トッププロであり、シェイパーであるという挑戦。川瀬心那が切り拓く現在地

2025.12.30
Text and Interview by 水野 亜彩子 / Asako Mizuno

現役プロサーファーが、サーフボードを削る。
それは引退後のためだけではなく、「今、勝つため」に選ばれた挑戦だった。
19歳のとき、ある出会いをきっかけに人生の大きな転機を迎える。
幼少期から「好き」という感覚だけで続けてきたサーフィンを、“試合に勝つ”という目標に向けて、技術からもう一度つくり直していく──そんな決断を下した。

今シーズンは、WSL QS4000で2位、QS2000では2大会優勝。
国内外のツアーで着実に結果を残しながら、その改革は確かな成果を見せている。

その改革の延長線上にあったのが、自らサーフボードを削るという選択。
競技者としてサーフィンと向き合い、作り手としてサーフボードと向き合う。
二つの視点を併せ持つことで、彼女のサーフィンは新たな段階へと進み始めている。

現役でありながら、未来をつくる。
新しいプロサーファー像を体現する川瀬心那に話を訊いた。

物心つく前から、サーフィンがそばにあった

 — まずは、サーフィンを始めたきっかけについて教えてください。

両親が三重県で「アディクトサーフガレージ」というサーフショップを営んでいた影響で、物心つく前からいつの間にかサーフィンを始めていました。
自分の記憶として残っているのは、5歳くらいの頃にサーフボードを持って海へ行っていたことです。

幼少期の川瀬心那(左)。
姉であり、プロサーファーでもある川瀬新波と写る一枚。。

— 振り返ってみて、サーフィンはどんな形で日常にありましたか

小学校6年生までは、海まで2時間ほどかかる場所に住んでいたので毎週土日に父が国府ノ浜 へ通っていて、私はそれに付いていくのが当時のルーティンでした。
「サーフィンを始めた」というより、気づいたらやっていた。という感覚に近いです。

そこから自然と国府ノ浜で行われていた地元の大会にも出場するようになりました。

小学3年生で芽生えた「プロになりたい」という気持ち

 — プロサーファーを意識したのは、いつ頃だったのでしょうか?

小学校3年生のときに、愛知県で行われた日本サーフィン連盟(以下:NSA)の試合に出場して、たまたまファイナルに残ることができたんです。
そのときに試合をすることの面白さや、「こんなに嬉しいんだ」という感情に初めて出会いました。
そこから「もっと試合に出たい」と思うようになり、プロサーファーを意識するようになりました。

— プロを目指し始めてから、どのようなステップでキャリアを積んできましたか?

その後はNSAの大会に出場し、13歳の時に日本プロサーフィン連盟 (以下:JPSA) のプロ公認を愛知県のロコポイントで取得しました。14歳からはJPSAやWorld Surf League(以下:WSL)を転戦するようになり、今に至ります。
本当にずっと試合をしてきましたね。

— 試合が続くようになる中で、当時はどんな感覚でサーフィンに向き合っていましたか?

自分の良いところでもあり、悪いところでもあると思うのですが、サーフィンが本当に大好きで練習をしている感覚がなかったんです。辛いと思うこともほとんどありませんでした。

だから、もしかしたら上達スピードが遅かったかもしれないんですが、ただ好きで楽しくて続けていただけで、これまで”練習とは何か”をちゃんと理解できていなかったのだと思います。 

「好き」から「勝つため」へ

— 「サーフィンが好き」という感覚は、今も変わらずありますか?

はい。今も「サーフィンが好き」という感覚は変わらないです。
ただ、“好き”のままやってきたサーフィンが、シェイパーの逢野貴広さん (以下:逢野さん)と出会ってから練習の仕方や向き合い方が大きく変わりました。

— 「好き」という感覚は持ち続けながら、「勝つため」に意識が切り替わったのは、どのようなタイミングでしたか?

2年前の19歳のときの逢野さんと出会ってからです。
試合に出る以上はやっぱり勝ちたいし、私はすごく負けず嫌いだと思うので「勝つためにどうするか」を一緒に考えるようになって、そこから考え方が大きく変わりました。

— 変化のきっかけになった、逢野さんとの出会いを教えてください。

以前、私が乗っていたサーフボードのライセンスを逢野さんが持っていて、そこから連絡を取ったのが最初のきっかけでした。
逢野さんは当時から私のライディングをよくチェックしてくれていて、シェイパーとして「こういうデザインにしたら、もっと良くなるんじゃないか」と提案をしてくれたんです。
そこで逢野さんのデザインでサーフボードを1本削ってもらい、実際に乗ってみたら、すごく調子が良くて。その一本で一気にハマりました。
「もっといろんなボードに乗ってみたい」と思うようになったことがきっかけで、逢野さんの「ON SURFBOARDS」のシェイプに移籍しました。

お気に入りのサーフボードと。

勝つための、試合を「絞る」という選択

— 年間のスケジュールや目標は、どのように決めていますか?

基本的には自分で決めて、今年はそれを逢野さんに共有しながら進めました。
正直、今年のスケジュールはかなり悩みましたし不安も大きかったです。

今シーズンの前半は試合をほとんどスキップして、バリに行って練習していた時期もありました。
周りの選手が試合で結果を出しているのをライブ配信で見ながら「この選択で合っているのかな」と不安になることもありました。
それでもたまたま一度勝つよりも、常に勝てる選手になりたかった。
コンスタントに良いサーフィンができる選手になるためには、今は試合よりもしっかりと練習を積む時間が必要だと思っていました。

21歳で初めて訪れたGランドでの、チューブライディング。

— 試合に出なかった期間の練習を、今振り返ってみてどんな手応えがありましたか?

はい。振り返るとすごく具体的で良い練習ができていたと思います。
サーフィン自体が、確実にレベルアップしている感覚はありました。体力面では坂トレを取り入れたり、とにかく心拍数を上げて体力を上げるトレーニングをしていました。

試合で勝つために、日々積み重ねるトレーニング。

— その期間、特に強化していた部分を教えてください。

もともと自分のサーフィンは、緩い感覚があって。乗っている時の感覚がすごく好きだったんです。でも試合だと、そのサーフィンでは5点台までしか出せなくて。エクセレントスコアを出せる選手にならないと勝てないと思い、基本から見直しました。
レールワーク、ボトムターン、トップでのプッシュ。
最初はサーフボードにどう加重するか、そこからやり直しました。

今までのものが全部なくなってもいいから新しいものを身につけよう、という覚悟でした。

— 大きくサーフィンを変えることに、怖さはありませんでしたか?

怖さはなかったです。
もう「勝てるなら何でもいい」と思っていました。
ただ、サーフィンを変えるのは本当に難しくて最初は全然できなかったです。
癖でどうしても元のサーフィンに戻ってしまうこともありました。

— 実際にサーフィンを変えていく中で、どんな難しさがありましたか?

逢野さんにビーチからビデオを撮ってもらい、20分乗っては海から上がってチェックし、また修正しに海に入る。その繰り返しでした。
正直その練習はあまり楽しくなかったです(笑)。
でも少しずつ良くなっていくのが分かって、そこからは楽しめるようになりました。

同じ夢を、違う立場で追う

— 逢野さんと「同じ夢を、違う立場で追っている」という関係性は、心那さんにとってどにようなモチベーションになっていますか?

逢野さんはシェイパーとしてWSL Championship Tour (以下:CT) の選手にサーフボードを作ることが夢で、私は選手としてWSL CTに入ることが夢です。
立場は違いますが、同じゴールを目指しています。
だからこそ、お互いに協力することがすごく大事だと思っています。

逢野さんは仕事の時間を削ってでも国内外の試合に帯同してくれていて、その姿を見ていると、「自分もやるしかないな」と自然と思えるんです。
覚悟が決まるというか、すごく大きなモチベーションになっています。

WSL QS4000 Baler International Pro 2位を獲得。
二人三脚で歩んできたシェイパー・逢野貴広さんと。

現役のまま、シェイパーに。その選択の理由

— シェイパーという道に興味を持ったきっかけを教えてください。

実は、一度大学受験をしたことがあるんです。
その頃、試合でなかなか結果が出ず「この先、プロサーファーとしてやっていけるのかな」という不安がすごく大きかったんだと思います。
もしダメだったときのために、何か“保険”が欲しくて大学受験という選択をしました。結果的に受験には落ちてしまって、「じゃあ自分は何をしたいんだろう」と考えたときに、以前から気になっていたシェイパーという仕事が頭に浮かびました。
そのタイミングで千葉で一人暮らしを始めて、サーフィンの練習と練習の合間に少し時間ができたこともあって、その時間をどう使おうかと考えたんです。
そこで逢野さんに「将来的にはシェイパーとしても活動したいので、教えてほしいです。」とお願いしました。すると「まずはリペアからだね」と言われて。
それから今もずっと、リペアの作業を続けています。

— 本来10年かかると言われた中で、2年でブランドを立ち上げる決断をした理由を教えてください。

大体 2年くらい、いろいろ教えてもらいながら続けてきました。
最初に逢野さんからは「シェイパーになるまでには、リペアから始めて10年はかかる」と言われていたんです。
それなら現役で競技を続けながらでも、練習の合間にリペアの修行をしようと思って工場に入りました。

ただ、結果的に2年でブランドを立ち上げることになったのには、選手として活動しながらCocona shapes designを一緒に成長させていきたいという思いがあったことと、正直なところ遠征費や活動費の面でかなり悩んでいたことです。スポンサーや賞金だけに頼るのではなく、自分の力で稼ぐ選択肢も持てたらいいなと考えていました。そうしたことを逢野さんに相談したところ、「できることは全部協力するよ」と言ってくれて。
その言葉に背中を押されて、11月末にブランドをスタートすることができました。

自身がシェイプした「Cocona Shapes Design」のサーフボードと。
Photo by 飯田

現役選手としての生活と、シェイパーを両立することについては、どのように考えていましたか?

そうですね。プロサーファーとシェイパー、ふたつのことを同時に追いかけている分、誰よりも努力しなければいけないと思っています。
だからこそ「やると決めたからには、ちゃんとやりきろう」と自分の中で覚悟を決めて生活しています。

自分がやっていることと気持ちがしっかりリンクしていてるから、スポンサーさんとか応援してくださる方とかも「選手に専念した方がいいんじゃない?」っていう声より、応援してくれる声の方が多かったと感じています。

シェイプが競技にもたらした変化

 — 自らシェイプをすることで、競技面にもプラスの変化はあったと感じますか?

正直に言うと、以前はサーフボードの「調子が良い・悪い」という違いがあまり分かっていなかったんです。
プロのシェイパーの方が削ってくれたボードはどれも良いサーフボードで、大きな差を感じることがなかったというか。でも、逢野さんが削ったボードと自分で削ったボードを乗り比べたときに、初めていろいろな違いを感じるようになりました。
ちゃんとセットポジションに入ってターンしているのに、レールがうまく入らないとか、ターンが伸びてしまうのはなぜなんだろう、とか。
そういう感覚を一つひとつ考えるようになって、これから先ボードを乗り比べていく中で「どこをチェックすればいいのか」「どんな違いが出ているのか」が少しずつ分かるようになってきた気がします。

台風のスウェルを楽しむ。
Photo by Paku

— シェイパーとして、特に難しさを感じる部分はありますか?

レール形状やノーズ、テールの形を出すところは本当に難しいです。
逢野さんの手本を何度も見て何度も触って感覚を確かめても、やっぱり全然違っていて「なんで同じようにできないんだろう」と思うこともあります。
お客さんが思い描いているイメージを形にしようとすると、なおさら難しさを感じますね。
でも、その難しさがあるからこそ面白いとも感じています。
シェイプしていると緊張感がすごくて、手汗が止まらないくらいなんですけど(笑)
その緊張感も含めて、やっぱり楽しいなと思います。

工場でシェイプ作業に向き合う川瀬心那。
photo by 飯田

作る側になって見えた、サーフボードの奥深さ

 —  シェイプの魅力を感じるのは、どんな瞬間ですか?

本当に、ほんの少しレールの落とし具合を変えるだけで、水に入ったときの感覚が変わるところとか、シェイプしているときは「うまくいったな」と思っていた丸いレールが、ラミネートを終えて完成してみると思っていたより四角くなってしまっていたりして。
その一つひとつの違いがすごく難しくて、でも面白いなと感じます。

お客さんに渡す完成形を想像しながら削ったり、その人のライディングをイメージしてボードを作ったりする時間もとても楽しいです。
実際に完成したボードを、お客さんが調子よさそうに乗ってくれているのを見たときは本当に嬉しかったですね。

女性シェイパーという立場について

— 女性シェイパーという存在について、ご自身ではどのように捉えていますか?

最初は正直あまり気にしていなかったです。ただ、自分がやりたいからやっていただけで。
工場では体に良くない物質を扱うことも多いので「女の子が入るのは良くないんじゃないか」という声をかけられたこともありました。でも、それでもやっぱり自分がやりたかったので気にせず続けてきました。

日本人の女性シェイパーは、まだあまり多くないと思います。
最初は本当に意識していなかったんですけど、今振り返ってみると「確かにあまりいないな」と感じるようにはなりました。
だから今は、これからプロを目指したいと思っているキッズやガールズの子たちに「こういう生き方もあるんだよ」というひとつの選択肢を見せられたら嬉しいなと思っています。

工場で、自身のシェイプしたボードを手に笑顔を見せる
Photo by 飯田

波に乗るだけではない、未来をつくるアスリート像

— 選手として、これからどんなビジョンを描いていますか?

選手としての目標は、やっぱりWSL CTに入ることです。
そのためにはWSL Qualifying Series (以下:QS) や WSL Challenger Series (以下:CS) は絶対に必要なステップなので、そこにはしっかり挑戦していきたいと思っています。
ただ正直なところ、今の自分がCSやCTに行ったとして、まだ十分に戦えるスキルがあるかと言われたらそうではないとも感じていて。QSに出なければCSにも進めないですし、やるべきことは本当にたくさんあります。
だからこそ1年間のスケジュールをきちんと立てて、すべての試合に出るというよりは、自分の中で出場する試合を絞りながら、その分空いた時間で海外での練習を重ねてCSに進んだときにしっかり戦えるスキルを身につけていきたいと考えています。
試合とスキルアップ、その両立を意識しながら選手として成長していきたいですね。

WSL QS2000 Mera Group Corporation The Open Miyazaki Pro 優勝
©︎WSL Photo by Kenji Sahara

 — シェイパーとして、どのようなボードを届けていきたいですか?

すべてオーダーメイドで製造していこうと思っているので、その人のサーフィンライフがより楽しくなるようなボードを作れる技術を身につけたいと思っています。自分自身が選手として活動してきたからこそ、サーフボードが選手にとってどれだけ大切な存在かも分かっているつもりです。だから、その気持ちを理解した上で、それに応えられるサーフボードを提供したい。
今後は、ガールズやキッズの子たちにも乗ってもらって一緒に成長していけたら嬉しいなと思っています。

— シェイパーとして、この先どのような広がりを描いていますか?

将来的には、Cocona shapes designの中でサーフィンレッスンをしたり、サーフボード作りだけじゃなく、サーフィンの楽しさや考え方も伝えられる場所にしていきたいです。サーフィンを通して、業界や次の世代に何かを還元できる存在になれたらいいなと思っています。

現役選手として、作り手として。工場でのひとコマ

— 選手として、そしてシェイパーとして新しい道を切り拓いている心那さんだからこそ、これから一歩を踏み出そうとしている若い世代に伝えたいことはありますか?

一気に何かを大きく変えたり、すぐに結果を出したりすることは、なかなかできないと思っています。だからこそ、毎日のひとつひとつの積み重ねが本当に大切だなと今は強く感じています。特別なことをするよりも、今日やるべきことをきちんとやる。その小さな積み重ねが、気づいたら大きな力になっていると思うのでそれを大切にしてほしいなと思います。

※お問い合わせは、ウェブサイトまたはInstagramのDMにて受け付けています。

プロフィール

川瀬心那
三重県出身のプロサーファー。
幼少期からサーフィンに親しみ、13歳で当時女子最年少のJPSAプロ公認を取得、15歳でJPSA初優勝を果たす。
国内外のツアーを転戦しながらキャリアを重ね、2024–2025シーズンには、WSL QS4000「Baler International Pro」で2位、WSL QS2000で2大会優勝を記録するなど、国際舞台でも存在感を示している。
現在は競技活動と並行して、シェイパーとして自身のブランド「Cocona Shapes Design」を立ち上げ、
競技者と作り手、二つの視点を併せ持つ新しいプロサーファー像を体現している。

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