430/Fourthirty 30周年記念連載:第1弾 〜Fourthirty代表 上原洋が語る創業秘話〜

2026.04.16
text by Daiki Hatakeyama / interview and photograph by Eiji Zaima

日本国内のストリートカルチャーシーンにおいて、BMXライダーを中心に深く愛され続けているアパレルブランド「430/Fourthirty(フォーサーティー)」が、今年でブランド設立30周年を迎える。

1996年に5名のプロBMXライダーによって発足し、その一員である上原洋を中心に歩みを進めてきた同ブランド。彼らが長年にわたるBMXとの関わりや数々の旅を通じて得た経験、そして機能性を追求した素材選びや時代ごとのテーマを反映したグラフィックなど、周囲のアーティストたちと共創したエッセンスがアパレルに落とし込まれている。現在はBMXライダーをはじめ、ストリートカルチャーを生きる多くの人々に寄り添うデザインを展開し、シーンから絶大な支持を集めるブランドとなっている。

そして5月2日(土)にFourthirtyの創業30周年を記念するイベント「みどりな夜 2026 – 430 30th ANNIVERSARY」が開催される。この度、FINEPLAYでは当イベントに先駆けて、Fourthirty創立メンバーである上原洋氏に行ったインタビューを全4回の連載企画としてお届けする。

第1弾となる今回はFINEPLAY財満栄治の進行の下、上原氏のBMXとの出会いや「Fourthirty」というブランド名の由来、創業メンバー集結の裏側など、立ち上げ当初の貴重なエピソードをざっくばらんに語ってもらった。

Fourthirty代表・上原洋が語る、ブランド誕生の裏側とBMXとの出会い

2003年香港:上原洋のライディング

財満:Fourthirtyの30周年、誠におめでとうございます。改めて30年前にFourthirtyを立ち上げるに至ったきっかけを聞かせてもらえますか?

上原:立ち上げ前の背景からお話しすると、当時のスケートボーダーやBMXライダーなら誰もが経験していると思いますが、30年前はBMXライダーの数が非常に少なく、私の地元である岡山でもほんの数名しかいませんでした。

今ではSNS等も普及し、遠方にいるライダーとも身近に繋がれる環境になりましたが、当時はSNSのようなツールもないですし、近場で競技をしている人も少なかったので、どこでどんな大会やイベントが開催されているのか全く情報が入ってこない状況だったんです。

BMXを始めて数年が経った頃、大阪で大会が行われているという情報を耳にしました。さらに地元の先輩を通じて大阪の岡村旭という同世代のライダーを紹介してもらっていたこともあり、高校3年生の夏休みにその大会へ出場したんです。その大会の帰り際、会場で出会った神戸の小谷明生(通称:アキ)というライダーから「帰りの方向一緒だから車乗って帰る?」と声をかけてもらいました。

当時の僕は大阪や神戸の地理も全然分からなかったのですが、地図で見ると神戸は岡山寄りでしたし行きはバスだったこともあり、「一緒に乗ってきなよ!」と誘われたので同乗させてもらうことになりました。アキのBMXのスキルは自分と同じくらいのレベルでしたが、神戸出身ということもあってか服装を含めてスタイルが洗練されていてオシャレだったんです。

一方で、僕は昔から洋服が大好きで、岡山でも洋服屋で働いていたため、彼に出会って「神戸のライダーはなんてオシャレなんだ!」と強く惹かれました。それがきっかけで仲良くなり、一緒に車で帰ったんですよね。

財満:なるほど。

上原:その後、翌年の4月末に広島で大会が開催されるという話を聞きました。でも出場するにはエントリーシートをFAXで出さなきゃいけなかったんです(笑)

財満:当時はFAXでの申し込みが主流だったんですね。

上原:はい。そのエントリーシートの中には名前や住所を記入する欄の後に、「スポンサー」という項目がありました。当時の僕は何のことかよく分かっていなかったので、アキや神戸のライダーたちに聞くと「なんか上手いやつはここに書くらしいよ」と。(笑)

財満:当時はまだ、上原さんも神戸のライダー仲間もスポンサーの意味もあまり分かってなかったんですね(笑)

上原:はい。当時「FINE」という雑誌があり、巻末にサーファーやプロライダーが紹介されているページがあったのですが、そこにスポンサーとして「ムラサキスポーツ」とか「DCシューズ」といったブランド名が書いてあるのを目にしました。

それから「上手いやつはエントリーシートのスポンサー欄に何か書けるらしい」という話になり純粋に「かっこいいな」と憧れを抱いたんです。当時はもちろん僕たちにスポンサーなどついていませんでしたが、でも「何か書きたいよね」っていう話で盛り上がりました。

FAXを送る日がちょうど4月30日だったため、小谷明生と一緒に仮のチーム名として「Team 430」とスポンサー欄に記入してエントリーしました。

財満:当時はまだ430(フォーサーティー)という呼び方ではなかったんですか?

上原:違いますね。確か「ヨンサンゼロ」と読んでいたと思います。

エントリーシートの「スポンサー欄」から生まれた「チーム430」

430創業の立役者となった上原洋と岡村旭

上原:広島の大会当日、少し前に知り合っていて、後々共にFourthirtyを創業するメンバーになる田中光太郎も出場しに来ていて、そこで彼に神戸の仲間を紹介し、エントリーシートの話をしたんです。光太郎は当時から圧倒的に上手く、すでにスポンサーのようなものもついていたのですが、「実は俺たち、スポンサー欄にこう書いたんだよね」と伝えると、「マジ?それかっこいいじゃん。俺も書きたい」と賛同し、彼も「Team 430」と記入して大会に出場しました。

すると、大会MCが「東京から来た田中光太郎、スポンサーはフォーサーティー!」と読み上げたんですよ。その後の僕たちも同じようにチーム名を「フォーサーティー」と読み上げてくれて。その「フォーサーティー」という響きがとてもかっこよかったので、帰りがけに「俺たちのチーム名の、あの『フォーサーティー』って響きかっこよかったよね。そっちにしよう」と話して意見が一致し、正式な呼び名が「フォーサーティー」になりました。これが後のFourthirty創業の最初のきっかけになります。

オーストラリア留学で受けた「BMX」の衝撃

財満:少し話を遡りますが、上原さんがBMXを始めたきっかけは何だったのでしょうか?

上原:高校1年生の時にスケートボードをやりたくて、最初は同じ学年でスケートボードをやっている友達と一緒に、岡山市内の中心部にある「汽車公園」と呼ばれるストリートスポットでちょっとやらせてもらっていました。

また僕が通っていた高校には、1年生の夏休みにオーストラリアへの交換留学できるプログラムがあり、スケートボードをやりたいと思っていた僕は、中学生の時からそこを目指して進学したんです。

当時、「オーストラリアだったら半額ぐらいでスケートボードが買える」という噂も聞いていましたし、留学先がベルズビーチという「クイックシルバー」の本店がある町で、ホストファミリーにも同じぐらいの年の子がいたこともあり、「スケートボードやりたいんだ。」と伝えると「いいじゃん、俺もちょっと滑れるよ」と言ってクイックシルバーの本店の横にあるミニランプへ連れていってくれたんです。

たまたまホストファミリーは移動手段としてBMXを2台持っていたので、僕たちは2人でスケートボードを抱えながらBMXで向かいました。そこで現地に着くやいなや、彼がBMXでミニランプを乗り出したんです。

それまで僕にとってのBMXは、ダートコースをジャンプしたりレースをしたりする競技というイメージでした。しかし、そこで初めてスケートボードやサーフィンのような「横乗りカルチャー」との接点があることを知り、興味を持ち始めたのが最初のきっかけです。

僕自身、未開拓の新しい場所へ行くのが好きな性格でしたが、夏休みを利用した留学だったため参加しやすかったのも大きかったです。単に夏休みを過ごすくらいなら、せっかくならオーストラリアへ行きたいという強い思いがありました。

財満:そうなんですね。当時の日本ではストリートカルチャーに触れられる環境は少なかったと思うのですが、地元の岡山では流行ってたのですか?

上原:私の高校は街の中心部にあったため、オシャレ好きな人はいたかもしれません。その後、スケートボーダーたちとどんどん繋がっていきましたが、彼らはやはり飛び抜けてオシャレでした。みんな自宅にターンテーブルを持っていましたし。

財満:当時はターンテーブルとかもすごい流行っていましたよね。

上原:そうですね。スケートボードをして、ターンテーブルを回し、決まったショップで洋服を買うようなおしゃれな人のテンプレートみたいなものはありましたね。

僕はオーストラリアから帰国後、スケーターの友達に「BMXって知ってる?あれでスケートっぽく遊べるスタイルがあるんだよ」って話したところ「うちの近所のスーパーの駐車場でやってる先輩がいるよ」と教えられました。「岡山にそんな人いる?」と半信半疑で会いに行くと本当にいたんです。

2つ年上の先輩だったのですが、『スラムダンク』の三井君のようなロン毛スタイルで、とにかくカッコよくてBMXも凄く上手でした。僕は昔から「周りの人がやっていないことをやりたい」という思いが強かったので、先輩から教わりながら半年ほどBMXを続けるうちに、「こっちの方が好きかもしれない」と感じて、近所の自転車屋さんで初めて自分のBMXを買いました。

その先輩にも頻繁に会える環境ではなく、SNSもない時代でしたから、その頃から勝手に「先輩や大会で出会ったライバルたちは、今も絶対死ぬほど練習しているはずだ」って思い込んで、彼らを意識して猛練習していました。

財満:BMXを始めた当時から、岡山から各地に遠征していたんですね。

上原:はい。長期休みに入ると、大会で仲良くなった友人から「今度俺の地元に遊びに来いよ」と声をかけられるのですが、社交辞令だとは微塵も思わず、本当にBMXを担いで遊びに行っていました。遠征先ではローカルライダーたちと遊び、彼らが行きつけの洋服屋を巡ったり、色々なご飯を食べたりと、自転車をきっかけに様々な街を訪れるのが子どもの頃から大好きだったのだと思います。

Fourthirtyの創業は、10枚のTシャツから始まった

創業初期の430チームメンバーの写真

財満:アパレルとして一番最初のアイテムを作ったのはいつ頃でしたか?

上原:「Team 430」として活動を始めた頃、私はまだ洋服屋でアルバイトをしていました。その洋服屋をはじめ、たまたま周囲にTシャツ工場にツテがある人や、イラストレーターがいる恵まれた環境だったんです。

また、働いていたその洋服屋が販売に対して非常にシビアだったため、18〜19歳の頃にはすでに「こういうデザインが売れる」「こういうスタイリングがカッコいい」という肌感覚が身についていました。そこで最初のアイテムとして「カレッジロゴ」デザインのTシャツを作りました。

そのTシャツをアルバイト先の洋服屋で販売させてもらったのですが、先輩がとても厳しい方だったので、しっかり卸値(6掛け)での取引になりました。当時は一度に10枚程度しか作れず、原価が1枚約2000円かかっていたのですが、それを「430」にちなんで4300円で店頭に並べていました。お店が買い取ってくれる価格は6割の約2500円になり、自分は2000円で作っていたので、「友人に1枚タダであげてしまったら、その原価を回収するために4枚売らなければならない」という商売の厳しさを実地で学びました。

そこでの経験からモノを大切にすることや、正しい売り方を若いうちから学べたのは大きな財産です。「430(フォーサーティー)」という名前が誕生した広島の大会から帰宅後、すぐにTシャツを作り、初めて販売したのが19歳の時でした。

財満:当時のデザインは今のロゴと同じですか?

上原: 違いますね。元々は先輩が手がけていた「STAY UP LATE」というブランドの兄弟ブランドとして、先輩のオフィスの片隅を借りてスタートしました。その後、自身で法人として独立するタイミングで、現在ではカメラマンや映像作家として著名なケイタくんに、今の430ロゴをデザインしてもらいました。もう20年以上前の話になりますね。

財満: ちなみに創業メンバーはどのように固まっていったんでしょうか。

上原: 一番の始まりは、神戸の小谷明生(アキ)と「もし将来、自転車に乗れなくなったとしても、俺たちは仲間でいようぜ」と誓い合って「Team 430」を作ったところからです。ただ先ほどお話しした通り、このチームを作った話を田中光太郎にしたところ「やりたい」と彼が加わり、さらに現在沖縄にいるライダーの伊東高志を誘った際も「俺も入りたい」と賛同してくれました。また、私が高校時代に大阪へ訪ねて以来ずっと遊んでいた岡村旭にも声をかけました。

ただ、高志や旭は当時から既にスター選手で、バイクやアパレルなど様々なスポンサーがついていたので、「自分たちのチームにスター選手を巻き込んでしまっていいのだろうか」という話になりました。でもアキが「仲が良いんだから、それでいいんじゃない?」と話してくれて、まずはこのメンバーを創業メンバーとして固めてブランドスタートを切りました。

でもそれ以降もやはり仲間はどんどん増えていって、現在のNOBやTamaoのような弟分や下の世代も加わり、クルーとして「Fourthirty」は多岐のジャンルにわたって大きく活動していく形になっていきましたね。

430創業メンバーの写真

次回の第2弾では、30年間の中での印象的なエピソードなど、これまでの30年を振り返ります。

回のインタビューはPodcast「SESSIONS Presented by FINEPLAY」でも!

FINEPLAYがスタートした新音声メディア「SESSIONS Presented by FINEPLAY」にて今回のインタビューもお聴きできます。リンクはこちら
https://open.spotify.com/episode/0aQT1d9E5zN8zLq06ncSCU

上原洋プロフィール

元プロBMXライダー。現在はアパレルを中心に、BMX、関連商品を販売する430 co.,Ltd の代表。2021年の東京オリンピック組織委員会でBMXの技術マネージャーを担当。またUCI BMX FREESTYLE 国際大会審査員も務める。2010年に原宿キャットストリートに430のヘッドショップであるDECADE TOKYOをオープンさせ、2024年に同じキャットストリートにDECADE TOKYOがリニューアルオープンした。

「みどりな夜 2026 – 430 30th ANNIVERSARY」 イベント概要

430 30th ANNIVERSARY “みどりな夜 2026”
今回は430の30周年も重なる、特別な一夜。

クラブエイジアのフロアをフルに使い、BMX、LIVE、DJが交差するお祭り的な一夜。
“みどりな夜”名物、BMXフラットランドのジャムセッションも開催。
クラブという異空間で繰り広げられるライディングは、ここでしか見れない景色です。

今回集まってくれたのは、これまで430と共にシーンを作ってきた仲間たち。
長年ステージを共にしてきた太華くん、岡山の繋がりも深いレゲエアーティストJ-REXXX、
ミクスチャーバンドのGAS MARIA、大分からはケンチンミン、金沢からはVUE DU MONDE、そしてさすがのパフォーマンスで魅せるK&K。それぞれのスタイルで、この夜を彩ってくれます。

DJ陣も特別なラインナップ。長年共にイベントを作ってきたDJ BAKU、高校時代からの仲間であるホームメイド家族のDJ U-ICHI、みどりな夜を支え続けてきたDJ DAI-5、DJ TOYODA。岡山からはDJ ZEEK、名古屋からはコースケ。現場を共にしてきたDJ PONY。田中光太郎の平成チューンもあります。そして新たな出会いから参加するDJ TIMESLIP GOなど、それぞれのバックグラウンドが混ざり合う一夜になります。

さらにスペシャルゲストも控えていますが、こちらは当日までのお楽しみ。
30周年を祝うために集まってくれた、本当に大切な仲間たちです。
このメンバーで迎えられることに感謝。当日が楽しみです。

— Text by Hiroshi Uehara/上原洋

DATE:5.2 (Sat) 23:00 START
TICKET:ADV ¥3000 / DOOR ¥4000(430枚に達すると終了します )
**チケットはDECADE TOKYO & ONLINEにて販売中です。記事最下部のリンクより購入できます。
VENUE:CLUB ASIA(渋谷)東京都渋谷区円山町1-8
STARRING:
430 BMX LIVE SESSION
J-REXXX,太華,GAS MARIA,KEN TIN MIN,VUE DU MONDE,K&K,DJ BAKU,
DJ U-ICHI.,DJ DAI-5,DJ TOYODA,DJ TIME SLIPPER GO,DJ ZEEK
DJ PONY,DJ KOTARO TANAKA
…and more

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