雪上サーフィンと呼ばれる“雪板”が持つ「スリルと浮遊感」を現代に蘇らせた男

2022.03.14

現代の雪上サーフィンと呼ばれる“雪板”。このスノーボードの原型と思えるモノを現代に蘇らせた「芽育」主宰者・五明 淳さんに雪板の魅力を伺った。

スノーボードの原型を現代に蘇らせた“雪板”

冬になったら雪上でサーフィンしよう。そう発想しDIYでスノーボードの原型を作り、雪上サーフィンを楽しんでいたサーファーがアメリカの各地にいた。

最古のスノーボードブランド「ウインタースティック」の会社設立が1976年だから、それ以前のこと。“スノーボード”という言葉すら生まれていなかった時代の話だ。

そして当時のサーファーたちが手にしていたのは、こんなモノかもしれない。そう想像させてくれるのが“雪板”である。

雪板とは文字どおり“雪の上で使う板”であり、この“スノーボードの原型”と思えるモノを現代に蘇らせたのが五明淳さん。生まれ育った長野県で、8歳でスケートボードを、13歳でスノーボードを始めたプロスノーボーダーである。

「冬の長野は地下道のようなところでしかスケートボードができないし、それなら山に行こうかという感じでした」と当時を振り返る五明さんがスノーボードを始めたのは’90年代中頃。

スケートボードのトリックを取り入れながら滑るニュースクールというムーブメントが起きていたタイミングで、スケートボーダーたちも関心を掻き立てられたという。

環境にも恵まれていた。住まいのある長野市内からなら戸隠や飯綱高原まではわずかな距離で、白馬や妙高、志賀高原へも1時間ほどのドライブで着く。程なくして、質の高い雪、豊かな地形でのスノーボードが日常になっていった。

競技も始め、ジュニア時代にはワールドカップに出場。のちにプロとなり王道のキャリアを歩むようになる。それでも根はフリースタイルが好きなスケートボーダー。コンペティションには積極的になれず、高校を卒業するタイミングで改めてスノーボードとの向き合い方を自問。もっと自由に山を滑る生き方を選んだ。

業界においても“バックカントリー”という言葉が広く使われていない時代のことだ。世間は東京ドームでのビッグエアイベントに夢中になっていた頃であり、そのためスノーボードで山に入る人は日本全体を見渡してもわずかばかり。

それでも長野で活動する先人たちに出会い、彼らの背中を追うように五明さんは山の中をフィールドとしていった。

緩やかに思える斜面もスリリングな大斜面に

「芽育」主宰者 五明 淳さん●1978年、長野県生まれ。長きにわたりプロスノーボーダーとして活動。のちに雪板ブランド「芽育」をスタートさせた。冬は長野をはじめ北海道や東北などで雪巡りをして過ごす一方、雪板作りのワークショップや映像作品『雪板生活』を通してシンプルな雪上遊び〝雪板〞の魅力を伝える。http://makesnowtoys.com
「芽育」主宰者 五明 淳さん●1978年、長野県生まれ。長きにわたりプロスノーボーダーとして活動。のちに雪板ブランド「芽育」をスタートさせた。冬は長野をはじめ北海道や東北などで雪巡りをして過ごす一方、雪板作りのワークショップや映像作品『雪板生活』を通してシンプルな雪上遊び“雪板”の魅力を伝える。

以来、20年以上にわたってスノーボードとスケートボードを軸とするライフスタイルを築いてきた。冬になるとスケートボードがしにくくなる長野ライフは相変わらずだが、変わったことがあるとすれば、いつの頃か“スノースケート”と呼ばれる“雪上スケートボード”が製品化されたことである。

「スノースケートには一枚板のシングルデッキとデッキの下にスキーが付いたダブルデッキの2種類があって、シングルデッキはスケートボードそのもの。雪の積もった街中でフリップなどのトリックもできます。

一方のダブルデッキはスキーにエッジが付いているから、スキー場の麓にあるようなちょっとした斜面を滑るのに適しているんです。

僕はどちらも手にして遊んでいましたが、シングルデッキでもっとスノーボードのように滑れるモデルが登場しないかなと思っていました。

でも待てど暮らせど製品化されなくて。それなら自分で作ってみようかなと、そう思ったのが10年ほど前ですね」。

そうして生まれたのが雪板だ。ベースの合板には間伐材など使用用途のなくなった木材によるものを意識的に選び、そこにアウトラインを描いて電動カンナで削り出していく。そしてヤスリで丁寧に磨いてフィニッシュ。

全体に長さを持たせたところがスノースケートと大きく違うが、それでいてスノーボードよりは短い。

「スキー場のコースよりは短く、けれどそれなりに長い斜面をターンしながら滑る。そのために必要となる長さをテストしながら決めていきました。

しかも足元はスケートボード同様にフリーな状態。ターンには確かな体重移動が必要で、ときにはステップバックなど足の位置を動かしながら滑ることもあります」。

ターンは体重移動をしながら板のつま先側とかかと側を交互に雪面に食い込ませて行う。足元が固定されていない構造から深雪のほうが板を寝かし込みやすく、そのため初期のモデルはパウダースノーで遊ぶことを想定して作られた。

そして足元が固定されていない雪板を経験すると、バインディングがターンをさせてくれていたと思えるほど、その存在の偉大さを痛感する。

足元が自由であるということは、ボードをしっかり操作する技術がないとターンすらできないことを意味するためだ。

ターンができないと真っすぐに滑り降りるしかない。スピードは出続け、やがて怯み、転ぶことになる。失敗が頭をよぎるから、スノーボードなら数秒で滑り降りられる緩斜面もアラスカのような大斜面を前にした気分となる。足がすくむのである。

「緩斜面ながら、とても大きなスリルを感じられるのは雪板の魅力のひとつです。それに初日はほとんどの人が転びまくっていますね。総じて翌日は全身筋肉痛。でも、その難しさに面白みを抱いた人は深くハマっています。

実際に長野だけでなく、北海道や東北、北陸などの各地で雪板ブランドが生まれているんです」。

この10年でデザインも変わった。

「最初はスノースケートのパウダースノー版みたいなイメージでしたが、試作を重ねて今は90〜160cmほどの幅広いレンジで作っていて、圧雪バーンでも滑れるモデルも手掛けています」。

ふわふわと柔らかいパウダースノーと違い、圧雪された斜面では板を倒し込めない。そこでボトム面のデザインにこだわり、締まった雪面でもターンのできる形状を生み出した。

「ボトム面にサーフボードのフィンが付いているような感じですね。そこを踏むとターンへのきっかけが生まれて雪板は曲がっていくんです。

ただそのあしらいを大きくしてしまうと抵抗を生んで失速し、曲がりづらくもなるので、本当に数ミリ程度ボトム面から突起物が出ているようなイメージです。

でもサーフボードにもボトム面を緩やかに凹ませるコンケーブやチャンネルというデザインがありますよね。より推進力を生むために施されるものですが、同様の効果を求めて“水の場合はこう作用するから雪だとこうかな”といった考察を重ねて作っていきました」。

自分で作った道具で滑る感覚に新鮮さと感動を覚え、五明さんは雪板ワールドにのめり込んだ。

やがて雪板ブランド「芽育」をスタート。今ではモダンなショートボードからクラシカルなロングボードまでが選べるような幅の広さを持って、オーダーメイドによる製作を軸にしながらも、5つほどの基本モデルを常時展開するまでになった。

雪板と出会えたことで雪遊びの楽しさが広がった

かつては未来を嘱望されたスノーボードの競技者も、現在は「雪板の合間にスノーボードをする生活」を送る。そこで改めて両者の違いを聞いてみると「全然違いますよ」と言い、「特にスリルと浮遊感がまったく違うんです」と続けた。

スリルについては既に記したが、浮遊感については「スノーボードは雪板よりスピードが出るからだと思うんですが、スノーボードではより滑走感を、雪板ではより浮遊感を、それぞれ楽しみながら滑っています」と言った。

そして雪板と出会ったことで、雪山遊びの多様性にも気がついた。

「スノーボードだと物足りなく感じる場所も遊び場に見えるようになりました。おかげでハイシーズンでも雪質だけを求めず、地形の面白いところがあれば積極的に出かけています。雪板でリフトに乗れるスキー場も増えていますしね。

それにサーフィン的な浮遊感は雪板で得られるので、スノーボードにはよりスケートボード的に滑れるデザインが欲しくなり、自分で作り始めました」。

それは「プラナパンクス」というブランドで、短く、タイトに動けるパウダーボードをコンセプトとする。長野に多く見られる木々が密生する急斜面や森の中で新雪を味わうためのボードだが、そこまで振り切ったデザインを追求できるのも、雪板を存分に楽しめているからだといえる。

「確かに雪板に大きく影響を受けた生活を送っていますが、でも僕、もともとの雪上サーフィン用ボードは存在すら知らなかったんです。

’90年代以降の進化したスノーボードしか知りませんし、雪板もスノースケートにインスピレーションを受けて新しいモノだと思って作りましたから。でも知人のサーファーに言わせると、雪板こそ雪上サーフィンだよね、と。面白いですよね」。

五明さんはサーファーではない。それでも雪上サーフィン用の道具を無自覚に生み出した。それはどれだけ進化を果たしても、スノーボードには派生した源であるサーフィンのDNAが脈々と刻まれているから、なのかもしれない。

原田 岳=写真 小山内 隆=編集・文

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(この記事はOCEANS :連載「SEAWARD TRIP」より転載)
元記事は関連リンクへ↓

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