですね。 ―最近は他のカルチャーとの絡みも増えてきています。そういった活動を通して実現していきたいことはありますか? アーバンスポーツってたくさんある中でフリースタイルフットボールの規模はまだまだ小さいほうだと思っていて。カルチャー全体を押し上げていくためにまずは自分が先頭に立って他カルチャーとの関係性を築いていこうと思っています。 カルチャーをどうこうするのって1人じゃ絶対できないことなので、みんなが何かしらトライできるきっかけを作るために、影響力を持つ自分がフリースタイルフットボールをいろんな場所でアピールできたらなと思っています。 ―Red Bull Athleteにもなられました。率直な感想は? 子供の時に短冊に書いた夢が1つ叶って、最初は全然実感がなかったです。「ほんとに帽子被れんのかな?」みたいな。でも実際に活動していくうちにその感覚が後付けで付いてきて、今はその感覚が全部新鮮で楽しいです。 それこそ優勝したアジア大会でも、正直レベルの高さに驚いたんですけど、ホテルに戻って当日の衣装を着て鏡を見たときに、「これで負けるわけねえだろ」っていう気持ちになれて。自分を鼓舞してくれるような感覚も新鮮でした。ほんとに翼授けてもらっています(笑)。 Jason Halayko / Red Bull Content Pool ―フリースタイル以外の趣味はありますか? 車を運転することと、キャンプですね。車は子供のころから好きで、キャンプは最近できた趣味です。アニメの影響を受けてハマりました。この2つは相性が良くて、よく道具を車に乗せてキャンプしに行っています。でもキャンプしに行っていても、景色のいいところでボール蹴って動画撮ったりしちゃって。何やるにしてもボール持って行っちゃうので、結局フリースタイルから離れられてないですね(笑)。 この投稿をInstagramで見る Yu-ri(@yuri_kamalio)がシェアした投稿 「シーンを代表する顔になりたい」 Jason Halayko / Red Bull Content Pool ―現在のフリースタイルフットボールシーンについて思うことはありますか? 先ほどはバトルにおいて日本が押されていると話しましたが、逆にそれ以外では日本は世界で断トツでいい位置にいると思っています。カルチャーとしても、プレイヤー1人1人の質としても日本はすごくいいと思えています。その意識がちゃんと海外にも伝われば、大会の軸が少し変わったり、考え方が理解されてまた別の軸での世界大会ができたり、何かしら変化を与えられると思っています。 だから世界基準っていうのを意識しすぎることはしないで、各々好きなことをやって発信し続けることが大事だと感じています。だからこそ、日本の良さを残していくためにも自分が勝ち続けなきゃいけないなと思っています。 イベントなんかも日本が世界をリードしていると思います。ショーケース等のカルチャー寄りなイベントも増えていますし。日本がそういった部分における世界の軸になって、海外から人を集めるとかできたら面白いんじゃないですかね。日本のいい文化をうまく海外にも伝播させていきたいですね。 ―Yu-riさんのキャリアの中で今後のビジョンがあれば教えてください シーンのためにやることとしては、専用のスタジオを作ることです。みんな昔から練習場所に悩んできたので。下の世代のためにも、みんなが安心して練習できる場所を作るっていう目標が1つあります。それができたらさらにレッスンもできて、全国にも展開していけたらいいなと思っています。 個人としてはまず世界大会を取ります。そしてフリースタイルを代表する顔になりたいです。もっとSNSにも力を入れて有名になって、テレビにも出れるようになっていきたいですね。ずっと貪欲でいたいです。 Profile Jason Halayko / Red Bull Content Pool Freestyle Footballer Yu-ri (伊豆 優李)リフティングを披露する事が好きだったサッカー少年時代、TVにて「Red Bull Street Style 2012」で優勝したTokuraに憧れ、「将来Red Bull Athlete になる」と宣言し、フリースタイルフットボールのキャリアをスタートした。とにかく練習が好きだったYu-ri は高校進学のタイミングでサッカーを引退し、フリースタイルに専念。その後、高校生日本一決定戦(High School No.1)で優勝を果たした。高校卒業後は、最も権威のある世界大会Super Ballに出場し、Best32にランクインし頭角を現すと翌年Tokura が主催する全国大会(Wing crush of freestyle)で優勝を果たす。その後、12大会で優勝・準優勝を果たし、2024年7月には、Red Bull JapanとAthlete契約を結んだ。昨年11月に開催されたアジア選手権(公式アジア大会)は、世界初となる4回転トリックを決勝で決め、日本人では5年ぶりのアジアチャンピオンという快挙を成し遂げた。またSNSでは、総フォロワー30万人を達成し、多くの人にフリースタイルフットボールの魅力を発信している。
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others「部活動改革!ストリートスポーツでつくる未来のクラブ活動」渋谷ユナイテッド ストリートスポーツクラブ記者発表2025.03.11この度渋谷区では、2021年より部活動改革プロジェクトの一環として一般財団法人渋谷区スポーツ協会と連携し進めてきた地域クラブ活動「渋谷ユナイテッドクラブ」事業の新たなクラブとして「渋谷ユナイテッド ストリートスポーツクラブ」を設立し、今年4月から開講することを発表した。 昨今の教員の働き方改革や指導者不足等の社会問題を解決するため、学校単位での部活動から地域が支えるクラブ活動へと変革を求められている中、ストリートスポーツを通じて渋谷区が掲げる個性と多様性を尊重し、次世代の子どもたちが輝く場を本クラブ活動にて提供していく。 なお本記事では渋谷ユナイテッド ストリートスポーツクラブ設立にあたって行われた記者発表会の様子をレポートする。 イベントレポート 記者発表会の様子 今回の記者発表は、最近新しくできた代々木公園(旧岸体育館跡地)の屋内アーバンスポーツパークにて2025年3月7日(金)に行われた。当日は渋谷区長の長谷部健氏をはじめ、一般財団法人渋谷区スポーツ協会から田丸尚稔氏、本クラブ活動の指導・支援を行う一般社団法人渋谷未来デザインから長田新子氏、そして本クラブの監督を務める渡邊マーロック氏の4名が登壇。本クラブを通して渋谷区から実現したい部活動改革についての熱い思い、そしてストリートスポーツだから生み出される多様な人をつなぐカルチャーと子どもが主役になる自己表現がなす次世代の育成と新たな価値創造について語った。 渋谷の街の顔となったストリートスポーツで目指すのは子どもたちが主役になれる未来のクラブ活動 渋谷区長の長谷部健氏 記者発表の開会にあたり渋谷区長の長谷部氏は挨拶と共に、ストリートスポーツが渋谷の街の顔であり、文化の一つであると強調すると、今やオリンピック種目にもなったスケートボードやブレイキンといった様々なストリートスポーツのジャンルが部活動として渋谷のカルチャーやファッションと融合し地域全体の活性化に繋がることを期待していると話した。 一般財団法人渋谷区スポーツ協会の田丸尚稔氏 そんなストリートスポーツを今回部活動改革として導入した背景には大きく3つのコンセプトがあると「渋谷ユナイテッドクラブ」に携わる田丸氏は話す。「渋谷でつなぐ未来のクラブ活動」というゴールを掲げる本クラブはストリートスポーツを取り入れることで、「子どもたちが主役になる」「学校の枠を超えて多様な人たちがつながる」「教員の働き方を改革し街全体で子どもたちで支えていく」の達成を目指している。このクラブ活動を通して多様なカルチャーの中で成長する子どもたちが各々の個性を活かした自己表現が行えるように地域ぐるみでサポートすることで、次世代となる彼らの活躍を支えていきたいという思いがあるのだ。 渋谷をモデルケースにこのクラブ活動を日本中に発信 一般社団法人渋谷未来デザインの長田新子氏 なぜ他の自治体に先んじてこのような取り組みが可能になったのかは渋谷が持つ多様なカルチャーとストリートスポーツとの深い関わりがある。本クラブの運営・指導に携わり、産・官・学のメンバーが参画している一般社団法人渋谷未来デザインの長田氏は、彼らのミッションとして「渋谷の持つ多様な個性と価値観を原動力に新しいカルチャーを作っていきソーシャルイノベーションを起こす」ことがあるのだが、今回のクラブ活動は今まで以上に広くこの街の方々を巻き込んでいくことで初めての取り組みであると語る。だからこそ渋谷区がこのクラブ活動をモデルケースとして確立して他の自治体へと波及していきたいという思いも述べた。 「渋谷ユナイテッド ストリートスポーツクラブ」監督に就任した渡邊マーロック氏 その一方で今回の「渋谷ユナイテッド ストリートスポーツクラブ」の監督を務める渡邊氏は、自身が実際にパリオリンピックでブレイキン日本代表監督として現地へ行ったり、渋谷未来デザインのスポーツプロデューサーとして渋谷区で「Next Generations Games」というU15を対象した大会運営に携わる中で、ストリートスポーツでの選手たちの活躍は日本の部活動が基盤になっていると話した。また本クラブ活動もシーンのプレイヤーと近い位置で日々活動しているメンバーたちがその知見と人脈を活かして立ち上げていること、またストリートスポーツという新興のスポーツが子どもたちのクラブ活動に加われることが生み出せる今後の可能性についても語った。 さらに渋谷が日本におけるヒップホップカルチャー、ファッション、音楽といったストリートカルチャーの発祥の地であるということが、本クラブがここ渋谷で立ち上がったことに必然的だったという。特に本クラブの活動拠点となる代々木公園屋内アーバンスポーツパークがある代々木公園は、1970年に「ワイルドスタイル」という映画の試写会が日本があった際に、出演者であるヒップホップのメンバーたちが「竹の子族」と一緒に踊ったことが、カルチャーとして日本中にヒップホップが広がったきっかけであると話した。こういった渋谷の持つ背景がこのストリートスポーツクラブ設立の後押しになったことは間違いない。 「渋谷ユナイテッド ストリートスポーツクラブ」は様々なストリートスポーツに触れられる環境 本クラブで学べるストリートスポーツを紹介する渡邊氏 そして本クラブでは4つのストリートスポーツを学ぶことができるのだが、現在スポーツ庁も掲げているマルチスポーツというコンセプトを採用しており、1つのスポーツではなく、4つの全てのスポーツに生徒全員が挑戦していく形になる。その背景にはシーズンやその時やりたいこと、新しい環境によって取り組んでいくスポーツを変えていき、そういったスポーツを取り巻くコミュニティの中で子どもたちが成長していくことを目指すという思いがある。なお本クラブで学べる4つのスポーツは「ブレイキン」「ダブルダッチ」「フリースタイルフットボール」「スケートボード」だ。そして各スポーツにて指導に関わるのは、ブレイキンから昨年パリオリンピックにて日本代表チームに帯同したAT-4(Def Clean)、ダブルダッチには世界大会での優勝経験もありプロダブルダッチチームREG☆STYLEのKAI(記者発表時は別件で欠席)、フリースタイルフットボールは2年連続世界大会優勝経験もあるGyoZa(SUPER FOOTBALL BROS.)そしてスケートボードには原宿のスケートボードショップ「LAGOON神宮前店」の店長で自身も長い競技経験を持つ塩原勇輝といった面々。どの講師もシーンに深く根付くメンバーで今後クラブを運営していく。そしてこのような様々なスポーツとそのカルチャーに触れる中で生徒たちが自己表現がしっかりできるように、そして同時にストリートスポーツで問題になりやすいマナーの部分に関しても、渋谷スポーツ協会が提供する指導者の方針に従ってガイドラインを作り指導と育成を進めていく。 トークセッション 和気藹々としたムードで進んだトークショー 各登壇者より本クラブの全容について紹介があった後に行われたトークセッションでは今回の話を受けてお互いが感じたことを共有。和気藹々としたムードの中で話が展開していった。ここまでの話を通じて各登壇者に一言を聞かれると、まず長谷部氏は「この場所も最高ですし、本当にワクワクしますね。ストリートスポーツがオリンピック種目になったりと良い流れなので、この場所が聖地化したら良いなと思っています。渋谷はスポーツができる場所が限られているのですが、逆手にとってできる場所を探しながらチャレンジしていくという意味では渋谷にすごくチャンスがあると感じています。ストリートスポーツはオリンピック種目に繋がるようなスポーツなのでこのクラブ活動がその活動の幅を広げる良い機会になると思います。」と語った。また田丸氏は、最近は部活動改革の中でも地域展開と言われている中で、本当の意味での地域展開は活動を地域で支えるものだと前置きした上で、本クラブが行われる場所が学校部活動ではなく地域に根差したクラブであることに感銘を受けていると語り、この環境の中でトップアスリートの資質としても大事な遊び心の部分を、子どもたちがスポーツを遊びの延長として楽しみ様々なカルチャーに触れながら養ってもらえるような地域展開をしたいと話した。 本クラブ活動に期待を寄せる長谷部渋谷区長(右) その田丸氏の話を受けて、渡邊氏は「部活動の地域展開は、渋谷区だけの話ではなく全国的に行わないといけないことですが、渋谷と全く同じ環境の地域はひとつも無いので、そこで我々の立ち位置を考えた時に、他の地方の市区町村や政令指定都市など大きな都市で立ち上げる部活動の地域展開に対してのモデルケースとしての役割や何かサポートをしていくことがミッションだと思っています。ゆくゆくはオンラインや交流会などで場を作って、日本の部活動地域展開のモデルケース兼ストリートスポーツのハブになっていくことを目指しています。そのためにもただ渋谷と同じことができないではなく、どのようにコラボできるかを、他の自治体で部活動の地域展開を行っている方たちと接点を持って考えていきたいと思っています。」と語った。 パートナー企業紹介 左から東急不動産株式会社の黒川氏、大日本印刷株式会社の仲谷氏の順 なお本クラブは立ち上げからパートナー企業と共に作り上げていくことが決まっており、その企業として「大日本印刷株式会社」、「東急不動産株式会社」、「味の素株式会社」の3社が参画している。そして今回の記者発表には大日本印刷株式会社と東急不動産株式会社の2社の担当者が出席し、今回の取り組みについて思いを話した。 大日本印刷株式会社 仲谷氏のコメント:「弊社のブランドステートメントに未来の当たり前を作るということがございまして、我々は人と社会をつないで新しい価値を作るという企業理念で活動しております。今回のストリートスポーツクラブはアーバンスポーツ・教育・地域を掛け合わせて新しい価値を作るということで非常に我々の理念とも合致しているので是非この活動を一緒にやっていきたいということで始めてさせていただいております。我々もこの渋谷をモデルケースとして、今元気がない地方の各地域に展開して、より良い日本と新しい未来を作ることを一緒にやっていきたいなと思っておりますのでよろしくお願いいたします。」 東急不動産株式会社 黒川氏のコメント:「この度はストリートスポーツクラブの設立、誠におめでとうございます。我々は、この渋谷を本拠地とする総合デベロッパーでございまして、様々な施設の開発と運営を行っております。近年はそれだけではなくソフトの取り組みにも非常に力を入れております。そのハードとソフトの両輪でまさにまちづくりを行っていくことを理念に開発を行っているところでございますが、この施設も我々が公園の指定管理者という形で携わらせていただき開発と運営をさせていただきます。またソフトの取り組みのひとつとして、以前からブレイキンは応援させていただいておりますが、この施設ができて、このストリートスポーツクラブが設立されたことによって、さらにこのような活動を応援させていただき、渋谷の街にアーバンスポーツがさらに広がり活発になっていく、そしてこの施設活動をきっかけに将来のオリンピアンが育ったり、新たに生まれてくることも願いながら、ご挨拶とさせていただきます。本日は誠におめでとうございます。」 渋谷公園通商店街振興組合理事長の川原氏 そして記者発表会の最後には、急遽ゲストとして参加となった渋谷公園通商店街振興組合理事長の川原氏が登壇。長年この渋谷の街を支えてきた方が思いを話した。川原氏は「渋谷にこのような素敵なスポーツパークができました。本当に嬉しいことだと思います。この私ども地元としてこの管理運営の方々と一緒にこれからは色々な企画やイベントをやっていきたいと思っていますので、何かあればもうどんどん仰っていただければと思います。我々も頑張りますのでこれからよろしくお願いしたいと思います。」と本クラブとの活動に意欲を見せた。 最後に 近年はオリンピック種目になったことはもちろん、各ジャンルが持つカルチャーの魅力、またファッションや音楽との関係性の深さも相まって国内外でさらに人気が加速しているのがこのストリートスポーツ。今回のクラブ活動はストリートスポーツの持つ魅力を包括的に取り込むことで「子どもが主役になれる自己表現の場」を生み出して教育に活かす新たな取り組みだ。今後も渋谷区でスタートするこのクラブ活動をきっかけに、よりストリートスポーツが社会に浸透していくことでスポーツの側面だけはなくカルチャーの部分でも社会に良い影響を与えていき、またその波紋がどんどん広がって色々な地域でこの部活動地域展開が進むことを期待しながら今後の「渋谷ユナイテッド ストリートスポーツクラブ」の活動に注目したい。 渋谷ユナイテッド ストリートスポーツクラブ概要 設立日:2025年3月7日拠点:代々木公園(神南一丁目地区)の商業施設内スタジオおよび屋内パーク等対象:渋谷区内の小・中学生主催:一般財団法人渋谷区スポーツ協会運営:一般社団法人渋谷未来デザイン協力:味の素株式会社、大日本印刷株式会社、東急不動産株式会社 募集について 会場:代々木公園住所:東京都渋谷区神南1-1-1時間:土曜日 14:00-16:00 (集合時間 13:50)持ち物:動きやすい服装、水分、タオル、着替え講師:スペシャルインストラクター (オムニバス)定員:20人対象:渋谷区在住の中学生、渋谷区在住小学5・6年生会費:前期入会 11,000円(保険料込み)、後期継続 10,000円、後期入会 11,000円(保険料込み)回数:40回/年 (予定)申し込みは下記リンクから 一般財団法人渋谷区スポーツ協会について 渋谷区スポーツ協会は、スポーツを通じたまちづくりを推進し、「多様な人たちが、スポーツでつながる。」「新しい時代へと、スポーツをつなげる。」「スポーツが人や文化、まちとつながる。」をビジョンに、多様な人と組織がつながる未来志向のプラットフォーム構築に取り組んでいます。ジュニアからシニアまで多様な対象に向けたイベントや教室事業の実施など、地域のスポーツ振興を展開するとともに、社会課題の解決に向けて、教員の働き方改革と生徒のニーズに対応した部活動の地域移行を推進するとともに、地域施設を活用したスポーツ教室の実施、地域人財の育成・活用事業、フィジカルデータの活用など、新たな事業開発にも取り組んでいます。 一般社団法人渋谷未来デザインについて 渋谷未来デザインは、ダイバーシティとインクルージョンを基本に、渋谷に住む人、働く人、学ぶ人、訪れる人など、渋谷に集う多様な人々のアイデアや才能を、領域を越えて収集し、オープンイノベーションにより社会的課題の解決策と可能性をデザインする産官学民連携組織です。都市生活の新たな可能性として、渋谷から世界に向けて提示することで、渋谷区のみならず社会全体の持続発展につながることを目指しています。
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others熊本県菊陽町で刻まれたアーバンスポーツシーンの新たな1ページ「KUMAMOTO URBAN SPORTS FES 2025」イベントレポート2025.03.01来年2026年の春に西日本最大のアーバンスポーツパークがここ熊本県菊陽町でオープンされることが決定している中、さらにアーバンスポーツの機運を高めるべく今回「KUMAMOTO URBAN SPORTS FES 2025」が2025年2月22日(土)〜2月23日(日)の2日間にわたり開催された。本イベントはアーバンスポーツパーク建設予定地の目の前にある菊陽町総合体育館にて開催され、熊本で人気のスケートボード大会である「くまモンカップ」をはじめ、特別ゲストとしてオリンピック選手である吉沢恋(スケートボード・ストリート女子日本代表)・中村輪夢(BMXフリースタイルパーク男子日本代表)の2名を迎えたスペシャルトークショー、そして様々なアーバンスポーツのパフォーマンスと体験会の数々が、老若男女かかわらず来場者全員にアーバンスポーツを全身で楽しんでもらえる機会を提供した。 以下は2日間にわたり、熊本県菊陽町をアーバンスポーツの熱狂の渦に巻き込んだ「KUMAMOTO URBAN SPORTS FES 2025」の様子だ。 https://youtu.be/aXnh-E5BWjw?si=3x3B95dlNiZ82tVF 「KUMAMOTO URBAN SPORTS FES 2025」ダイジェスト オープニングセレモニー 熊本県菊陽町でオープンされるアーバンスポーツパークの名称が発表された 本イベントの開催に先立って行われたオープニングセレモニーはMC NORIの呼び込みの元、熊本県知事の木村敬氏と菊陽町町長の吉本孝寿氏の挨拶から始まり、また熊本を代表するゆるキャラの「くまモン」と菊陽町マスコットキャラクター「キャロッピー」がスケートボードに乗ってステージに登場するなど会場を盛り上げた。そして熊本出身のトップライダーである松本雪聖も登壇し、地元熊本でアーバンスポーツイベントが開催されることに対して喜びの声をあげた。さらにこのオープニングセレモニーでは、ここ熊本県菊陽町で来春にオープンする西日本最大のアーバンスポーツパークの名称が発表された。「くまモンアーバンスポーツパーク」というこの名称が今回初めて公にお披露目となると、会場内は来年の施設開業への期待も含めてボルテージが高まり、最高な雰囲気の中で本イベントがスタートした。 左からキャロッピー、菊陽町町長の吉本孝寿氏、松本雪聖選手、熊本県知事の木村敬氏、くまモンの順 スケートボード 決勝後にお互いを称え合う松本雪聖と吉沢恋 熊本県を代表するトップライダーである松本雪聖の存在もあり、今回のメインコンテンツとなったスケートボード。本イベントではコンペティションの「くまモンカップ」、チャレンジ企画の「くまモンチャレンジ」、そしてスケートボード体験会の3つが開催された。 くまモンカップ 世界で戦う日本人トップライダーたちも招待選手として参加し、昨年よりパワーアップして帰ってきた「くまモンカップ」。今回はLowクラス、Openクラス、女子クラスの3カテゴリーで競技が行われ、1日目の予選を勝ち上がった選手たちが2日目へ進む形となった。 Lowクラスは予選を勝ち上がった8名が決勝にて45秒のランを2本走り、ベストスコアで順位を争う形に。スケートボードの未来を担う様々なスキルを持ったライダーたちが自分たちのトリックを披露しあった。 楢原新のライディング 3位入賞を果たしたのは「アラレちゃん」の愛称で呼ばれる楢原新。様々なトリックを兼ね備える楢原は決勝で「スイッチキックフリップ」や「キックフリップフロントサイドボードスライド」などを綺麗に決めていくも、ラストトリックでトライしたクオーターでの「キックフリップドロップイン」に失敗。最後にミスはあったものの全体のライディングが高評価を受けて3位となった。 山崎優希のライディング 3位の楢原との接戦を勝ち切り、2位入賞を果たしたのは山崎優希。小柄な身体から繰り出される豪快なトリックが特徴的な彼は、ファーストトリック前にルーティンを間違えるハプニングがありながらもリスタート後は冷静に対処。綺麗な「キックフリップ」やバレル越えの「オーリー」などスタイリッシュなライディングを見せて終盤には「バリアルフリップ」もメイク。楢原同様に惜しくもラストトリックに失敗したが1点差で勝ち越し2位となった。 田中晴乃亮のライディング 今回、Lowクラスを見事制したのは田中晴乃亮。バリエーションの多いトリックを持つ彼は、他のライダーがなかなかトライしないトリックを連発。その中でも「フロントサイドテールブランドスライド」やロングレールでの「フロントサイド50-50グラインド to ボードスライド」そしてラストトリックの「フロントサイド5−0グラインド to ショービットアウト」が高評価を得て優勝を果たした。 Openクラスと女子クラスのダブルエントリーとなった松本雪聖 一方、OpenクラスはLowクラスと異なる競技フォーマットとなり、ベストラン方式の準々決勝を経て、準決勝からは1対1のトーナメントのジャムセッション方式に。なお勝敗は3人のジャッジによる多数決で決まる近年では珍しい「くまモンカップ」の特別フォーマットで争われた。また2分30秒という時間の中で行われるジャムセッションはランと異なり、ランの完成度よりも時間内にいかにハイレベルで会場を沸かせられるトリックをメイクできるかといった、スケートボードの本質的なコンペティションスタイルで公式大会とは違う賑やかな雰囲気の中でトーナメントが進んだ。 3位になった小西偉登のライディング 3位決定戦では女子クラスに招待選手として出場している松本雪聖と、奈良出身の13歳の若きスタイラーの小西偉登の一騎討ちに。ここまでに何本も滑ってきていることもあり、かなり疲れは見えながらも大技を決めていく両者。小西は「ビックスピンフロントサイドボードスライド」や「バックサイドノーズブラントスライド」などメイクしていく一方で、松本は小西に勝つために「キックフリップバックサイドスミスグラインド」にトライしたがメイクできずタイムアウト。3位決定戦は小西に軍配が上がる結果となった。 優勝した濱村大征のライディング そして決勝戦はOpenクラス唯一の招待選手であり国内外の大会で活躍している濱村大征と13歳の若き実力者で準々決勝では1位通過を果たした酒井太陽の戦い。決勝までほぼノーミスのライディングを見せてきた両者であったが、ここまで来るとやはり疲れもありミスが多くなる展開に。この2分30秒の尺の中でどちらが高難度のトリックでジャッジと会場を魅了できるかが勝敗を分けた。濱村は「トランスファーバックサイドテールブランド」や「ノーリーフロントサイドクルックドグラインドのレール全流し」を見せると、終盤では豪快な「キックフリップフロントボードスライド」を決めて会場を沸かせた。 2位の酒井太陽のライディング 一方、酒井は細かくトリックを決めていきながら自分のペースを作っていくライディングで戦う。その中でも「バックサイド270ボードスライド」、「キックフリップバックサイド180」をメイク。最後には「スイッチキックフリップフロントサイドボードスライド」を決めるもこれは惜しくもタイムアウト後だったため加算されず、優勝の座を濱村に譲ることとなった。 中島野々花のライディング 女子クラスもOpenクラスと同様に準決勝からは1対1のトーナメントのジャムセッション方式で争われた。そして今回ここまで勝ち上がったのは招待選手となった熊本の期待の星である松本雪聖、世界最高峰の舞台で活躍している上村葵、パリオリンピック金メダリストの吉沢恋の3名に加えて、全日本選手権で強さを見せており世界大会への出場経験を持つ中島野々花とまさに世界で活躍するメンバーたちが名を連ねる展開。 上村葵のライディング 3位決定戦では上村葵と中島野々花のダウンレールを使った大技合戦に。完全にどちらがベストトリックを決め切るかで勝敗を分けるようなワントリックに注力した戦いとなった。上村は早速「フロントサイドフィーブルグラインドの全流し」をメイクすると、複数回のトライで「フロントサイドノーズブラントスライド」を見事メイク。一方で中島は準決勝でメイクできずにいた「トランスファーフロントサイドリップスライド」にトライ。何度も転倒しながらも執念のアタックを見せたが今大会で決め切ることができず、3位の座は上村が勝ち取った。 松本雪聖のライディング そして全プログラムの最後に行われた女子クラスの決勝戦は吉沢恋と松本雪聖の戦い。前半の1分間はどちらも一歩も譲らず入れ替わり立ち替わりで次々と高難度トリックをメイクしていく。吉沢が「ビックスピンフロントサイドボードショービットアウト」を決めれば、すぐ松本が「キックフリップバックサイド50-50グラインド」を決め返すといった一進一退の互角の攻防が続いた。 吉沢恋のライディング そして後半の1分半はワントリックにこだわる展開に。吉沢はヘルメットを被り戦闘態勢で「ビックスピンテールブラントスライド」へ、松本はOpenクラスではメイクできなかった「キックフリップバックサイドスミスグラインド」にトライ。拮抗した戦いの中、タイムアウト後に特別に設けられたラスト一本で見事松本が決め切り優勝を勝ち取ったが、その後の泣きの一回で吉沢もしっかりトリックをメイク。世界レベルのトリックバトルをここ熊本県菊陽町で披露してみせた。 くまモンチャレンジ くまモンチャレンジの様子 「くまモンカップ」の合間で2回にわたり開催された「くまモンチャレンジ」。レベルを問わず、子どもたちが今回クリアしたいことをMCに宣言して60秒間の中でチャレンジ。見事チャレンジを成功させたり大健闘を見せた子どもたちには認定証が手渡された。実際に大会が行われているスケートパークエリアで、今回初めてスケートボードにチャレンジする子どもたちもおり、その顔には緊張の色が浮かびながらもどこかこの会場の雰囲気に後押しされて楽しくトライしている姿も印象的だった。 スケートボード体験会 スケートボード体験会の様子 また屋外では終日スケートボード体験会が開催され、寒空の下ではあったが子どもたちを中心に多くの参加者が集まった。参加者の中には初めてのスケートボードに怖がりながらトライしていた子どもたちもいたが、講師陣が手取り足取りサポートして最終的には楽しく滑る様子もうかがえた。 SPECIAL TALK SHOW:吉沢 恋 吉沢恋のトークショー 「くまモンカップ」にも招待選手として参加したパリオリンピック金メダリストの吉沢恋によるトークショーでは、スケートボードを始めたきっかけからパリオリンピック金メダル獲得に至るまでのストーリーをはじめ、練習方法や強さの秘訣など、スケーターはもちろんファンが聞きたい吉沢恋のあれこれについて色々な角度から話を聞くことができた。 SPECIAL TALK SHOW:中村 輪夢 中村輪夢のデモラン イベント1日目の吉沢恋のトークショーに続いて、2日目にスペシャルゲストとして会場を盛り上げたのは、BMXフリースタイルパーク・パリオリンピック日本代表の中村輪夢。登場早々にスケートパークのセクションを使って「ダブルテールウィップ」などの豪快なトリックを披露して会場を盛り上げた。 中村輪夢のトークショー トークショーでは東京オリンピック・パリオリンピックと2大会の出場を経験した中村にだからこそ聞ける様々な質問がMCから投げ掛けられ、自身のトリックに関しては「誰もやっていない技を考えるようにしている」と話し、来年オープンする「くまモンアーバンスポーツパーク」についても期待を寄せ、自身の目標としては2028年のロスオリンピックでメダル獲得に対する強い意向も示した。 ダブルダッチ FLYDIGGERS feat. JUMPROCKのパフォーマンス スケートボードの「くまモンカップ」が横で開催される中、その合間で2日間にわたり会場を盛り上げたのはプロダブルダッチチーム「FLYDIGGERS feat. JUMPROCK」。今回はFLYDIGGERSのメンバーに加えて、同じく日本のダブルダッチシーンを牽引するプロチーム「REG☆STYLE」のメンバーであるJUMPROCKが特別参加。豪華メンバーによるパフォーマンスはまるでロープを使っているとは思えないほどの流れるようなステップと豪快なアクロバットで会場を沸かした。 ダブルダッチ体験の様子 毎パフォーマンス後に開催された体験会では、多くの子どもたちや親御さんが列をなすほど集まりダブルダッチに挑戦。参加者はプロダブルダッチャーによる見事なロープ回しに身を委ねて、ロープの回転に合わせてジャンプし、時にはオリジナルなムーブも交えたりとダブルダッチを楽しんだ。 ブレイキン 九州男児新鮮組によるショーケース そして本イベントには九州を拠点にするトップダンスチーム「九州男児新鮮組」が来場。彼らのブレイキンショーケースパフォーマンスは会場内で一際大きな盛り上がりを見せた。小学生から大人までそれぞれ違ったスタイルを持つBBOYたちが大勢で音楽に合わせて繰り出す豪快なムーブの数々は観客の目を釘付けにしていた。 ブレイキン体験の様子 またパフォーマンス後に開催された体験会には、その熱も冷めあらぬまま、多くの来場者が訪れ簡単なフットワークやフリーズなどを体験。初めてブレイキンを体験する参加者でも楽しく学べるように「九州男児新鮮組」のメンバーが動かし方やムーブの名前を分かりやすく丁寧に指導。最後には習ったことをおさらいしてみんなで実際にワンムーブを披露する時間も設けられた。 パルクール パルクール体験の様子 パルクールは「走る」「跳ねる」「乗り越える」「掴まる」「バランスを取る」という基礎能力を伸ばし、イメージした通りに動ける機能的な身体作りを目指すアクティビティとして生まれたスポーツであるため、身体ひとつで楽しめる子どもたちにとっては人気の体験会であった。屋外に設けられた専用エリアで参加者はトップパルクールアスリートのTAISHIによるサポートの下、細い一本橋を走ったり、パルクールの技術であるヴォルトなどにトライしながら障害物を飛び越えていった。 シニアパルクールパフォーマンスの様子 また2日目にはシニアパルクールパフォーマンスとして、年配のトレーサーが子どもや若者顔負けの動きを披露。パルクールは若者だけのスポーツではないことを示すパフォーマンスでアーバンスポーツがここ菊陽町で幅広い年代に浸透していく様子が垣間見られた。 パルオニ パルオニの様子 『鬼ごっこ』×『パルクール』の究極の鬼ごっこスポーツであるパルオニは、アーバンスポーツイベントでも大人気のコンテンツ。今回はパルクール体験会の横で専用のエリアが設けられ、親子や兄弟、小学生の友達同士など様々な組み合わせで1対1の「20秒間鬼ごっこ」が繰り広げられた。 鬼ごっこであるため、早く捕まえた方が勝ちというルールで、どちらが早く捕まえられるのかハラハラドキドキの手に汗握る戦いもこのコンテンツの魅力。参加者各々が結果に一喜一憂する姿を見せて、気づけば楽しみながらパルクールを体験している様子がうかがえて、終始その列は途切れることなく大盛況だった。 フードエリア フードエリアのブースの一部 イベント期間中、様々なスポーツ体験を終えてお腹を空かせた大勢のお客さんで賑わっていたのがこのフードエリアのブースの数々だ。当日は熊本名物から子どもに人気なイベントフードまで様々なキッチンカーが出店。来場されたお客さんは美味しいフードを楽しみながら温かいドリンク等で身体を温めて引き続き一日中イベントを楽しんでいた。 最後に 老若男女問わず来場者全員が「KUMAMOTO URBAN SPORTS FES 2025」を楽しんだ。 今回の「KUMAMOTO URBAN SPORTS FES 2025」を通じて特に感じられたのが、アーバンスポーツが若者だけではなく老若男女に楽しんでもらえるものになっているということ。実際に今回の会場にも幅広い年齢層の来場者が一堂に介して同じ時間を楽しんでいる姿が垣間見れた。そんな中でついに来年は「くまモンアーバンスポーツパーク」がオープンする。今後どういう形でここ熊本県菊陽町がアーバンスポーツの町として発展していくのか、トークセッションで中村輪夢が語っていた「地方が盛り上がれば、日本が盛り上がる。熊本からスターが出てほしい」という思いにも沿って、さらにこの町がアーバンスポーツを盛り上げていく中心地になることを期待したい。 イベント概要 ■日時:2025年2月22日(土)、23日(日)10時~17時■場所:菊陽町総合体育館 (熊本県菊池郡菊陽町原水5352番地3)■主催:くまもっと旅スポコミッション(熊本県)■協力:菊陽町
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climb世界のトップを経験したプロフリークライマー野口啓代が語る、次世代のクライミングシーンにかける思い。『AKIYO’s DREAM with RYUGASAKI』開催前特別インタビュー2025.02.17オリンピックやワールドカップでの日本人選手勢の大活躍から日本が世界に誇るスポーツのひとつとしても知られ、現在国内で人気が急上昇している「スポーツクライミング」。クライミングシーンの拡大と共に世界最高峰の舞台で活躍する日本人トップクライマーが増えている傍ら、セカンドキャリアという次のステップで次世代のためにクライマーの新たな可能性を体現しながら、先陣を切って国内のクライミングシーン拡大に貢献し続けるプロフリークライマーがいる。 それが長年世界トップの日本人選手として前人未到の快挙の数々を成し遂げ、2021年に開催された東京オリンピックでは銅メダルを獲得し競技を引退したプロフリークライマーの野口啓代(のぐち・あきよ)さんだ。今回は現役時代の活躍に止まらずセカンドキャリアにおいてもパイオニアとして活躍されている野口さんにインタビューを敢行。本人が地元龍ケ崎市で開催するボルダーユース大会『AKIYO’s DREAM with RYUGASAKI』を来月に控えた今、現在の活動をはじめ、自身の長い競技経験を振り返ってユースクライマーたちに伝えたいことや今後の展望まで、未来を担う次世代の若手選手たちに是非聞いてもらいたい話を様々な角度から伺った。 10年以上トップ選手としてコンペティションシーンを牽引してきた野口啓代。競技引退後の現在地について。 スペイン・シウラナでの様子 ― 長年トップ選手として活動してきた競技を引退してから、現在はどのような活動をしていますか? 私は東京オリンピックのあった2021年の夏に競技を引退して、その後楢﨑智亜選手と結婚し、2年後の2023年に娘を出産しました。現在は一児の母や主人をサポートする妻として、一方で自分の大好きなクライミングを普及するために大会やイベントそして体験会を開催しています。ただ競技を引退してもクライミング自体を続けることには今も変わりがないので、クライマーとして外の岩場を登るような活動や日常的に実家にあるプライベートウォールでトレーニングをしています。 パートナーの楢﨑智亜選手との写真 ― パートナーの楢﨑選手のサポートやクライミングの普及以外で、クライマーとしては主にフリークライミングをしている形でしょうか? そうですね。現役中は競技に集中していたので、自分の行きたい自然の岩場に行って高難度ルートを登るような自由な時間はそこまでありませんでした。でも今は主人のパリオリンピックのサポートもひと段落ついて、子どもが保育園に通い始めたので、自分のクライミングの時間も取れるようになってきました。そして昨年の12月には10年ぶりにスペインにあるシウラナというエリアに岩登りに行ったのですが、やっぱりもっともっと自分の限界に挑戦するような、現役時代には登れなかったグレードの高い岩場を登る活動もしたいなと改めて感じました。 スペイン・シウラナでの登攀 ― 競技を終えても自分の限界に挑戦することには変わりないということですね。 はい。クライミングの本質は競技の順位や岩場のグレードだけではないので、何歳になっても自分自身クライミングを通じて成長していきたいと思っていますし、本当に努力をすればした分だけ自分の限界が突破できるのを感じたので、今まで以上の活躍が岩場でもできると嬉しいです。 ― 楢﨑選手との結婚と娘さんの出産を経てライフステージが変わったと思います。どのような変化がありましたか? これまでは本当に自分中心で、全ての時間を自分のクライミングのために費やして生きてきましたし、私の目標に向かって協力してくれる家族やスポンサー、トレーナー、コーチなど周りの方々も私のために時間を使ってくれました。でも今は自分よりも主人の競技や育児が中心の生活に変わったので、クライミングも含めて自分の時間に対して優先順位が本当に大きく変わりましたね。その中で主人を支える妻の立場、子どもを育てる母親の立場、クライミングを普及する立場、そして自分のクライミングもやりたいというプロフリークライマーとしてのアスリートの部分のバランスを取ることは、決して簡単なことではないのですが、私自身にとってこのバランスを取ることがすごく大切だな感じています。 ― また引退後はメディア出演などさらに活動の幅が広がったと思いますが、その中で新たに感じたことはありますか? メディアのお仕事をさせていただく中でも、現役時代の捉え方と競技を引退した今では本当に感じ方とか見え方が変わってきました。特に強く感じているのはメディア出演を含めてクライミング以外の色々なお仕事を通じて出会った人とのご縁であったり、これまでも現役中からお世話になった方と一緒に取り組んできたことが今の活動にすごく繋がっていると感じているので、人とのご縁にとても感謝しています。 ジブラルタ生命の社内イベントでの講演 ― ちなみにクライミングシーン内外で色々な仕事をしている野口さんですが、一息つけるオフの最近の楽しみはありますか? 私と主人も含めて、最近の一番の楽しみは子どもと一緒に旅行に行くことです。私たちは仕事柄、週末の土日に大会やイベントがあることが多いので、なかなか平日も休日も子どもと一緒にいることが難しいんです。そのため旅行もそこまで頻繁には行けないのですが、年間を通じて夏と冬の2回くらいは「家族旅行に行きたいね」と主人とも話しています。今年の冬はまだ旅行に行けていませんが、子どもに雪を見せてあげたいと思っているので、主人が3週間後に控えている大会が終わったら旅行に行きたいと思っています。でも子どもがまだ1歳8か月なので、遠出ではなく車で行けるスキー場などに1泊2日で行けたらいいなと考えています。 競技生活を振り返って伝えたいのは、時代に合わせて自分がクライミングで勝ちたい理由と向き合うことの大切さ Rocky 品川店で行われた「Own Style」エキシビジョンでの様子 ― トップ選手として長年強さを示し続けられたその秘訣は何だと思いますか? ありがたいことに競技を引退してからも、現役選手からメンタル面について相談や質問を受けることは結構多いのですが、最近もモチベーションの維持の仕方について聞かれて私も改めて考える機会がありました。モチベーションってすごく流動的なものなので、なかなかモチベーションだけでは5〜6年は競技を続けられても、10年〜20年と長年続けるのは厳しいと思っています。私は11歳の頃にクライミングを始めて、16歳から世界大会に出場するようになり、最後に東京オリンピックに出たのが32歳の時でした。なので競技生活は約20年とすごく長かったのですが、自分の年齢やその時の目標、時代の変化に合わせてその都度自分がクライミングをする目的や勝ちたい理由に常に向き合ってきました。そのおかげでどうして頑張りたいのか、どうして勝ちたいのかが自分の中ですごく明確に分かっていたと思います。そのおかげでワールドカップで優勝したり年間チャンピオンになった時も、そこで満足せずに次のさらに高い目標設定ができましたし、あとおそらく自分の性格的な部分も大きいのですが、大会だけではなく日頃の練習から負けず嫌いだったので、成績が出ても気を緩めるのではなく、さらに自分にプレッシャーをかけてずっと貪欲にいられたと振り返ってみて感じます。 ワールドカップ年間総合優勝時の表彰式 ― 負けず嫌いという性格もあるとのことですが、自分に満足せず高い目標を立てて結果を残し続けられたのはどのような思いが背景にあったのでしょうか? 私自身、目標に向かってトレーニングしている時間が好きだったこともあります。でもアスリートであれば皆さん同じだと思いますが、勝っている時の自分や頑張っている時の自分が私は一番好きだったので、その一番好きな自分でいられる努力をすることはずっと意識していました。あと個人的に泥臭く日々努力していながらも謙虚でいる選手がすごく好きだったので、そのような自分が理想とする選手像でいたいという思いもずっとありました。 ― そうだったのですね。そのような熱い思いを持って日々挑戦していた中で、結果が出ない葛藤もあったかと思いますが、どのように乗り越えましたか? もちろん勝てなかった試合は全て苦しかったのですが、どうして勝てなかったのか分からなかった時が1番苦しかったです。自分のスキル不足や努力が足りない負け方であればまだ受け入れられたのですが、やれるだけのことを全てやり切ったのに勝てなかった時にはなかなか受け入れることができず、自分の中で葛藤もありました。また私はコーチがいないような時代から独学で工夫しながら競技をしてきたのですが、それだけだと苦手な部分や改善方法が分からない部分など、自分の力だけでは埋められない部分がありました。そんな中で若手の追い上げやルール変更など時代の変化を経験して、自分1人で解決できない時にはコーチをお願いしたり、クライミング以外の身体作りのトレーニングを始めたりなど、そういった時期だからこそ自分の考え方や価値観を変えないといけないと強く思うようになりましたね。 現役時代のクライミングの様子 ― 長く競技をしてきて、シーンの色々な移り変わりも経験されているからこそ、その時の自分に必要なことを冷静に捉えて取り入れてきたんですね。 そうですね。柔軟に時代に合わせて自分も変化し続けることが1番大切だったり、逆に1番受け入れたくない部分でもあると思うのですが、私の場合は自分が大きく変わらないと厳しいと感じた時期があったので、そこに対応できて本当に良かったと思います。私自身15〜16年近くずっとワールドカップや世界選手権に出場してきた中で、時代によって正解が変わってしまうようなことを経験してきました。自分の成功体験や当時1番良いとされていた正解が次の時代へ変化した時には真逆になっていたり、既に古い考えになってしまっていたこともあったんです。そのような時代の変化の中で、いかに新しい時代や若手の成長に対して自分自身がさらに1歩先を見越して、10代の若い選手が3歩進むところを、自分が30代になっても4歩進めるような努力や工夫をしたり、そういったマインドセットを持っていないと勝ち続けることは厳しいとずっと心に留めて頑張っていました。 自身初開催のボルダーユース大会『AKIYO’s DREAM with RYUGASAKI』にかける思い 2022年に龍ケ崎市と開催した「AKIYO’s DREAM」の様子 ― 野口さんが今大会の主催に至った経緯について聞かせてください。 私が現役の時から応援していただいている私の地元の茨城県龍ケ崎市と一緒に今年度から「スポーツクライミングのまち龍ケ崎」という取り組みが始まったのですが、その第1回のキックオフイベントとして開催するのが今回のユース大会『AKIYO’s DREAM with RYUGASAKI』になります。今後は何年もかけて毎年大会を開催していきたいと思っていて、来年にはジャパンカップという日本で一番大きな大会を、そして再来年には世界大会の開催を目指しています。その中でまずは自分の大好きなクライミングを広めていくためにも、後進の選手を育成したいという思いと、自分の好きな地元龍ケ崎市にたくさんの人を呼び込みたいという思いの2つが重なった結果が今回の大会開催に結びついた形です。 ― 世界のトップを経験してきた野口さんがプロデュースする大会だからこそ、こだわっているポイントはありますか? はい。世間的にユースの大会は会場演出や大会規模も含めて、大人の大会よりもレベルが低いものと思われがちなので、これまでのユース大会のイメージを変えられるような世界大会クラスのものにしたいと思って現在準備を進めています。これまでの日本のユース大会はクライミングジムにある常設の壁で行われるなど公共の施設で既に壁がある場所で開催されることがほとんどだったのですが、今回は龍ケ崎市にあるニューライフアリーナという会場に仮設で一から壁を建てて大会を開催します。このような形でユースの大会を開催するのは前例がないことですし、この大会から世界に羽ばたくような子が誕生してほしいという願いも込めて、今大会の壁は昨年行われたワールドカップの壁をモチーフに製作し、ワールドカップと同じ環境を再現して開催します。あとは地元の龍ケ崎市や茨城県内の子どもたちがこの大会を見たり出場したことがきっかけで、自分の人生が変わるような出会いになってくれたら嬉しいです。そして今大会は日本山岳・スポーツクライミング協会の公認大会ではありますが、ユースの世界大会の選考には関わらないので私が思い描いたような自由度の高い大会になっていると思いますし、いずれはユースクライマーの中でも有名で人気のある格式高い大会になって、子どもたちがこの大会を目指して1年間頑張ってくれるような彼らの目標となる大会になったら嬉しいなと思っています。 2022年に龍ケ崎市と開催した「AKIYO’s DREAM」の様子 ― それでは来年以降もこのユース大会を続けていくのでしょうか? この大会の第2回目を開催することはもちろん前向きに考えていますし、ユースの大会を経て大人向けの大会に変えていくのもありだと思っています。また大会開催と並行して、私と龍ケ崎市の大きな目標の一つに大型クライミング施設を市内に建設するということがあります。今はまだ市内にクライミングジムがないので今大会もアリーナ内に仮設で壁を建てるのですが、いずれは世界中から選手を呼んだり、どのような大会でも開催できるようなクライミング施設を龍ケ崎市内に作れたら良いなと思っています。 ― どのような方にこの大会に参加してもらいたいですか? この大会には自分でクライミングの道具を持っていれば誰でも参加できるので、世界大会に出るようなレベルの高いユース選手はもちろんですが、クライミングを始めたばかりでこの大会がデビュー戦という子も既に申し込んでくれているので、クライミングが大好きなユースクライマーはどなたでも気軽に参加してもらいたいです。 クライミングシーンを大きくしていきながら体現するのはクライマーの新たな可能性 メディアに出演することも ― これからのクライミングシーンを背負う次世代のために行っていきたいことはありますか? 私が現役を引退してからやらせていただいているセカンドキャリアの部分って、これまでクライミング選手のセカンドキャリアとしてはあまり馴染みがなかったり、イメージできなかったお仕事もあるので、私が色々な活動をすることで今後現役選手がセカンドキャリアを考える時に選択肢が増えてくれたら嬉しいです。そのためにこれからも私自身がクライマーの新たな可能性を体現していきたいと思っています。 ― ご自身の活動としては具体的にどのようなことをしていきたいと考えていますか? 今回の規模のユース大会を開催することは私自身初めての試みなので、まずはこの大会を成功させて次回へ良い形で繋いでいきたいです。そしてこのような大会の開催はもちろんですが、後進の育成や施設の建設など私がこれからやりたいことは、これまで選手としてやってきたこととは違って私1人では達成できないことがほとんどなので、市や県の方、県内の企業さん、クライミング関係者などたくさんの方に協力していただきながら、もっとたくさんの人々を巻き込んで成功できたらいいなと思っています。 ― そういった活動の中で、今後の「AKIYO’s DREAM」の展望についても聞かせてください。 大会開催だけに関わらず、今後やっていきたいことはクライミングシーンをもっと大きくしていくことなので、そこは自分が中心になって進めていきたいですし、その活動を自分の大好きな地元で行うことは私が特にこだわっている部分なので、ここ龍ケ崎をクライミングの聖地にすることが今後「AKIYO’s DREAM」を通じて力を入れてやっていきたいことです。 ― また今大会の開催も含めて、特にユース世代に向けて行っていきたい活動もありますか? 長く現役選手をやってきた私だからこそ伝えられる部分や失敗体験もあると思っているので、もっとクライミングで頑張りたいっていうユース選手だったり、そういった子どもたちの育成も今までの自分の経験を活かしながらやっていけたらと思っています。 ドラゴンボルダリングジムでのクリニックの様子 「野口啓代のようなアスリートやクライマーになりたい」と思ってもらえるような人間像を目指して ロッククライミングの様子 ― 最終的に人生を通して成し遂げたいことについて聞かせてください。 最終的に自分の人生やこれまでの活動を振り返った時に、自分がやってきたこととその選択に納得できて自分を誇れるような活動をこれからも続けていきたいと思っています。また現役時代の側面だけではなくセカンドキャリアとしても、多くのクライマーやクライミング以外のアスリートの方から「野口啓代のようなアスリートやクライマーになりたい」と言ってもらえる存在になりたいです。 ― そんな野口さんが「野口啓代」として目指している人間像はどのような姿でしょうか? そうですね。。なかなか答えるのが難しい質問ではありますが、人に尊敬してもらえるような人間でありたいですし、1人の母としても子どもに自分の母親が私でよかったって思ってもらえるようになりたいと思っています。そしてもちろん主人にとっても、私と結婚して、また私にサポートしてもらえてよかったと思ってもらえるような人間になれたらそれが本当に一番嬉しいです。 ― 改めて今回のユース大会『AKIYO’s DREAM with RYUGASAKI』についての思いを聞かせてもらえますか? 私自身が「この大会から世界へ!」って大きく謳っている部分もありますが、それはハードルが高い大会というような捉え方ではなくて、本当に誰にでもチャンスがあるという意味です。まだまだクライミング歴が長くなくても、大会に出たことがなくても、本当にクライミングが好きで大会に興味がある方全員に出てほしいと思っています。また今大会は現時点で茨城県をはじめ日本全国からだけでなく、中国やアメリカからも既にエントリーがある状況です。そして今回は第1回目ですが、大会が終わった時に「また是非来年もやってほしい!」とか「これからも継続して出場したい!」って日本人だけじゃなく世界中のユースクライマーに思ってもらえるような大会にしたいです。そして今大会は3月15日と16日で開催されますが両日とも誰でも無料で観戦できるので、まだクライミングを見たことがない方でも、クライミングをやったことがない方でも、是非会場に足を運んでもらって一緒に楽しんでもらえたら嬉しいです。 ― 最後に今大会に出場する選手を含めたユースクライマーに伝えたいことがあればお願いいたします。 誰にでもユース時代は初めての大会だったり成績が出ない時期が絶対あると思いますが、その目標や夢に向かって一歩踏み出して頑張っている姿を、自分の家族や身近な人たちは見てくれていてその努力を全部分かってくれていると思います。その中で長年頑張り続けていくうちにどんどん応援してくれる人が多くなって、またその人たちが自分の頑張りや活躍をすごく喜んでくれるようになるので、諦めずに挑戦し続けて欲しいです。 2023年に龍ケ崎市で開催されたAKIYO's SPORTS FES これはクライミングだけに関わらず、どのスポーツでも一緒で自分が頑張ったら頑張った分、本当に自分の世界と可能性が広がると思うので、たくさんのことに挑戦してほしいと思っていますし、そんな自分の可能性をこの「AKIYO’s DREAM」で感じてくれる子が1人でも多くいてくれたら良いなと心から願っています。 野口啓代プロフィール 小学5年生の時に家族旅行先のグアムでフリークライミングに出会う。クライミングを初めて1年で全日本ユースを制覇。その後数々の国内外の大会で実績を重ね、2008年ボルダリング ワールドカップで日本人初の優勝。通算4度(2009年、2010年、2014年、2015年)の年間総合優勝という快挙を果たし、ワールドカップ優勝も通算21勝を数える。自身の集大成、そして競技人生の最後の舞台となった東京2020オリンピックでは銅メダルを獲得。その後、現役を引退しプロフリークライマーとなる。現在は、自身の経験をもとにクライミングの普及に尽力。 『AKIYO’s DREAM with RYUGASAKI』について ■大会名『AKIYOs DREAM with RYUGASAKI』■開催趣旨:日本代表を目指す未来のボルダーが世界のトッププレーヤーが監修するユース大会を体験することで新たな発見や感動による更なる競技に対する技術やモチベーションの向上を目指します。また、スポーツクライミングのまち龍ケ崎を広く発信するとともに、スポーツクライミングの普及促進や地域活性化を図ります。■日時・対象・参加定員:・2025年3月15日(土)8:30~ 対象:小学3年生~6年生(2025年3月1日時点)定員:250人・2025年3月16日(日)9:30~ 対象:中学1年生~3年生(2025年3月1日時点)定員:100人※開場時間、受付時間は別途公式Instagramなどでご案内します。■会場:ニューライフアリーナ龍ケ崎 メインアリーナ(所在地:龍ケ崎市中里3-2-1)※駐車場は臨時駐車場(龍ケ崎公園テニスコート)をご利用ください。近隣の陸上競技場、野球場でもイベント開催予定なので他の施設駐車場への駐車はお止めください。■共催:龍ケ崎市/AKIYOs COMPANY■公認:(予定)公益社団法人日本山岳・スポーツクライミング協会(JMSCA)■主管:デロイトトーマツコンサルティング合同会社/株式会社スポーツビズ■協賛:牛乳石鹸共進社株式会社/株式会社ゴールドウイン■協力:茨城県山岳連盟■後援:龍ケ崎市教育委員会■種目:Bouldering■競技方法・競技順:詳しくは最下部の申し込みページをご確認ください。■大会ゲスト:楢﨑智亜選手、楢﨑明智選手、森秋彩選手 ■観戦:観戦あり・観戦費無料 応募要項 ■エントリー期間:2024年12月25日10:00~2025年2月28日23:59 (エントリーページは記事最下部に)※定員になり次第エントリーは終了します。■エントリー費11,000円(税込/エントリー時 事前支払い)※スポーツ保険料含む参加賞:THE NORTH FACE製品を予定