織田夢海が五輪用“だった”トリックで初戴冠。アーバンスポーツの祭典の裏に隠れた人間ドラマ

2022.06.07
text by Yoshida Yoshio

ようやく、やっと、ついに……。

6月4、5日と開催されたアーバンスポーツの祭典、「YOKOHAMA URBAN SPORTS FESTIVAL」にて行われたスケートボードコンテスト、SKATEARKにて織田夢海の優勝決まった瞬間、筆者の脳裏に真っ先に浮かんだ言葉だ。

世間的な注目は西矢椛・中山楓奈の両メダリストだったといって差し支えないだろう。なぜなら彼女たちが2人揃って国内のコンテストに出場するのは、五輪以降では今回が初だったからだ。

しかし今回の主役は彼女たちではなかった。

オリンピック出場に王手をかけていながら、直前で出走権を逃すという挫折を味わった織田夢海が、国内・海外含め念願のメジャータイトル(オンラインは除く)初優勝という結果を残したのだ。

直前の五輪代表落選と不思議なほど恵まれなかったタイトル

日本トップのスキルを有していながら、以前の彼女はなかなかタイトルに恵まれなかった。

そもそも彼女は、五輪に出場さえできていれば十分にメダルを狙えるだけのスキルは有していた。

実際に東京五輪出場をかけた世界ランキングでも、直前の世界選手権までは絶対エースとして君臨していた西村碧莉に次ぐ日本人2位につけていた実績をもち、西矢と中山の両メダリストとと共に新時代を牽引するキーパーソンと目されていた人物なのだ。

ただ彼女にとって不運だったのがコロナ禍の長期化だった。相次ぐ五輪予選コンテストの中止で、直前までに与えられた出場機会はたったの2回。しかもそのうちのひとつで帯同スタッフにPCR検査の陽性反応が出てしまったことで突然の出場キャンセル。結局世界選手権が唯一の出場となったのだが、そこでも予選は1位通過。ただセミファイナルでのたった1回のミスが原因で敗退、土壇場で逆転を許し、出場を逃しているのだ。しかも逆転を許した両選手は揃ってメダリストになっている。悔しくないわけがないだろう。

しかしこれまでの彼女のキャリアを振り返ってみると、以前から表彰台の常連にはなっているものの、毎回あと一歩で優勝に届かないのことの多さに気づく。実際に4月のX Games CHIBAでも予選はトップ通過だったにもかかわらず、決勝では4位に沈んでしまっている。ただオンラインコンテストでは優勝を果たしているので、筆者としても思い起こしてみたらそうだったというレベルの話なのだが、リアルな現場では知らぬ間にシルバーコレクターが見慣れた光景となっていたのかもしれない。

彼女ほどの実力があればいつ優勝してもおかしくなかったが、それも勝負の綾なのか、それともメンタル的なものなのか、不思議なほど手が届かなかったのが優勝という経験だった。

最高得点のトリックの裏に隠れた知られざるドラマ

キックフリップフロントサイドフィーブルグラインドを見事成功させ、周囲の関係者も大興奮。

しかし、今回ようやくその壁を打ち破ることができた。

しかも優勝を決定づけた、この日最高の7.7ポイントを叩き出したキックフリップフロントサイドフィーブルグラインド(ボードを縦回転させてから対象物を跨いで後方の金具をかけて滑らせる技)は、奇しくも昨年の東京五輪で繰り出そうと密かに用意していたトリック。 しかし結局挑戦する機会すら与えられぬまま、内に秘めたままだった伝家の宝刀は、時を経てより鋭さを増して私たちの前に姿を現してくれた。その結果が、西矢・中山の両メダリストや昨年の全日本選手権の覇者、赤間凛音を破っての初戴冠となったのだから、ようやく殻を破ったかという感覚になっているのは筆者だけだろうか。

さて彼女の次戦は6月26日から開催されるWORLD SKATEのプロツアー。そう、いよいよパリへ向けたサバイバルレースがスタートするのだ。しかも開催場所であるローマは、昨年の東京五輪出場が断たれた因縁の場所でもある。メジャータイトル初優勝の勢いのままにここでも栄冠を勝ち取るのか、それとも昨年の悪夢は繰り返されるのか!?

左から3位の上村葵、優勝した織田夢海、2位の赤間凛音

今回は自身のキラートリックであるビッグスピンフリップフロントサイドボードスライド(ボードを縦横に1回転させて中央部分にかけて滑らせるトリック)を決めきれず4位に終わった西矢椛や、6位ながらもフロントサイドハリケーングラインド(お腹側の対象物に対してボードと共に半回転して)で進化の一端を見せてくれた中山楓奈もこのままでは終わらないだろうし、先日のX Games覇者、ライッサ・レアウもInstagramで織田と同じキックフリップフロントサイドフィーブルグラインドを成功させた動画を公開している。

今回も安定した滑りで準優勝となった赤間凛音のフロントサイドビッグスピン

ラストでこのハーフキャブヒールフリップを成功させた上村葵は、この後あまりの喜びに嬉し泣き。

西矢椛はこのビッグスピンフリップフロントサイドボードスライドを抑えきれず、4位に終わった

6位に終わったものの以前では見ることのなかったフロントサイドハリケーングラインドを最後に成功させて意地を見せた中山楓奈

越えなければいけない壁はとてつもなく高いが、それでも今回の優勝が彼女にとって大きな自信となったのでれば、今後は連勝街道をひた走ったとしても決しておかしくはないだろう。彼女はそれだけのポテンシャルを秘めた逸材なのだから。

この優勝をどう次に繋げるか!? ローマでの彼女達の戦いにも注目だ。

アップカマーの戦いとなった男子ストリート

左から2位の佐々木音憧、優勝した石塚佑太、3位の渡辺星那

続いては男子ストリート。

今回に関して言えば、招待選手として参加予定だった白井空良や池田大暉といった面々が、急遽決まった世界最高峰のコンテスト、STREET LEAGUEのプロツアー参戦権をかけた予選大会に出場することになってしまい、緊急渡米したことで参加選手が当初よりも小粒になってしまったと思う方もいるかもしれない。

しかし今の日本は世界で最もコンテストに強い国だ。その証拠に招待選手として参加していた根附海龍がまさかの予選敗退を喫するなど、突き上げてくるアップカマー達のレベルの高さも折り紙付き。

そして、そういう現場では決まって新たなスターが生まれてくるものだ。

3位に輝いた渡辺星那は小5でプロ資格を獲得し、兄の雄斗と共に幼くして注目を詰めていた存在ではあるが、その後はプロの壁にも阻まれなかなか結果が出ていなかった。しかし今春より晴れて高校生となり、スキルと共に体格も成長したことで、以前より迫力を増したライディングを披露。先月の「CHIMERA A-SIDE」では念願の初優勝を飾っており、今回も得意のヒールフリップを生かしたトリックバリエーションでオーディエンスを沸かせてくれた。

国内屈指のヒールフリップバリエーション。渡辺星那のヒールフリップフロントサイドブラントスライド

そして渡辺と同学年で2位に輝いた佐々木音憧も、先日の日本オープンで見事優勝を果たした、現在ノリにノっている選手の1人。年齢的に伸び代も十分で、一足先に抜きん出た実績を残している池田大暉を追う同世代の最右翼と言えるだろう。ラストトリックのキックフリップバックサイドノーズブラントスライドを決めきっていたら、今回は彼が優勝を飾っていただろう。

ここ数年の成長には目覚ましいものを感じる佐々木音憧のビガースピンフリップフロントサイドボードスライド

ただ彼らはここ数年のコンテストシーンでは常連と言える存在でもある。

今回異質だったのは、優勝した選手が彼らより一回り、いや二回りほど上の世代にあたる23歳の石塚佑太だったことではないだろうか。現在の国内コンテストは完全に十代選手の争いとなっていただけに、この結果は非常に興味深い。

偶然の要素が重なって生まれたいきなりの優勝劇

ダイナミックな滑りと他とは一線を画すフェイキー系トリックで沸かせた石塚佑太のフェイキーオーリースイッチフロントサイドブラントスライド

しかもそれが何度も挑戦し続けて得た末の念願の勝利ではなく、滅多にコンテストに出場しない選手が出てきて、しかも優勝という結果を持ち帰ったからだ。

そこで筆者は、インタビューで気になる出場理由を聞いてみたのだが、そこには彼が現在参加している「WATARI TRIPLE ©︎ PROJECT」に秘密があった。これは東日本大震災を経験した東北・宮城県にある亘理町から、「防災」にアート・スポーツ・フード ・ミュージック・クリエイティブと様々な要素を掛け合わせ、世界に誇れる新たなカルチャーを、創造・発信していくプロジェクトなのだが、このプロデューサーを務めているプロスケーターが今大会のジャッジを勤めていたため、それが参加するきっかけになったとのこと。

さらに今回はコンテストフォーマットも彼に味方した。

優勝できた要因のひとつが、5本のトライのうち、得点の高い3本を採用するベストトリック方式だったことも大きいと本人は話している。

そもそも彼はSNSを駆使して驚愕のビッグトリックを発信することで業界から注目を浴びた選手であり、いわゆる競技よりもスケートボードが元来持っているカルチャー要素の強い映像作品によって世界から注目を集めた存在。別の言葉に例えるなら、爆発したら凄いがコンテストには慣れていない分安定感に欠けるというとわかりやすいだろうか!?

それでもベストトリックならば自分にもワンチャンスあるかなと思い、密かに優勝を狙っていたという。そしてそれを見事に有言実行できるのは、確かなスキルがあってこそ。今後のコンテスト出場に関しては、出れるものがあったら積極的に参加したいと語っていただけに、今後は10代半ばの若手に混じって、23歳の石塚が躍動する姿にも注目していきたい。

今回ファイナルのスタート直前はご覧の人だかり。スケートボードの盛り上がりを肌で感じることができる

さて、以上のような結果となった「YOKOHAMA URBAN SPORTS FESTIVAL」だが、今回は無料イベントということも相まって、2日間で5万人の来場を記録したとのこと。東京五輪のレガシーは着々と受け継がれ、そして発展を続けている。今後もこういったスケートボードコンテストは増え続けていくことが予想されるし、スキルレベルもどんどん向上していくだろう。それは同時に個性的かつスタイルあるトリックのオンパレードにもなっていくことも意味しているので、ジャッジングスキルの進化も問われていくことになるだろう。

ただ筆者としては、こういったトップ選手が参加し、子供に夢を与えてくれるようなコンテストだけではなく、ビギナー層や中間層など、あらゆる世代、スキルの人々が気軽に参加できるコンテストも増えていってほしいと切に願っている。 それが業界の発展に繋がっていくのは間違いないのだから。

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