スキーヤーに支配され7回目のオリンピックを数えるスノーボード競技の行方 Vol.3

2022.03.02
text by Daisuke Nogami / Photo by Clive Rose/Getty Images

東京五輪からスケートボードがオリンピックの正式種目として採用されたわけだが、IOC(国際オリンピック委員会)はその運営権を承認団体であるFIRS(国際ローラースポーツ連盟)に託した。FIRSはローラースケートやインラインスケートなどローラースポーツの国際競技連盟であり、スケートボードは専門外。スケートボードの国際統括団体はISF(国際スケートボード連盟)であり、オリンピック種目としての採用をIOCに対して働きかけていたにもかかわらず、こうした判断が下された。

しかし、ISF会長のゲイリー・リーム氏らの尽力により、オリンピック競技におけるスケートボードの運営団体はFIRSに正式決定したが、以外の国際大会はこれまでどおりISFが行うという権利を死守した。当初、FIRSはスケートボードの世界大会の主催や運営までを目論んでいたというのだから、どこかで聞いたことのある話である。加えて、オリンピック競技の構成やジャッジ、コースデザインはISFが担当することにとりまとめたのだ。

その後、FIRSは東京五輪に向けてISFと統合し、名称をWORLD SKATEに変更。リーム氏はWORLD SKATEのスケートボード委員会委員長に就任した。だからこそスケートボードの文化価値を重んじたうえで東京五輪が開催され、大成功のうちに幕を下ろしたのだ。この成功の裏側には、スノーボードと同じ轍を踏まないという教訓があったからにほかならない。

1998年の長野五輪からスノーボード競技が正式種目として採用される際、IOCはISF(国際スノーボード連盟。2002年に解散)ではなく、FIS(国際スキー連盟)にそのハンドリングを一任。スノーボードとオリンピックの“ねじれ”はここから始まった。

前々回のコラム「 スノーボードで”競う”のではなく”表現”することに価値を見出した伝説の男 | FINEPLAY 」でクレイグ・ケリーのバトンを受け継いだテリエ・ハーカンセンについて紹介した。彼はISF主催の世界選手権と「US OPEN」でそれぞれ3回のタイトルを獲得するなど、90年代のハーフパイプシーンで圧倒的な強さを誇っていた。しかし、長野五輪からハーフパイプが正式種目として採用されたにもかかわらず、テリエはオリンピックをボイコットしたのだ。

それは、スキーヤーに支配されたことに対するスノーボーダーとしての憤りという単純な問題ではなかった。話は80年代にさかのぼるが、スキーヤーやスキー場の運営サイドは、サーフィンやスケートボードをバックグラウンドに持つ自由な遊びであるスノーボードを真っ向から否定し、受け入れなかった。けれど、若者のカルチャーとして一気に浸透してスノーボード人口が爆発的に膨れ上がると、ビジネスとして受け入れざるを得なくなったというわけだ。

それと同じように、FISはスノーボードが五輪種目に採用されることに反対の立場だったのだが、IOCからその運営権を受け渡されると手のひらを返したかのように、代表選考の大会をFIS主催に限るなど、ライダーたちの囲い込みを始めた。そうした手法にテリエは中指を立てたのである。

さらにテリエは、スノーボードにおいてオリンピックは世界最高峰の大会にはなり得ないという持論を展開していた。山と雪を必要とするスポーツである以上、選手の実力に地域差はつきまとってしまうもの。しかし、参加国には最大で4つの出場枠しか与えられない。日本やスイスはハーフパイプが強く、アメリカやカナダはスロープスタイル&ビッグエアに秀でたライダーが多いなど、各国の環境によって偏りがある。よって、トップクラスのライダーが出揃わない大会が、なぜ世界一決定戦なのか?という見解だ。

スノーボード・ハーフパイプ競技のオリンピックデビューは端から、“世界2位決定戦”という図式だった。オリンピックに出場するライダーたちからは、テリエ不在の大会での勝利ほどむなしいものはないと言った声がもれていたようだ。

長野五輪を経て、2002年のソルトレイクシティ五輪と続き、前述したストーリーは少しずつ風化していった。そして、2006年のトリノ五輪でスーパースターが出現したことで、オリンピックはスノーボーダーたちが目指すべき最高峰の大会と化すことになる。当時7歳だった平野歩夢は金メダルを獲得したショーン・ホワイトに憧れを抱き、この舞台を目指したという事実がそのことを裏づけている。

そのショーンは、続くバンクーバー五輪でも金メダルを獲得し連覇を果たすのだが、この大会のテレビ視聴率がよかったことを受けて、IOCは次なる手段に出る。2014年のソチ五輪からスロープスタイルを、2018年の平昌五輪からビッグエアを正式種目に加えたのだ。

FISは2011年より半ば強引にスロープスタイルの大会運営を開始。FIS主催のスロープスタイル競技に出場経験のある外国人ライダーたちの当時の言葉が印象的なので紹介したい。「高いレベルのコース設定を求めているのだろうが、根本的な部分が欠落しているため危険な設計」「オリンピックを目指す大会のコースがアベレージ以下の状態は、タイガー・ウッズがパターゴルフでマスターズの予選をやっているようなもの」など、辛辣な意見が多数を占めていた。

事実、2014年のソチ五輪ではスロープスタイルのコースが危険すぎると話題を集めることに。転倒者が続出し、世界最高峰の舞台とはほど遠い印象を世間に与えてしまった。スロープスタイルとハーフパイプの2冠を目論んだショーンはコースの危険性を訴えてスロープスタイルを棄権。メダル候補のひとりだったトースタイン・ホーグモは公式練習中に負傷してしまい、欠場を余儀なくされた。

このようなトライ&エラーを繰り返しながら、平昌五輪からはスロープスタイルも含めてコース設計も改善され、スノーボーダーの世代交代とともにオリンピックに対するわだかまりは薄れていく。現在開催されている北京五輪では、スロープスタイルではクワッドコーク1800が飛び出し、ハーフパイプではトリプルコーク1440が炸裂するハイレベルな戦いの舞台となっている。

紆余曲折を経て、7回目のオリンピックを迎えたスノーボード競技。前回のコラム「スケーターが雪上に進出して誕生したフリースタイルスノーボーディングが世界中を席巻」で述べたように、スケートボードの文化価値が雪上に置き換えられ発展を遂げたフリースタイルスノーボーディングでありながら、東京五輪で見たスケーターたちの自由を重んじる文化価値は失ってしまったように感じていた。

しかし、北京五輪女子スロープスタイル決勝でのヒトコマ。最終走者のゾーイ・サドウスキー・シノットのラストランで逆転を喫したジュリア・マリノが、それを確信した瞬間にゾーイに駆け寄って彼女の素晴らしいランを笑顔で称えていたのだ。ニュージーランド勢にとって初の冬季オリンピック金メダルをもたらしたゾーイ。それに敗れたスノーボードの本場・アメリカに出自を持つジュリア。メダルの色ばかりにとらわれるのではなく、国境を越えて互いを認め合い、クールなライディングを称賛する。まさに横乗りの文化価値がそこにあった。

女子ビッグエア決勝のラストランで岩渕麗楽が世界初の大技、フロントサイド・トリプルアンダーフリップ1260に挑戦したときもそうだ。惜しくも転倒してしまったが、ファイナリスト全員が彼女の実力と勇気を称えていた。

テリエのボイコットに始まった4年に一度のスポーツの祭典、オリンピックの一旦を担うスノーボード競技は、連盟の利権争いによりこれまで多くの人々が翻弄されてしまった。しかし、脈々と受け継がれるフリースタイルマインドを持ったライダーたちがいるかぎり、スノーボード競技はよき方向へと発展していく。そう信じている。

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