ザ・ノース・フェイスにシュプリーム。ダウンがNYヒップホップシーンに愛された理由

2021.12.03
左から3万5200円、9万200円、6万500円/すべてザ・ノース・フェイス(ゴールドウイン 0120-307-560)

いつの時代もその音楽と同じくらい、ヒップホップアーティストたちの服装は衆目を集めてきた。

昨今ではその影響がストリートにとどまらず、ハイエンドなモードの世界にまで及んでいることはもはや疑いようがない。

彼らは時として、あえて違和感のあるアイテムをチョイスしたり、着こなし方をしたりすることで個性を主張するが、冬場のダウンジャケットはその筆頭。都会とは不釣り合いに思える本格的スペックのダウンで街を歩く彼らの姿に憧れを抱いた経験がある人も少なくないはずだ。

スケートボードやアートなど世界中のカルチャーとリンクした、さまざまな出版物や企画展示を手掛けるスタックス ブックストアを主宰する山下丸郎さんもそのひとり。1990年代に青春を過ごし、ヒップホップにどっぷりハマッていたそうだ。

「当時の日本では圧倒的にNYのヒップホップがメインストリームで、自分も中学生の頃にはすっかりどハマりしていました。ナズにウータン・クラン、モブ・ディープ……。なかでもダウンジャケットと言われて真っ先に思い浮かぶのがビギーです。マーモットやファーストダウンなど、とにかく分厚いダウンのイメージです」。

ビギーことザ・ノトーリアス・B.I.G.が愛用していたマーモットの「マンモスパーカ」は、そのまま“ビギー”と呼ばれるほどに人気を博し、カラバリを揃えるために強奪事件まで起きている。

ヒップホップシーンを牽引するドレイクは、ザ・ノース・フェイスとシュプリームのコラボモデルを愛用している。オールレザーのヌプシジャケットは、実は過去にも存在したスタイル。© Splash/AFLO

ストリートのヒップホップ好きがこうしたハイスペックダウンにこれほど傾倒する理由を山下さんはこう見ている。

「冬のNYが本当に寒いのもあると思いますが、ハイスペックダウンは値段が高いのでステータスシンボルとしても価値があるんです。’90年代のザ・ノース・フェイスのヌプシジャケットや、2000年以降はヨーロッパの高級品が流行って、モンクレールやデュベティカなどもその対象になりました」。

アウトドアフィールドで命の安全を支える高スペックとその証左たるロゴは、成り上がりを是とするストリートとの相性が抜群に良かった。そしてその様式美はリアルタイムで経験していない世代にも受け継がれている。

「やはりシュプリームの影響が大きい。ザ・ノース・フェイスとのコラボレーションでも、過去のカルチャーの熱量にフォーカスし、それをピックアップしながらアレンジを加えることで、当時の盛り上がりを知らない世代も熱狂させている。東京・吉祥寺のジ・アパートメントが人気なのも、そういう背景への深い知識があり、それを伝えるためのアイデアとスタイルを持っているからだと思います」。

NYの気鋭ヒップホップグループ、ラットキングのメンバーのウィキは’90年代に上質ダウンの象徴だった“700フィル”という言葉をそのままEPのタイトルに付け、歌詞の中ではザ・ノース・フェイス固有の色名にまで言及している。まだ20代のアーティストがそうしたトピックを扱っているのが興味深い。

70歳を過ぎてから、3度ものエベレスト登頂を果たした登山家の三浦雄一郎さん。8000m峰で彼を支えたザ・ノース・フェイスのヒマラヤンパーカの街での人気は周知のとおり。© ミウラドルフィンズ/AP/AFLO

ザ・ノース・フェイスでいえば、2000年代にはマクマードパーカというヘビーなダウンがストリートでの支持を得た。当時を振り返る山下さんから、こんなエピソードが。

「あの頃は本当にマクマードパーカが流行ってました。ヒップホップのクラブに入るとみんな暑くて脱ぐのですが、とにかく嵩張るからロッカーに入れるのも難しく、みんなその金をケチってロッカーの上に置くんです。で、朝方気付くとそれが盗まれているという光景をよく見かけましたね(笑)」。

オーバースペックで分不相応にも思えるダウンジャケットに袖を通す高揚感と、それをセンス良く誇示することで得られるストリートでの支持。それは雑食に過去の名曲をサンプリングすることで成長してきたヒップホップの一側面を端的に表している。

高山や極地のための知恵や品質と、都市での熱量とが垣根を越えて結びつき、そこに新たな格好良さが生まれるということなのだ。

清水健吾=写真 
来田拓也、中北健太=スタイリング  礒村真介(100miler)、今野 壘、野村優歩=文

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(この記事はOCEANS :『 「ボーダーレスファッション」特集 Vol.25 』より転載)
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