【EP.3】金メダル獲得だけではない。BREAKING TEAM JAPANが残した功績。 〜 競技システムを0から構築する組織の裏側 〜

2025.05.12
text,interview by Takako Ito

2025年も初夏に入り、あのパリ五輪での感動が遠い記憶に移り変わろうとしている中、JDSF(公益社団法人日本ダンススポーツ連盟)がブレイキンを競技化にする活動は止まるどころかこれから益々活性化していく。今回は、その競技システムを作り上げている立役者の一人であるJDSFコーチのノンマンこと、石垣元庸氏に課題となる“コーチ育成”について話を訊いた。

指導者育成プログラムとは

JDSFが推進するブレイキンの指導者育成プログラムについて教えてください。

2028年の長野国民スポーツ大会(以下:国スポ)で、ブレイキンが公開競技として採用されることが決まりました。これを受けて、各都道府県で適切な指導者を育成し配置する必要性が高まっています。JDSFとしては2028年の国スポまでに、各都道府県に公認のブレイキンコーチを少なくとも1名配置することを目指しています。私たちとしては、オリンピックを経て次なるステージにブレイキンがチャレンジしていく上で指導者の資格や一定の水準を設けることがマスト要項になりました。

第1回目の指導者講習を実施した感想を教えてください。

まず、最初の感想としては、指導者講習会を実施してとても手応えを感じました。準備期間に約2年を費やし、その間オリンピックなど大きなイベントも控えている中で構築してきましたから、色々と大変でしたが本当に実施することができて良かったです。様々な観点で手応えを感じましたね。それは、同時に課題も顕になりました。

日本においてJSPO(日本スポーツ協会)が、全国のコーチ資格などを管理している団体になるのですが、まず最初に彼らに対しアクションをしたのは我々側でした。大きな枠組みでのサポートをもらいつつ、ブレイキンは独自の文化やルールがあるので、我々が主導となり指導者育成プログラムを作っていくことになります。

JDSFでは強化と普及の両面から、ジュニアユースからトップレベルの選手まで一貫した育成を目指しています。その根幹には「人間力」を土台とし、その上に「心・体・技」を育むというピラミッド型の指導理念があります。これまでは、トップチームの選手を中心に展開をしてきたのですが、今回の指導者講習で外部の指導者の方々にもその内容に触れていただいた際、反響が非常に大きかったです。「僕たちが、ブレイキンを通じてやってきたことは間違っていなかった」という強い実感を得ることができました。

Ⓒ公益社団法⼈⽇本ダンススポーツ連盟

その指導理念の中心にある「人間力」とは、ブレイキンにおいて具体的にどのような重要性を持つと考えますか?

ブレイキンの選手(プレイヤー)においては、テクニックだけでなく“人間としての経験値”が非常に重要だと考えています。オリンピックの審査項目にも含まれる「オリジナリティ」や「ボキャブラリー」は、表面的な技術だけでは深めることができません。多様な経験を通じて自己と向き合い、自分らしさを磨くことこそが、ブレイキンの本質であり、競技力向上にも繋がると考えています。他のスポーツとの違いをあえていうならば、ここに尽きます。これまでは、ブレイキンシーンにおいてそう感じるだけで仮説でしかなかったのですが、それがこうしてオープンに扱われるようになり、仮説が事実になった気がしました。JDSFの指導理念は、まさにこのようなブレイキンならではの価値観を反映したものと言えると思います。

ブレイキンカルチャーとスポーツの共存

ブレイキンのスポーツ化が進む中で、カルチャーとして育まれてきた側面との共存について、どのように感じていますか?

ブレイキンがスポーツとしてオリンピック競技になったことは、先人たちが築き上げてきた価値が時代に認められた証だと感じています。一方で、ダンスの価値がスポーツの枠組みで相対化されてしまう可能性についても懸念があり、ブレイキン独自の魅力をどのように伝えていくかが今後の課題だと認識しています。

パリ五輪でブレイキンのスポーツ競技化のフォーマットは完成されたと思いますが、今後の展開について教えてください。

今後もスポーツ競技化は続いていきます。むしろ、パリ五輪が基盤となり、より進化していくような気がしています。まず、長野国スポに採用されたことが大きいですね。私たち自身はずっとフラットにいるので、「スポーツ化したい!」と思って働きかけていることではないんですよね。世の中の流れがブレイキンに注目をし、ある意味競技のひとつとしてフックアップいただいたのだと思っています。その中で「シーンにいる僕たちがどのように参加できるのか」「フォーマットやルール化ができるのか」という課題をクリアしてきたという感覚でいます。

ブレイキンはあくまでもHIPHOPの4要素におけるひとつの要素に過ぎず、そして他の3つの要素は社会的に評価され成功しています。例えばDJは職業としても世界的認知度があり億プレイヤーも数多くいます。MCもいわゆるラッパーとしてグラミー賞を受賞したアーティストがいますし、ラップという文化も世界中に浸透してきていると思います。また、グラフィティの面においても、バンクシーをはじめ、キース・ヘリングや、ジャン=ミシェル・バスキアなども世界的なアーティストとして作品も高額で売買され非常に著名です。

それらに比べるとブレイキンだけ、まだまだニッチというか世界的に成功したと言えるスーパースターがいないと思いますし、人々の生活にも浸透していないと感じます。

パリ五輪で金メダルを獲得し風穴を開けたBgirl Ami Ⓒ公益社団法⼈⽇本ダンススポーツ連盟

一方で、社会的にインパクトを与えることが正解とも思っていないです。今のカルチャーでも充分意味のあることをしているし、知っている人が楽しめたらそれで良いという価値観もあります。ただ、客観的に見た時に、4つの要素の中でブレイキンだけ社会的インパクトが足りないなと思ったんです。その最後の4つ目の末っ子の立場だったブレイキンがオリンピック競技に採用されて、それを現地で目の当たりにした時「あぁ、やっぱりHIPHOPは凄いんだな」と実感しました。シーンにいた僕たちとしては、何も変わっていないのですが、先人たちが築き上げてきたものが時代にマッチして、突然フックアップされたというエナジーをパリ五輪で感じました。

ただしこれが、業界全体にとって良いことなのか。正直まだわからないんですよね。パリ五輪を通じて、より多くの方々に知ってもらったことで「ブレイキンはわかりにくい。」「めちゃめちゃ感動したよ。」など、本当に様々なご意見をいただきました。賛否両論当然ありました。その中でやろうと思えば、わかりやすく務めることはできるのですが、わかりにくい美徳もあるじゃないですか。ジャッジとは違う価値観を持てるのも、ある意味新しいスポーツだなと捉えることもできると思うんですよね。勝敗がはっきりしていることが正とされているスポーツ競技において、新しい価値観が生まれることも気づきとしては良い傾向だと言えると思うんです。一方で、ダンスの他ジャンルだとスポーツに昇華することは難しいとも感じます。一定水準の審査基準を設けるとどうしても相対化してしまうんですよね。

ブレイキンは世の中に対するカウンターカルチャーがルーツにあると思いますが、それがスポーツ化されたことで選手たちとの向き合い方や指導者講習を実施するにあたり苦労された点はありますか?

まず、指導者講習については、そのカリキュラム作りなどに約3年を費やしました。強いて言えばその軌跡そのものが苦労でしたね(笑)。苦労というか、大変な作業でした。「僕らがこれまで積み上げてきたものって、何だっけ?」というところから考え始めました。良くも悪くも、ダンスには言語が無い。踊って繋がって、共感してっていう表現方法ですよね。これまではその感覚で成立していたものを、一つひとつ言語化していく作業が大変でした。

カリキュラムの作成についてはJDSFの関係者が必要な項目を炙り出し、お互いの得意分野に振り分けていき、それ自体はスムーズに決まりました。ブレイキン界隈だけでは完結させず、柔道の金メダリストの選手に講義をお願いしたり、僕は弁護士という肩書きもあるので、人間力を高めるという大枠の中にコンプライアンスやハラスメントについての講義も取り入れるなど一般教養と広く捉えるスポーツ視点も取り入れました。また、女性アスリートに対しての講義も専門家をお呼びして積極的に取り組みました。

Ⓒ公益社団法⼈⽇本ダンススポーツ連盟

ブレイキンの経験がない方でも受講可能とのことですが、どのような方がコーチ資格を取得することができるのでしょうか?

JDSFが認めるコーチ資格を取得するために、指導者育成プログラムを立ち上げ指導者講習を実施したのですが、対象者はブレイキンの未経験者でも受講可能です。実際、他のダンス経験を持つ指導者も参加してくれました。普段は、体育指導を行っている学校の先生もいらっしゃいました。我々としても、ブレイキン経験の有無だけでなく指導の熱意や子供たちの育成に貢献したいという意欲のある人材に、広く門戸を開きたいと考えています。コーチ研修を受け一定水準をクリアすると、JSPO公認のコーチ免許を取得することができます。最終的にはサッカーのようにコーチ免許のフォーマットを作っていくことを目指しています。また、講義は上層組織のJSPOの管理下で受けていただくカリキュラムとJDSFの管理下で受けていただくカリキュラムの2種あります。

指導者講習を受けることのメリット

この資格を取得することで、具体的にどのようなメリットがあるのでしょうか?

指導者講習を受けていただくと「ブレイキンコーチ1指導者資格」を取得することができます。これは、各都道府県の代表コーチとして国スポに関わる道が開かれるだけでなく、JDSF公認の指導者として地域での普及活動など、多岐にわたる活動が可能になります。その資格が必須な公式大会のチームを率いる、コーチとして参加資格を得られるということです。JDSFは、この資格がブレイキンの文化を尊重しながらスポーツとしての魅力を広め、次世代の育成に貢献するための重要な一歩となることを期待しています。

Ⓒ公益社団法⼈⽇本ダンススポーツ連盟

指導者講習の今後の展開について教えてください。また、指導者資格は男女共通とのことですが女性指導者の育成についてはどのようにお考えでしょうか?

年1回以上の開催を目指しており、将来的には半年に1回など、より頻繁な開催も視野に入れています。

ブレイキンコーチ1指導者資格は男女共通の資格として実施されます。しかしながら、全国的に見ると女子のブレイキン指導者は少ないのが現状です。そのため、女性アスリート特有の体のケアやメンタルのサポートといった観点を取り入れた指導ができる指導者の育成も、今後の重要な課題とされています。本音を言うと、現役では無いBBOY・BGIRLの皆さんにも是非コーチとしてまたシーンに参加していただきたいと思っています。

ブレイキンから離れた経験のある方、例えば、ママパパになって子育てに落ち着いてからでも大歓迎です。サラリーマンになったけど、コーチとしてシーンに関わりたいという方も大歓迎です。今後、全国の都道府県に必ず1名は必須になってくるわけですから、ご自身のスキルやキャリアを問わずに是非チャレンジしていただきたいですね。世の中にそういう方々が多くいるのではと感じているので、僕たちにはそういった“ブレイキン以外”の様々な経験をされてきた人間力のある方にもぜひ参加していただきたきたいなと考えています。

最後に、読者の方へメッセージをお願いします。

ブレイキンを愛しその発展に貢献したいという熱意のある方々に、ぜひ指導者講習を受講していただきたいと心から願っています。ブレイキンが過去に好きだった方々でシーンからは離れてしまったけれどという方にもぜひライセンスを取得いただきたいと思っています。

プレイヤーでなくなると、関わり合い方がわからないBBOY・BGIRLも多いのではないかなと感じます。このライセンス取得がシーンに戻ってくるきっかけに繋がればとても嬉しいですね。経験の有無に関わらず、オープンマインドでブレイキンの未来を共に創っていく仲間を求めています。「学ぶことをやめたら、教えることもやめなければいけない」という言葉があるように、私たち自身も学び続け、皆さんと共にブレイキンの未来を育んでいきたいと思っています。

Ⓒ公益社団法⼈⽇本ダンススポーツ連盟

インタビューを通して感じたこと

ブレイキンシーンは今後どこへ向かうのか。日本においてこの数年、キッズを含めた若手の実力あるBBOY・GGIRLたちが台頭してきているのはJDSFの存在が大きい。国内だけでも全国大会やその予選大会、キッズクルーのみが参加できる全国大会などを年間通じて数多く開催し、テレビやWEBでの中継など露出も多いことでプレイヤー個人やブレイキンというカルチャーそのものの価値向上を測っている。パリ五輪で熱狂を生み、次のロサンゼルス五輪に繋げるところが不採用となった。目指すべきロードマップが途切れたように感じた人も多くいたはずだ。そんな中、JDSFは次なる山を目指し歩みを止めてはいなかった。次世代のプレイヤーたちのために、そして先人たちが残してくれたシーン全体のために、それらをアップデートする活動は次のステージへ向けて勢いを増して続いていきそうだ。

Ⓒ公益社団法⼈⽇本ダンススポーツ連盟

プロフィール
石垣 元庸 / Motonobu Ishigaki
弁護士、起業家、ブレイクダンサー(“B-BOY NONman”)。
1978年生まれ、愛知県名古屋市出身。 大学在学中にブレイクダンスに出会い、日本が世界に誇るブレイクダンスチーム「一撃(ICHIGEKI)」で活躍。 2005年には世界大会「Battle of The Year」に日本代表として出場し、Best Showを受賞。現在は自身の弁護士事務所で弁護士として働きつつJDSFのコーチとして活躍。

今後の動向についてはJDSF公式WEBサイトやSNSをチェック!

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