「アメリカでのサーフィンはどんな存在?」プロサーファー糟谷修自さんに聞いた

2021.05.28

海にまつわる疑問をその世界の第一人者に聞いていく連載企画「the SEAWARD TRIP」。

連載リニューアルの記念すべき第一回目はスポーツ大国におけるサーフィンについて、ハワイ在住の日本人プロサーファー糟谷修自さんに聞いた。

F1界の絶対王者がパイプラインでサーフィン

プロサーファー 糟谷修自●1961年、千葉県生まれ。ハワイ・オアフ島在住。’82年に21歳でプロデビュー。’89年と’90年にJPSA(日本プロサーフィン連盟)の日本チャンピオンに輝く。現在は自身のサーフボードブランド「SKサーフボード」をプロデュースする一方、ハーレージャパン社でアドバイザーを務める。

世界で最もよく知られる日本人サーファー。糟谷修自さんはそう呼ばれて40年近くが経つ。長く海外のサーフコミュニティに身を投じてきたためだが、きっかけは国際レベルのサーファーを目指したことにある。

飛躍を求め、初めて海を渡ったのは10代後半。それからカリフォルニアへの短期留学や多くの国際大会出場を経験し、25歳でハワイ・オアフ島へ移住した。以来、本場の波で練習する生活は現在まで続く。だから養われた技量や感覚は60歳になった今もグローバル基準にあるのだ。

そんな糟谷さんに聞きたかったのは、アメリカにおけるサーフィンの存在について。

聖地ハワイや、サーフィンをファッションやライフスタイルに昇華させたカリフォルニアを含むアメリカは粉うことなきサーフィン大国。そして何よりスポーツ大国だ。四大プロスポーツのベースボール、バスケットボール、アイスホッケー、アメリカンフットボールは国民的な人気を誇り、ランニングやサイクリング、フィットネスといったスポーツ活動も盛んに行われている。

スポーツへの理解度と参加度が高いアメリカで、サーフィンに対する関心度はどのようなものなのか?この問いかけに、糟谷さんは「誰もが一度はトライしてみたいと思っている気がします。そして既に波に乗っている人にとっては、もう生活の一部になっています」と言った。

具体例として挙げたのは各界のセレブリティの存在。俳優やモデル、音楽家、芸術家たちがサーフデビューし、多くが楽しみ続けているのだという。

一緒に海に入ったことがあるのはメタリカのカーク・ハメットとロバート・トゥルージロ。彼らはカリフォルニアやハワイでよくサーフィンしているし、少し前にはテキサスにあるサーフィン用ウェーブプールを楽しむ様子がニュースで紹介されていました。

レッド・ホット・チリ・ペッパーズのアンソニー・キーディスやフリーもキャリアは長い。そう、この冬にはルイス・ハミルトンがパイプラインに入っていたと聞きました。知人が隣で波待ちをしていて、なんでここにF1界の世界王者がいるんだと驚いたようです」。

冬のパイプラインは世界中から実力派サーファーが集うステージと呼ぶべきサーフスポット。波質は素晴らしく、そのラインナップに7度のワールドタイトルを獲得したF1レーサーがいる。それはまさに、サーフィン先進の地だから見られる光景なのだといえる。

ほか、世界各国の男子トップゴルファーが集うPGAツアーを回る選手のなかにもサーフィン愛好家がいると言い、映画『マイティ・ソー』や『アベンジャーズ』に出演した俳優クリス・ヘムズワースは自身のインスタグラムに多くのサーフクリップを投稿していると教えてくれた。

僕らが始めた1980年代とは違い、今のサーフィンにはヘルシーなイメージがあります。だから若い女の子やリタイアしたシニア層も興味を示すし、とても大衆的なんです」。

昨年から続くコロナ禍のハワイの海は、長く学校が休校していたこともありサーフィンを始めたばかりの若者が多く見られたという。それは機会があればやってみたいと思っていた人たちが行動に移した結果であり、島で暮らし、また島を訪れる人たちのサーフィンへの関心度の高さを可視化したものなのだ。

総年収が億を超えるサーファーも少なくない

多くの人が興味を抱くアメリカでのサーフィンは、スポーツであり、レジャーであり、ライフスタイル。

多様性があることからマーケットは大きく、そのため世界最高峰のコンペティションの舞台で活躍するプロサーファーたちは、トップアスリートと呼ぶべき存在感を放つ。彼らの収入は大会の賞金とスポンサーの契約金が主となり、合わせて億を超える選手も少なくない。

ちなみに最高峰ツアーのCTにおける今シーズンの優勝賞金は、男女とも1試合7万ドルに設定されている。全9試合が終了した時点の上位選手で世界王者を決めるポストシーズン「WSLファイナル」は20万ドル。これも男女同額だ。

先日終わった全豪オープンテニスは優勝賞金が男女とも275万豪州ドルなので桁が1つ違いますが、それでも僕の選手時代に比べれば雲泥の差。格段と良くなりました。

選手はよりシビアに勝利を求め、近年ではトレーナーやコーチなどのスタッフをツアーに帯同させています。ライバルの絶対数が増えている側面もあって生存競争は激しくなっていますからね。

僕らのときは、カリフォルニア、ハワイ、オーストラリアが強い選手を輩出していましたが、今はブラジルが世界チャンピオンを生み出し、ヨーロッパ、中米、アフリカと、それこそ世界中のサーファーが頂点を目指すようになっています。試合後に酒を飲んで暴れるパーティアニマル的な選手は皆無。誰もがアスリート然としています」。

スポーティでクリーンな存在だから、クルマ、ハイファッションのブランド、飲料メーカーなど業界外の企業が多くの選手と契約している。五十嵐カノアは資生堂によるプロジェクトのアンバサダーを務め、メルセデスやポルシェにサポートされる選手もいた。

むしろサーフギアのブランドには給料以上に納得のいくクオリティを求め、生活や活動の費用には業界外からのスポンサーフィーを充てる。そうして海でのパフォーマンスに最大限の力を発揮できる環境づくりを目指すのが、現代のトップコンペティターの在り方なのだ。

プロのフリーサーファーがもたらす多様性という恵み

 

また、プロという存在はコンペティターだけに限らないのもサーフィンの魅力である。

それはフリーサーファーという存在。若くして将来を嘱望されながら戦いの場から身を引いたデーン・レイノルズ、アートの才能を発揮するタイラー・ウォーレン、多彩なデザインのサーフボードを華麗に操るクレイグ・アンダーソンーー玄人受けする彼らは賞金もなければ大企業からのサポートも得られにくい。それでもブランドを興したり絵を描きながら思うがままに活動している。

DIY的な趣向はストリートスケーターのようだが、スケートボードは都会の暮らしと相性がいい。海をベースにしながら同様に暮らしていけるのは、ひとえに彼らを支える理解者が多いため。サーフィンが広く認知され、生活の一部にしている人が多いためである。

プロのフリーサーファーたちが何をもたらしてくれるか。そのひとつがサーフボードの多様性です。

例えば僕の選手としての現役時代では、一般のサーファーはプロサーファーが使用するサーフボードを欲しがりました。それが最先端のデザインだったためです。でも今、サーファーが生む最先端のデザインには、選手によるものとフリーサーファーによるものがあります。

選手は勝てるデザインを求め、フリーサーファーはもっと波に楽しく乗れるデザインを欲しがる。音楽に例えるなら、ビルボードでチャートインを目指すか、ジャズの世界で熟成した音作りを目指すかといった違い。

僕は日本チャンピオンに2度なっていますけれど、60歳になった今では、現代のトップシーンで当たり前のように繰り出されるエアリアルはできません。となったとき、必要なのは勝つためのサーフボードではない。そして勝つためのものではないサーフボードにも、今は上質なものが揃っているんです」。

F1マシンのような操作性に優れたサーフボードだけではなく、市場には、フィッシュ、ボンザー、ミッドレングス、ロングボードなどと呼ばれる多彩なデザインが揃う。1本のサーフボードだけでは堪能できない。それがサーフィンの奥深さなのだと、プロのフリーサーファーたちは教えてくれている。

東京オリンピックには世界のトップがやってくる

試合とそれ以外のフィールドで2つの種類のプロを生み出しているサーフィンの世界だが、影響力や収入はCTで活躍するコンペティターのほうが強くて多い。世界王者を決するツアーという側面を持つことから多様なメディアに取り上げられる機会は多く、その姿はサーフィンをしない人の目に映りやすい。

衆目を集める彼らは、現代サーフィンの魅力を波の上で表現することに加え、より前衛的なライディングに挑むことでサーフィンの未来の扉を叩き続ける存在でもある。そしてもしこの夏、無事に東京オリンピックが開催されればーー。

日本の海で、究極のサーファーとサーフィンに触れられる絶好の機会になると、糟谷さんは言う。

太平洋高気圧が強く張り出す真夏の日本に良い波は期待できないとか、世界中が注目するなか千葉の小さな波で試合をするなんて、というネガティブな声があります。しかしどれだけ波のサイズが小さくても、彼らのサーフィンをその目で見れば、きっと驚かされるはずです。

それほど彼らのスキルにはすごいものがある。しかも生まれて初めて訪れたビーチの小波を難なく攻略するだけでなく、タヒチやハワイでのビッグウェーブまで涼しい顔をしてこなしていく。サーファーとしてのレベルの高さはため息がこぼれるほどですし、これぞ現代最高峰というものを、ぜひライブで体験してほしいですね」。

日本に世界のトップが集う機会は滅多にない。ツアーの1戦が開催されていた時代もあったが、2005年を最後に覇権を争う舞台は日本から消えた。世界的なタイトルを懸けた真剣勝負はそれ以来。

素人目にも「すごい」とわかるサーフィンを披露する彼らを相手に、日本人の選手はどこまで戦えるのか。世界と日本の距離が露呈する直接対決も、本大会の見逃せないポイントとなる。

photo by ブライアン・ビールマン
text & editing by 小山内 隆

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(この記事はOCEANS:特集 SEAWARD TRIPより転載)
元記事は関連リンクへ↓

 

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