Surf Voice vol.5「Surfin’ 新島 第1話」

2020.07.02
竹芝港出港の様子。今日では高速艇も出ていて便利になったが、かつては夜遅く新橋の竹芝港を出て、翌日の昼に新島到着の便しかなかった。*ただし写真は1970年代当時のもの。

「伊豆七島の新島には良い波が立つから、行こう!」
そう誘われたのは60年代も終わりの頃だったはずだ。新島へ持っていったサーフボードは時代の流れに合わせて、長さもロングボードから少し短くなりつつあった記憶があるので間違いはない。
この旅は、新島生まれの植松清という男の誘いで始まった。

植松清という男

1964年の東京オリンピック江ノ島がセーリング競技会場となった縁で、彼はそこにあるハーバーで参加各国のレース艇のメンテナンスをしていた。
彼の仕事は耐水ペーパーで船艇を磨き、水の抵抗を少なくするというもので、レースに臨む各国のチームサポートをしていたのだ。

高校卒業後、彼は故郷である新島を離れて江ノ島ハーバー内の造船所に勤めており、大好きなセーリングに関係した仕事をしていた。
もちろんセーリングのスキルだけでなく造船のノウハウも持っており、当時の最先端FRP技術についてもすでに十分な経験をもっていた。造船所内で個人的にサーフボード制作を楽しんでいたというから驚きだ。

江ノ島のヨットハーバーといえば、海好き湘南ボーイにとってのステータスであった。
各大学クラブの優秀なディンギーセーラーはここから育ち、クルーザーのパートタイムクルーとしても交流を持ち、ヨットライフに理想的なコミュニティーを形成していた。
ディンギーセーラーたちは共通の遊び場である海を介して我々サーファーともすぐにクロスオーバーをはじめた。

初めてのナイトクルーズ

時化で大島滞在を余儀なくされることもあったが、大島で一泊すると翌朝江ノ島ヨットハーバー行きの便をゲットできることもあった。*ただし写真は1970年代当時のもの。
時化(しけ)で大島滞在を余儀なくされることもあったが、大島で一泊すると翌朝江ノ島ヨットハーバー行きの便をゲットできることもあった。*ただし写真は1970年代当時のもの。

「新島、それどこ?」
何もわからないまま、鎌倉から親友の兄の車でその日の夜に竹芝港から出航することになった。
夜、竹芝港から一斉に出航する東海汽船は各島ごとへの船で入り乱れている。
時刻は22時を過ぎているというのに帰省者や観光客、釣り人でごった返していた。

植松は慣れた行動で人混みをかき分け、立ちすくむ我々にチケットと、大型手荷物扱いのサーフボードにつける荷札を手渡した。
サッサと船に乗り込むと二階デッキへ回り、我々のサーフボードを取り上げて通路にうまく重ねて収納するのである。
さすがの手慣れた行動に一安心と思いきや、我々のスペースは三階のオープンデッキだった。
ゴザを敷いて、満点の星空を仰ぎながら雑魚寝をすることになった。

ドタバタの乗船騒ぎの熱も冷めやらぬ間に、ドラの音とともに我々は出航した。
真っ暗闇に赤く染まる京浜工業地帯のプラントを右手に見ながらのクルーズが始まった。
初めてのナイトクルーズは、想像以上にスムーズであった。我々は渡された缶ビールを片手に、三浦半島の観音崎を確認するまでデッキで夏の海風を楽しんだ。

新島に上陸

本船と島を結ぶ艀。*ただし写真は1970年代当時のもの。
本船と島を結ぶ艀(はしけ)。*ただし写真は1970年代当時のもの。

私は気づけばいつしか寝込んでしまっており、早朝気がついた時には大島の元町港に接岸している最中であった。大島では大勢の人が下船していった。
当時は新島への直行便はなく、その日によってルートを変えていた。人や物資を積み降ろしながら目的地を目指していたのだ。

利島を過ぎたころから、海の色が急に変わる。マリンブルーの海に船主が切り裂く真っ白なスープが、夏の太陽の光を受けさらに白く輝いていた。
船が魚の群れに接近すると、その度にトビウオが滑空する。私はしばし、デッキから身を乗り出してその光景に見入った。

やがて、新島が大きく近づいてくる。前浜キャンプ場の人影が、はっきり確認できる。いよいよ新島上陸である。
現在は大型船も直接接岸できる立派な港が整備されたが、当時は艀に一度乗り移っての島上陸であり、時化た際にはスリリングな体験ができた。

揺れる艀の上での、本船のデッキからのボード手渡し。この時ばかりはマジになった。(ライフジャケットの着用も無く、こんなことをしてたら、今ならこっぴどく叱られるに違いない)

上陸後、港では一般観光客が民宿の出迎えを探している。
そんな中、私たちは植松の兄の出迎えのおかげでストレスなく彼の実家へ直行することができた。

つづく

文・写真提供:出川三千男

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