「OPPAI」「PAFU PAFU」「OINARISUN」「SKE BASE」・・・。
神奈川県茅ヶ崎市のサーフボードメーカー「610base」のカタログには、飴玉のような見た目をした、いかがわしいネーミングのボードがずらりと並ぶ。住宅街の小さな工房でボード作りを手がけるのは、“610-chang”こと武藤秀行。現役のプロミュージシャンであり、湘南で「変態ボードビルダー」と称されるサーフスケーターだ。FINEPLAYでは、610SURF BOARDS専属ライダー萩原周を後半に交え、豪華インタビューを敢行。その知られざる半生に迫った。
インタビュー前に

–本日はよろしくお願いします。
武藤:よろしく・・・(カメラマンに向かって)あれ? 久しぶり!
カメラマン:お久しぶりです。
–どうかしましたか?
武藤:ずっと前に、この子がスケートパークでマナー違反したのを見かけてさ。それを俺が叱ったんだ。

–そんなことがあったんですね。
武藤:そうしたら去年、知り合いの結婚式に参加したときに再会して。浜辺で集合写真を撮る際に、この子がカメラマンとして出てきて、思わず笑っちゃった。「あぁっ!アイツあのときの!」って(笑)
カメラマン:その節はお世話になりました!
武藤:嫌われてると思ってたから、今日は撮影しに来てくれて嬉しいよ。ありがとう!
茅ヶ崎のサーフコミュニティーで育つ

–では、改めてお聞きします。610-changのサーフィンのバックグラウンドを教えてください。
武藤:サーフィンに出会ったのは、13歳(中学2年生)のとき。友達の兄貴がサーフィンをしていて、それを見に茅ヶ崎の海へ出かけていったのがきっかけだね。家が海に近かったから、すぐにのめり込んだんだ。近所のサーフショップで中古のボードとウエットスーツを買って、海に行くようになった。ちなみに、スケートも同じ頃に始めたよ。
–どんな子どもでしたか?
武藤:いたずらっ子だったかな。昔、茅ヶ崎のビーチに置いてある地引網船の横に、ガスボンベがあってさ。夜にビーチまで出ていって、それを勝手に使って、鍋焼きうどんを作って食べてた。サーフボードも持っていってたな。

–夜だと、サーフィンはできませんよね。
武藤:それはもう、ビーチで一泊だよ。
–砂浜で寝ていたんですか?
武藤:うん。屋根もないところで、そのまま寝てた。で、翌朝に海でサーフィンしてから、学校へ行く。
–驚きの生活ですね。
武藤:今じゃ考えられないよね。

–ところで今の10代、20代のサーファーは、親もサーファーということが少なくありませんよね。610-changの家はどうでしたか?
武藤:今も湘南に住んでいるけど、親はサーファーじゃない。兄弟もサーフィンしないね。
–そうなんですね。
武藤:でも、サーフィンする環境は整ってた。茅ヶ崎には地域で子どもたちを育てようとする文化が昔からあって、俺もよく、親世代のサーフコミュニティーに出入りしてた。俺がシェイパーになれたのも、そこでの出会いのおかげ。

–シェイパーとしての原点ですね。
武藤:そうそう。でも、そんなこと言うとコミュニケーション能力が高そうに聞こえるかもしれないけど、本当は俺、人見知りなんだよね。
–それは意外でした。
武藤:家族や友達といる時間はもちろん大事。だけど、シェイプルーム(サーフボードの工場)にいて一人で仕事している時間も必要だし、好きなんだ。そういうときにアイデアが生まれるしね。
人気絶頂のバンド時代

–音楽を始めたのはいつからですか?
武藤:それもサーフィンやスケートと同じく、中学の頃から。最初は従兄弟のギターを借りて遊んでた程度だったけれど、そのうち学校の友達といっしょにコピーバンドを組んで、ライブを開催するようになった。舞台は近所の公民館で、お客さんは10人くらいだったけど。
–どんなバンドをコピーしていたんですか?
武藤:X JAPAN。
–X JAPANですか。
武藤:うん。X JAPAN。公民館で「紅だーッ」ってシャウトしてた(笑)

–では、本格的に音楽の道に進んだのはいつからですか?
武藤:高校卒業後、19歳から。地元の仲間と「No End Why」っていう4人編成のパンクバンドを組んだんだよね。その頃はパンクブームだったこともあって、ファーストアルバムのセールスが、4万枚になった。
–それはすごい!
武藤:で、そのお金で音楽機材や車を買って、日本全国ツアー。バンドメンバーは全員サーファーだったから、ツアー先で波乗りもしてた。
–自然な流れですね。どのようなイベントに出演されていたんですか?
武藤:俺らはサーファーバンドとして売ってたから、パンクロック系のイベント意外にもサーフィンのイベントに出演させてもらってたよ。
「THE SURFERS」と対バンしたり、Dragon、VOLCOMといったサーフブランドのイベントに顔を出したり。
(THE SURFERS:レジェンドサーファーのケリー・スレーター、ロブ・マチャド、ピーター・キングにより1998年に結成された音楽バンド)
–しかし、人気絶頂の中で突然、解散されてますよね。
武藤:理由は、よくある方向性の違いってやつ。でも恐いのは、その1週間後に全国ツアーが控えてたこと。飛ぶ鳥を落とす勢いが一転して、自分が落ちることになった(笑) それが27歳の頃だね。
「波と音と風の旅」に

–バンドを辞めてからは、何をしていたんですか?
武藤:地元のサーフィン仲間から、旅に誘ってもらったんだ。それが「波と音と風の旅」。
–どのような旅ですか?
武藤:秋冬と夏に1ヶ月ずつ、サーフスケートしながら全国各地をめぐる旅。行く先々で初めましての人とサーフィンしたり、スケートしたり、歌をレコーディングしたり、酒を飲んだり。その思い出を、エッセイにしてた。
秋冬は北海道からスタートして、ひたすら南下。夏は近畿や九州方面を周って、どちらも最後は湘南に帰ってくる。行き当たりばったりだったけれど、その分、思わぬ出会いがあって刺激的な旅だったよ。

–素敵ですね。ところで、レコーディングやエッセイとありましたが、旅の様子をどこかで発信していたんでしょうか。
武藤:雑誌「SURFING WORLD」に特集を組んでもらって、写真といっしょに掲載してたんだよね。道中でセッションしてできた音楽は、CDに録音して雑誌の付録にした。
秋冬はマイナーコードが多めな落ち着いた曲で、夏はアップテンポの曲がぎっしり。酔っ払ってベロベロの状態で録音した曲もあった(笑)

–とても楽しそうです。バンド時代とモチベーションに変化はありましたか?
武藤:何も変わらなかったね。伝えていた言葉や音楽が、バンド活動から雑誌という媒体に移っただけだから。ただ、「波と音と風の旅」では、音楽とサーフィンを通していろんな出会いがあった。そういう意味でのモチベーションは上がったかもね。

–資金はどこからかサポートされていたんですか?
武藤:協賛してくれる会社を集めたよ。ファミリーマート、SUBWAY、ノースフェイス・・・。あと吉野家からは、丼のチケットをもらった。
–牛丼を食べられるチケット、いいですね。
武藤:いや、なぜか豚丼だった(笑) でも、すごくありがたかったよ!
–旅をして、得られたものは何ですか。
武藤:この旅のおかげで、全国にサーファーの繋がりができた。あの頃できた友達は、今でも仲良いよ。
30歳手前でボード作りを始めた

–「波と音と風の旅」を終えてからは、どうしていたんですか?
武藤:CAVE surfboardsの矢貫直博さんに出会って、サーフボード作りを始めた。当時住んでいた家の近くに、矢貫さんのボード工場があってさ。興味本位でボード作りを見学しにいったら、たちまち魅了されちゃったんだ。それが29歳の頃。

–どんなところに魅力を感じましたか。
武藤:人間性や独創性はもちろんだけど、技術力だね。矢貫さんは、いわゆる「シェイプ」っていうボードの輪郭を削っていく仕事だけじゃなくて、「サンディング(磨き)」や「グラッシング(樹脂付け)」といったボード作りの工程を、全て一人でこなす「ボードビルダー」。
理想のボード作りを目指して、道具すら自分で作っていく。そんな矢貫さんの姿勢を間近で見て、「この人に教えてもらいたい」って思った。

–強く影響を受けているんですね。ボードに変わった名前を付けているのも、そのせいですか?
武藤:そうだね。というより、矢貫さんは「名前を付けたくない」って言ってた。「削ってるボードが毎度違うから、モデル名を付けても意味がないんだ」って。
ただ、俺はカタログを作りたかったから、どうしても名前をつけなきゃいけなかった。だからあまり考えずに、頭にパッと浮かんだ言葉を付けていったんだ。「OPPAI」とか「PAFU PAFU」とか。

–なるほど。合点がいきました。
武藤:電話で注文してくる人は、戸惑ってるけどね。「お、オッパイ、できますか?」って(笑)
–誤解されそうですね(笑) でも名前はともかく、ボードの色が綺麗で素敵だと思います。
武藤:個人的に、クリアーなボードより色彩豊かなボードの方が好きだから、力が入るよね。

–ハンドクラフトの610-changですが、マシンシェイプについて思うところはありますか?
武藤:肯定的だよ。マシンシェイプの板にもすごく興味を持ってる。ただ、ハンドクラフトのボードはこれから希少になってくるだろうから、手で作る技術も大切にしていきたいね。

–ということは、これから競技用のボードを作る予定が?
武藤:あるよ。俺の息子たちや、近所の子どもたちが成長するにつれて、コンペ用のボードが必要になってくるだろうから、そこで削っていきたいね。あと周にも乗ってもらいたい。いっしょにスキルを伸ばしていけたら最高だね。
厳格な父に育てられた幼少期

–ここからは「610SURF BOARDS」ライダーの萩原周くんに、610-changに出会うまでの話をお聞きします。よろしくお願いします。
萩原:はい。お願いします。
–周くんは、茅ヶ崎市の生まれですよね。いくつからサーフィンを始めたんですか?
萩原:4歳です。サーファーの父から手ほどきを受けて、姉弟でやっていました。

–小学2年生のとき、家族で宮崎県に移住していますよね。
萩原:はい。父の判断で移住しました。宮崎は波がいいから、サーフィンを上達させるには、うってつけだったんだと思います。ある日突然、「宮崎に行くぞ!」って言われて。旅行だと思っていたら、移住だった(笑)

–その頃からプロサーファーを目指していたんですか?
萩原:僕はまだ小さかったから、ただ楽しくてサーフィンをしていたけど、父はプロにさせたいと考えていたと思います。車で海まで連れて行ってもらって、毎日、特訓してました。
–お父さんは厳しかったですか?
萩原:厳しかったですね。よく海から浜に呼び戻されて、叱られていました。サーフィン中、僕らがいる沖には声が届きにくいので、父は“旗信号”を使うんですよ。黄色いタオルが車の窓にかかっていると「海から上がれ」っていう合図なんです。それを見て半べそになってましたね。「こんどはどこが悪かったんだろう」って。

–その特訓の日々を経て、プロサーファーになったのですね。
萩原:そうですね。プロになったのは16歳。積年の努力が実って念願のプロになったわけですから、感慨深かったです。「これで飯を食っていくのか」とぼんやり思っていましたね。父もすごく喜んでくれました。

—素晴らしいです。ちなみに、同世代で意識していたサーファーはいましたか?
萩原:大橋海人や松岡慧斗です。今も二人のライディングを間近で見て、刺激をもらってます。昔から二人とも、コンペティションでガンガン勝っていて勢いがあったし、カッコイイ動画を残してましたからね。負けられないなって思ってました。
無気力になり、全てを投げ出した

–しかし、順風満帆に見えたプロ活動を20歳で突然、停止しましたよね。
萩原:サーフィンを一度やめました。まさにドロップアウト。何もかも嫌になって。その頃はスポンサーや親からの期待が大きくなりすぎていて、重荷になっていた部分がありました。
大会で勝つのは自分のためか、それともスポンサーのためか、はたまた親のためか・・・。そんなことをぐるぐる考えているうちに、楽しいはずのサーフィンが、いつの間にか嫌悪の対象になっていったんです。
武藤:俺とは真逆の環境だね。

–610-changは誰からも強制されず、自発的にサーフィンをやっていたんですよね。この違いってなんでしょう?
武藤:世代じゃないかな。俺の親の世代は、子供のやることに口を出す人が少なかった。現に、親が俺のサーフィンを見にきたことなんか一度もないし。
スパルタな親が増えたのは、2世サーファーが出てきてからじゃない? 自分がサーフィンやってると、子供に口を出したくなるんだよ。
萩原:そうかもしれませんね。

–なるほど。では、そこからずっとサーフィンの世界から遠ざかっていたんですか。
萩原:はい。サーフィンは全くしていませんでした。仕事も続かなくて、転々として。「自分、何やってんだろ」とは常々思っていたけど、他にやりたいこともなかったんです。
–どこか惰性で人生を過ごしていたと。再開されたのはなぜですか?
萩原:ある日、気晴らしに近所の海に入ってみたんです。久しぶりにサーフィンをしていたら、心がほぐされていくような感覚になって。それから少しずつできるようになりました。

–復活できて、本当によかったです。その後はどうでしたか。
萩原:身体が海に入りだしたら、自然と頭でもサーフィンのことを考えるようになりました。2019年には、千葉のJPSAプロトライアルに出場して、そのときに慧斗や海人たちに再会したんです。二人に「湘南来てみたら?」と提案されて、移住することを決めました。

–波がいい宮崎ではなく、あえて湘南を選んだのですね。
萩原:はい。たしかに宮崎は波がいいです。でも、湘南エリアは同世代で活躍しているサーファーがたくさんいて、刺激をもらえる。宮崎のスローライフも悪くないけど、今の俺には刺激が必要じゃないかと感じたんです。
湘南はもともと、ホームですからね。とはいっても家がないので、しばらくは海人の実家に居候させてもらってました。
武藤:え、大橋家で暮らしてたの!それ初耳!アツイ(笑)
スポンサー契約のため、610-changに会いに行ったが・・・

–それでは、610-changに出会ったときのことも教えてください。
萩原:初めて会ったのは、昨年。僕が29歳のとき。慧斗がボードスポンサーを紹介してくれるって言って、610-changに引き合わせてくれたんです。
–いい話ですね。では、周くんはすぐチームライダーに?
武藤:それがさ、慧斗から話を持ちかけられたときに俺、すごく酔っ払ってて。一切、そのくだりを覚えてなかったんだよね。

–それは、何というか、ビックリですね・・・。
武藤:慧斗から「改めて周を紹介したいから、家に連れていきます」って後日言われて。「あれ、何か約束したっけ・・・?」ってずっと考えてた(笑)
萩原:家に行ったら「じつはさ、覚えてないんだよね」って申し訳なさそうに言われました。「あ、全然、大丈夫です!はじめまして!」と返したけれど、心の中では「えーっ!マジかよ」って叫んでました(笑)
武藤:「何このおじさん?!」って思った?
萩原:・・・思いました。
一同:(爆笑)

–実際に周くんと話してみて、どう感じましたか?
武藤:ライダーになってもらいたいって思った。だから、スポンサーの話もふたつ返事でOKしたよ。酔っ払ってても、俺の目に狂いはなかった。
–なるほど。ではシェイパーから見て、周くんの魅力はどういった所にありますか。
武藤:ひとつはサーフィンスタイル。フローで、かつメリハリのある周のサーフィンは、見てて飽きがこないんだよね。ブランクを感じさせない。うちのボードに乗ってもらいたいって思わされたね。
つぎに、性格のよさ。サーフィンは以前から知ってたものの、周と言葉を交わしたことがなかったから、俺はそこが心配だった。だけど、周は穏やかでしょ。実際に話をしてみて、フィーリングが合うとわかったから、そこが決め手になった。

シェイパーとライダーの関係って、信頼とコミュニケーションで成り立っていくんだ。ボードの乗り味とか、改善点をライダーからフィードバックしてもらうことで、シェイパーはよりよいのボードをライダーに作ってあげられる。だから、そこは外せなかったね。
萩原:ありがとうございます。
–周くんは、610-changのボードに乗って変わったことはありますか?
萩原:サーフィンの楽しみ方が格段に広がりました。クアッドのフィッシュテールだったり、細身のコンテストボードだったり、610SURF BOARDSの板はいろんな波を想定して作られているので、いつも新鮮な気持ちでサーフィンできます。
今後は610-changのボードで、もっとビッグウェーブにチャレンジしたい。そして、みんなが驚くようなチューブをメイクしていきたいですね。
若い世代に伝えたいこと

–最後になりますが、サーファーとしてさまざまな経験を積んできたお二人から、若い世代に伝えていきたいことはなんですか?
萩原:助けを必要としていたら、声をあげてほしいですね。僕がそうして周りに助けられてきたから。できる範囲で、若い世代をサポートしていきたいです。
武藤:友達とサーフィンする時間は超大事。だけど、「ずっと同じところに固まってサーフィンしててもつまんねーぞ」ってことを伝えたいかな。あとは、周りに乗れてない子がいたら、波を譲るくらいのシェア精神を学んでほしい。

–610-changから周くんにかけたい言葉はありますか?
武藤:かけたい言葉・・・。ないね。俺はシェイパーだから、周が乗る波に合うボードを削るだけ。言葉じゃなくて、行動で示していくよ。
萩原:これからもよろしくお願いします。
武藤:こちらこそ、よろしく!
武藤秀行プロフィール

1976年1月30日生まれの湘南ロコサーファー。
2011年に地元茅ヶ崎でサーフボードブランド「610SURF BOARDS」を立ち上げる。ボードビルダーとしての活動のかたわら、2016年に1stソロアルバム”人生のline”をリリースした。2018年にはサーフショップ「Sunny line」を新規オープンし、音楽とサーフスケートで湘南地域を盛り上げている。現在、5人家族の大黒柱。
萩原周プロフィール

1990年11月5日生まれ。湘南・茅ヶ崎在住のスタイルサーファー。
幼少の頃に湘南から宮崎へ移住し、弱冠16歳でJPSA(日本プロサーフィン連盟)からプロデビュー。2006年 KUSTOM PRESENTS HYUGA PRO JUNIOR 優勝、KASTOM PRESENTS BILLABONG WJC JAPAN TRIAL 優勝などの戦績を残す。人生を見つめ直すため一度はサーフィンから離れるも、近年、「610SURF BOARDS」の専属ライダーとして復活を遂げた。
text by : 佐藤稜馬
photo by : Kazuki Murata
SPECIAL EDITION
FINEPLAYはアクションスポーツ・ストリートカルチャーに特化した総合ニュースメディアです。2013年9月より運営を開始し、世界中のサーフィン、ダンス、ウェイクボード、スケートボード、スノーボード、クライミング、パルクール、フリースタイルなどストリート・アクションスポーツを中心としたアスリート・プロダクト・イベント・カルチャー情報を提供しています。
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●今日 ○イベント開催日
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others日本人だから強い、を証明しにいく。 TATSUYA / SOME≡LINEZインタビュー2026.07.12津軽三味線、ヒューマンビートボックス、ストリートダンス——一見まったく異なる3つのジャンルを掛け合わせたパフォーマンスチーム「SOME≡LINEZ(サムライン)」が、結成からわずか2年半で世界の注目を集めている。ニューヨークのHip-Hop Museum(THHM)にコンテンツが寄贈され、日本国内では演歌の大舞台でのコラボレーションも記憶に新しい。TikTokでは半年でフォロワー10万人を突破し、現在のSNS総フォロワー数は90万人を超え、その勢いは止まらない。 しかしその台頭は、決して偶然ではない。そこには周到な戦略と、20年を超えるキャリアが生み出した深い哲学がある。チームの中核を担うビートボックスプレイヤー・TATSUYAに、結成の経緯から「和」という武器の可能性、そして次世代へのメッセージまで、余すことなく語ってもらった。 TATSUYA(以下:T) 「何か残さなきゃいけない」という衝動が、SOME≡LINEZの原点にある。 ―まずはSOME≡LINEZについて教えてください。どのようなチームで、どのようにして結成に至ったのでしょうか。 T:津軽三味線とヒューマンビートボックス、そしてストリートダンスの3つのジャンルを掛け合わせた、唯一無二のスタイルで活動しているパフォーマーチームです。僕目線で言うと、ビートボックスをずっと20年ほど続けてきて、いろんな世界に挑戦してきたんですけど、「日本人として生まれ育ったルーツや自分自身のアイデンティティをいかに表現に取り込むか」で評価されるんだなっていう感覚がずっとあって。そこが出発点になっています。 T:今から11年前、僕が30歳のときに、津軽三味線の柴田雅人と共通の知り合いを通して知り合いました。一緒に演奏する前からすごくフィーリングが合っている感じがして。音を出し合いながらお互いのすごさを感じる関係になって行きました。 そこから2人でちょくちょく活動していましたが、コロナで演奏する場所が一気に失われてしまって。その時に、ダンサーのFLAVAという僕の後輩がいて、「新しいことを始めたいんですけど、一緒にできませんか」って相談してきたんです。じゃあ三味線の柴田も巻き込んで3人でやろうかってなったのが、SOME≡LINEZの結成のきっかけです。今から2年半ぐらい前ですね。 左から柴田雅人、TATSUYA、FLAVA ―TATSUYAさん個人として、なぜそこまでビートボックスや表現活動に情熱を注いでこられたのか、そのルーツを聞かせていただけますか。 T:高校生ぐらいのとき、自分が死ぬ夢を見たんですよ。それがめちゃくちゃ怖くて、学校に行けなくなるんじゃないかくらいまで精神的に追い込まれた時期がありました。自分なりになぜこう感じるのか分析していたときに、死ぬこと自体は意外とあっさり受け入れられました。ですが100年後に自分のことを覚えてくれてる人が世の中にいなくなった時に、自分の存在証明みたいなものはどこにあるんだろうなと思って。それが失われることがすごく怖くなったんですよね。 だから「何か残さなきゃいけない」っていう衝動に駆られました。映画監督になって作品を残すとか、アパレルブランドを作るとか、いろいろ探したんですけど見つからなくて。デザインの専門学校に入った20歳のときに、たまたまビートボックスに出会ったんです。当時、全国でまだ30人ぐらいしかやってなかったですね。 「これは今からならワンチャン有名になれるかも」と思って、音楽経験ゼロで始めたのがきっかけです。そこから24歳の時に世界大会に出て、帰国してすぐに一般社団法人・日本ヒューマンビートボックス協会を設立して、「ジャパンビートボックスチャンピオンシップ」という全国大会を主催するようになっていきました。そういう積み重ねが今に繋がっています。 ―「SOME≡LINEZ」という名前には、どんな意味が込められているんですか? T:「いくつかのライン」という意味で、それぞれ違う道で極めた3人が一つになるっていう意味でつけました。しかも真ん中に3本線の記号があるんですけど、あれは数学で「合同」を表す記号なんですよ。いくつかのラインを合わせた時に、自分たちにしかできない一つの表現があるっていう意味も込めていて。それともちろん、「サムライ」ともかけています(笑)。 ―TikTokでは半年でフォロワー10万人を突破したとのことですが、この反響についてはどのように感じていましたか? T:正直、プレッシャーはあまりなかったです。TikTokとInstagramの2つから同時にスタートしたのですが、どちらかが10万フォロワーを超えるまでは個人のアカウントで活動しているとは言わないって方向で進めていて。 目標値は10万だったので、「せめて10万はいかないと」という感覚でしたけど、プレッシャーというよりは「もっと早くもっと多く行くだろう」っていう期待値の方が高かったです。SOME≡LINEZというチームへの自信はかなりありましたね。 ―当初、メンバーが誰なのかを公表せずに活動されていたんですよね。そこにはどういった意図があったんでしょうか。 T:半分はかなり実験的な挑戦な部分があって、半分は計画的というところがあります。僕らが今まで各ジャンルで積み上げてきたスキルや実績、例えばヒューマンビートボックスのTATSUYAっていうだけで評価されてしまうような部分も一度フラットにして、3人の技術や見せ方、表現方法だけでどれぐらい世間に評価されるのかを見てみたいよねという部分。もう一つは、これで伸びなかったら恥ずかしいよねっていうのも、正直ありました(笑)。 ―業界内では、音を聞けばすぐ誰かわかるものなんですよね。 T:そうなんですよ。ビートボックスのシーンは狭いので、聴けばわかる人にはすぐわかったみたいで。公表してから「やっぱりお前がやってたんか!」となったりとか(笑)。でも大々的に表明するのは10万人フォロワーを超えてからにしようと決めていたので、それまではひたすら実力だけで評価してもらえたのかなという感じはありますね。 3人が追求する、かっこよさと分かりやすさの「極限のバランス」。 ―グループ内では明確にリーダーを決めていないというのも特徴的ですが、それはなぜですか? T:それぞれが、いろんな側面でリーダーシップを発揮する部分があって。演歌や和楽器業界のフィールドに関しては柴田雅人が動いたり、SNSの発信ではFLAVAが動いたり、その他の業務は僕が請け負ったりと、バランスがあるんですよね。あえてリーダーを決めずに、3人がSOME≡LINEZのために、っていう共通認識で同等のポジションでいることを大事にしています。 あとはそれぞれのカルチャーにリスペクトをもって優劣をつけないという側面もあります。 ―異なるバックグラウンドを持つメンバー同士で、チームとしてのマインドをどうやって統一していったのでしょうか。 T:正直、マインドを「統一する」っていう作業はほとんどしていないんですよ。それぞれが自分のジャンルで最前線に立ってきたプライドがあるから、お互いの専門分野に対するリスペクトは自然に生まれていて。むしろ「SOME≡LINEZのために」という目的が一致してるから、細かいすり合わせをしなくてもそれぞれが動ける。その関係性が心地よいんだと思います。 ―津軽三味線、ビートボックス、ストリートダンスという異なるジャンルを融合させる上で、一番意識していることは何ですか? T:常に大事にしなきゃいけないなと思ってるのが、「かっこよさ」と「分かりやすさ」のバランスですね。かっこよさに振りすぎると伝わらなくなって逆にダサくなる。でも分かりやすすぎると、今度はキャッチーになりすぎてしまう。サッカーみたいにメジャーな競技ではないので、知っている層と知らない層がいて、その両立を目指すってなるとすごく難しいラインなんですけど、そこのバランス感にはかなり気を使っています。 ―練習や制作の段階で苦労したことはありますか? T:一番大事にしなきゃいけないなと思ったのが、楽曲がオリジナルで作れるかどうかというところでした。多くのパフォーマーって有名アーティストの曲でパフォーマンスするのが基本じゃないですか。でも、音自体もオリジナルでどこまで追求できるかをパフォーマンスと融合しないと、パフォーマー業界の次がないなっていうイメージがあって。視覚的にもそうだし、音楽的にも、クオリティよりもオリジナルかどうかをすごく大事にしてます。 ―パフォーマンスや映像にはアートやデザインの要素も組み込まれています。そのあたりのこだわりを聞かせてください。 T:「余白を残すパフォーマンスをしないといけない」ってことは常に考えています。それはビートボックスをやってた時もそうなんですけど、コラボしやすい状態、誰かと何かやりやすい状態を常に保つっていうのがすごく重要で。完成されちゃうとダメなんですよ。ラッパーとコラボしたり、シンガーとコラボしたり、他のダンサーとコラボしたりと、いろんなのとコラボしやすいパッケージを常に保つっていう意識でいます。そこも含めてバランスの良い3人の編成になっていると思いますね。 ビジュアルで言うと、和をテーマにしたコスプレ的に見られることもあるとは思うんですけど、その懸念はあえて飛び込んでいるというところもあります。本質的に僕らが何をしていきたいかと言ったら、日本人であることの強みや、津軽三味線という武器を世界に知ってもらうためにどうすればいいかというのが根幹にあります。より伝えたい人たちに伝わりやすい形を取った結果が、今のスタイルなんです。 ヒップホップの聖地が認めた「和の力」。本場からの反響と、SOME≡LINEZが譲らない軸。 ―先日、ヒップホップの聖地・ニューヨークのHip-Hop Museum(THHM)とのコラボレーションが大きな話題になりました。現地での反応はどうでしたか? T:まず、ヒップホップカルチャーとして僕らが大事にしてきたアートや音楽、ファッションを新しいスタイルで発信していくという部分が、しっかり評価されたという認識がかなり強くなりましたね。 例えば、Wu-Tang ClanのMethod Manが「日本に新しいヒップホップの風が吹いている」みたいな感じで、もう7回ぐらい動画を投稿してくれていて。それに加えて、Hip-Hop Museumに僕らのコンテンツが寄贈されて飾られることになって。やってきたことがヒップホップの芯の部分に伝わったんだなっていうのが立証されて、一安心というか、めちゃくちゃ嬉しかったですね。 ―そうした海外での反響と、日本国内での反応には違いがありますか? T:日本では最初、コンサートやフェスに出させてもらう時に、なんか色物的な扱いというか、「変わったやつが出てきた」みたいな感じもあったんですよ(笑)。でも、パフォーマンスを見てもらうと結構衝撃みたいで、ファンの方が日本でも少しずつ増えているという印象があります。 直近では、MUSIC AWARDS JAPAN2026の演歌歌謡曲部門で細川たかしさんとコラボレーションさせていただいたのですが、普段のヒップホップ文脈とは違う、かなり異色な組み合わせで。今後のSOME≡LINEZの活動の中でも記憶に残るものになったと思います。 ―ライブでの反響も、また独特のものがあると聞きましたが。 T:SNS向けに作ったコンテンツでは仮面とか傘をつけているんですが、ライブだと邪魔すぎて途中で取っちゃうんですよ(笑)。僕はマスクをつけたままじゃビートボックスしづらいし。で、外した後のMCトークがめちゃくちゃ喋るんで、お客さんが「こんなに面白い人たちなんですね!」ってなって(笑)。MCも含めて評判をいただくことが増えていて、日本ならではのライブができてるなって感じています。 ―ヒップホップなどのアンダーグラウンドカルチャーから熱く支持されつつ、日本の地上波をはじめとするマスへのアプローチも視野に入れている。その中でSOME≡LINEZとして絶対に譲らない軸はありますか? T:本質的に僕らがやりたいのは、日本人であることの強みや、津軽三味線という武器を世界に知ってもらうことです。そこの軸はブラさずに行きたいですね。外国人に寄せていくのではなくて、「伝えたい人たちに伝わりやすい形を取る」というのが今のスタイルに行き着いた理由で。その軸さえブレなければ、形をいろいろ変えられると思っています。 ―日本らしさを導入することで生まれる唯一無二のオリジナリティについて、海外のプレイヤーやオーディエンスと向き合う中でこの「和の要素」が持つ破壊力や可能性をどのように感じていますか? T:最近SNSを見ると、甲冑を着たパフォーマーとか、テクノロジーを使ったものとか、いろいろ出てきてるんですけど、本質がつかめてないなっていう印象が全体的にあって。ライブとして見せられるのか、SNSの映えだけなのか。本当に海外が求める日本の姿なのか、それとも自分たちが日本だと思って見せているものなのか。そこが計算されていないことが多いなという感覚です。僕らはそこを分析し尽くしてやってますし、だからこそここまで来れていると思っています。 「カルチャーとは、社会とリンクして初めて生まれる。」SOME≡LINEZとして次世代に見せたい景色。 ―プロフィールには「パフォーマーの新たな可能性を広げる」「地域や社会と向き合い、新たな仕組み作りを目指す」とあります。具体的にはどのような活動を考えていますか? T:まず知名度をしっかり上げて、影響力をしっかり持たなきゃいけないなと思って今の活動を続けているのですが、最終的に社会に何ができるか、どんな影響を与えられるかというところにリンクしないとカルチャーだとは思えなくて。社会を切り離してかっこいいもんだけ作ってればいいっていう考えが、僕にはあんまりないです。 例えば、障害を持たれている方が僕らみたいなことを実現できる世界にしたりとか、和楽器の魅力を伝えたりとか、日本人らしさの魅力を伝えたりとか、常に何か自分たちにできるんだろうみたいなのを考えながら行動していきたいなと思っています。 ―三味線をはじめとする和楽器の文化をSOME≡LINEZを通じてどう伝え、広めていきたいですか? T:津軽三味線をはじめ、世界における和楽器の認知度はまだまだ高くない印象です。僕らも他国の民族楽器に詳しいかと聞かれたら「Yes!」とは答えられないのと同じですね(笑)。でも、僕らにもできることがあるなと思っていて。ビートボックスと一緒にやることで、津軽三味線に興味がなかった層の人たちに急に刺さるっていうのが、SOME≡LINEZの可能性の一つだと思っています。 文化を守るっていう意味でも、国籍・年齢・言語などあらゆる境界線を超えて新しくかっこいい形で伝えていく方法として、SOME≡LINEZはすごく機能すると思っています。 実はかなり緻密な計画があるんですけど、今回はまだお話できない部分もあって(笑)。でもまずは、世界中の人に「和を取り入れたパフォーマーといえばSOME≡LINEZ」と言ってもらえるぐらい、5本の指に入る知名度をつけていきたい。それがないと、実現したいことが難しくなってくるので、今はひたすら影響力をつけていきたいですね。 ―メンバーそれぞれが世界で活躍してきたバックグラウンドを持っていますが、SOME≡LINEZを通じて、次世代のプレイヤーたちにどんな景色を見せていきたいですか? T:社会とどう共存していくかみたいなのを常に模索しながら、和楽器の魅力や日本人らしさの魅力を伝えていく。そういう形のパフォーマーのあり方を見せていきたいなと思っていて。ビートボックスだって、かつては日本に30人しかいなかったのが、今は本当に広がっているじゃないですか。同じことを、今の和楽器業界でもできると思っていますし、それを実際に体現してみせることが、次の世代へのメッセージになると思っています。 ―最後に、この記事を読んでいるFINEPLAYの読者、国内外のストリートプレイヤーたちへメッセージをお願いします。 T:まずは、自分にしかできないこと、自分にしかやれないポジションを、誰よりも早く見つけてほしいなと思っています。それを続けていく上で自分の居場所にもなるし、やりがいにも繋がっていく。どんな業界でも、誰にでもそのポジションはあるはずで。大きいとか小さいとかは関係なくまずはそれを探すっていうことが、とても重要なことだと思います。 TATSUYAプロフィール Screenshot ヒューマンビートボックス日本&国際チャンピオン 20歳でBEATBOXを始め、2009年にはロンドン、ドイツ、そしてニューヨークのApolloTheaterに出演する等、世界的に活動。 ヒューマンビートボックス日本一決定戦 JapanBeatboxChampionshipではソロ、 チームを合わせて日本で唯一の4年連続優勝を果たし、 2014年フランスで行われたLA CUPにて日本人初の世界4位を獲得。2016年にはシンガポールで開催された国際大会にて日本人初の優勝を獲得。ももいろクローバーZのコンサートやディズニー・オン・クラシックにスペシャルゲストとして出演。 また世界で活動する中で、日本のBEATBOXシーンを盛り上げたいという思いを持ち、2010年6 月に一般社団法人日本ヒューマンビートボックス協会を設立。現在は福島県郡山市に株式会社tentoTenを設立し、東京、福島、静岡を中心に活動中。 SOME≡LINEZプロフィール 日本の伝統楽器「津軽三味線」ストリートカルチャーから「HUMAN BEATBOX」、「STREET DANCE」世界観を視覚的に表現する「ART & DESIGN」異なるいくつもの要素を掛け合わせた世界“唯一無二”のパフォーマンスチーム。結成約2年半でSNS総フォロワー数90万人を突破。日本の伝統と現代ストリートカルチャーが交差する、新時代のアート・エンターテインメント。
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skate日本勢が17個のメダルを奪取!小野寺吟雲の2大会連続金、長谷川瑞穂の3メダル獲得など数々の快挙をプレイバック「X Games Chiba 2026」2026.07.102026年7月4日から5日にかけて、千葉・幕張メッセで開催された「X Games Chiba 2026」。日本勢が金5、銀5、銅7の計17個のメダルを獲得と大健闘。世界トップクラスのアスリートが集う舞台で、日本人選手たちは各種目で存在感を発揮した。小野寺吟雲の2大会連続優勝、長谷川瑞穂の日本人初となる1大会3メダル、河上恵蒔の史上最年少男子金メダルなど、数々の記録と名場面が生まれた。 さらに、今年から始動したプロリーグ「X Games League (XGL)」の導入が、この熱狂をさらに加速させた。 スケートボード競技では、ストリート、パーク、バートの計3種目を実施。本記事では各種目の入賞者にフォーカスした大会レポートとしてご紹介。 男子ストリートは小野寺吟雲が2大会連続優勝。女子ストリートはクロエ・コベルが雪辱を果たす 小野寺吟雲 ©Jason Halayko / X Games 女子ストリート クロエ・コベル ©Jason Halayko / X Games 前週のサクラメント大会で銀メダルに留まった悔しさを胸に秘めたクロエ・コベル(オーストラリア / XCニューヨーク)のランは、序盤から気迫に満ちていた。しかし、ランの途中でフィールドカメラマンが進路を塞いでしまうというアクシデントが発生。再走を余儀なくされ、集中力が途切れてもおかしくない場面だったが、彼女は落ち着いていた。 レールでの「フロントサイド・ブラントスライド・ビッグスピンアウト」は、トラックがレールを捉える際のわずかなズレも許さない完璧な精度。さらにロングレールで見せた「フロントサイド・50-50グラインドtoボードスライド」など、彼女しかチョイスしていないコンボトリックが高得点の要因の1つとなった。練習で苦戦していたステップアップでの「スイッチキックフリップ」も本番では完璧にメイク。アクシデントを力に変え、唯一の90点台を叩き出した精神力は、まさに次世代の女王の風格であった。 XC東京の看板を背負う吉沢恋(XC東京)。中央のロングレールに対し、初手から得意の「バックサイド・ビッグスピン・ボードスライド」をメイクし、ジャッジと観客に強烈なインパクトを与えた。彼女の魅力は、ライディングの「カジュアルさ」だ。レールでの「フロントサイド・フィーブルグラインド」や「フロントサイド・ブラントスライド」を、危なげなく次々とメイク。終盤、得点アップのために狙った「バックサイドテールスライド・ビッグスピンアウト」を惜しくも失敗し、金メダルは逃したものの、その安定感はXC東京に貴重なポイントをもたらした。 スピード、高さ、そしてパワー。松本雪聖(XCサンパウロ)のランは、女子スケートボードの枠を押し広げる力強さを感じさせる。レールでの「キックフリップ・バックサイドリップスライド」や、ダウンレッジでの「キックフリップ・フロントサイド50-50グラインド」など、当たり前のように「フリップイン」を組み込んでくる構成は男子のトッププロでも高難易度だ。ランの前にスタンドを大きく煽り、会場のボルテージを最高潮に持っていくセルフプロデュース能力も際立っていた。今大会は惜しくも3位となったが、日本のファンを味方につけるそのスター性は、今後のXGLにおいても大きな武器となっていくだろう。 男子ストリート 小野寺吟雲 ©Jason Halayko / X Games 前週に行われたサクラメントに続く金メダルを手にした小野寺吟雲(XCニューヨーク)。2週連続で世界の頂点に立つという快挙を、この16歳は淡々と成し遂げた。解説者が「大技をこれほど失敗しないライダーは見たことがない」と評した通り、技の完成度とメイク率には目を見張るものがある。中央レッジで見せた「スイッチバックサイドヒールフリップ・ノーズスライド」、そして「キックフリップ・バックサイドテールスライド・ビッグスピンアウト」は、ボードの回転、キャッチの瞬間、アウトの着地までが一点のズレもない完璧な軌道。そして彼のランは、通過するほとんどすべてのセクションがトリックで埋め尽くされている。Rでの「バックサイドキックフリップ360」や「キャバレリアルキックフリップ」に見られる地肩の強さは、スケーターとしての分厚さの表れだ。 1本目をノーミスで終えた直後に見せた力強い雄叫びは、XCニューヨークのエースとしての凄まじい覚悟ではなかろうか。 インタビューでは「スケボーを楽しみながら自分らしく攻めることができ、結果に繋がっている。一戦一戦やることは変わらない。」と謙虚に語ったが、その裏側にある凄まじい反復練習の跡が、すべての動きから滲み出ていた。 韓国・梁山からの刺客、ジュニ・カン(韓国)は今大会でもまたその名を世界に刻みつけた。ラインのスタートに「レーザーフリップ」を選択する大胆なアプローチは、彼のスキルの高さを提示するには十分だった。 ラストトリックには、2大会連続オリンピック金メダリスト、堀米雄斗の代名詞である「ノーリー270イン・バックサイドノーズスライド270アウト(通称:ユウトルネード)」を完璧にメイクし2位フィニッシュ。会場はパニックに近い興奮と歓声に包まれた。現在フリーエージェントである彼は、来シーズンのドラフトにおいて間違いなく各チームの争奪戦の目玉となるだろう。彼の台頭は、アジアのスケートボードシーンのレベルアップを示唆している。 そして、会場から最も大きな声援を受けた一人が、白井空良(XC 東京)だ。「フェイキーフロントサイドビッグスピン・ボードスライド」や、高さを誇る「スイッチキックフリップ」など、他の選手が取り入れていないトリックを散りばめたラン構成こそが、彼の真骨頂。ミスがあっても常に笑顔を絶やさず、パーク内を縦横無尽に駆け回る姿は、コンテストを「競争」ではなく「セッション」として楽しんでいるかのようだった。今回は惜しくも銅メダルとなったが、試合後のインタビューで「会場の歓声が本当に力になった。楽しかったに尽きる。」と笑顔で語った。 女子パークはスカイ・ブラウンが長谷川瑞穂を制し金メダル!男子パークはエゴイツ・ビフエスカが躍動 スカイ・ブラウン ©Jason Halayko / X Games 女子パーク スカイ・ブラウン ©Jason Halayko / X Games 女子パークを制したのは、日本とイギリスにルーツを持つスカイ・ブラウン(XCサンパウロ)。さながらバックフリップを彷彿とさせる、特大の「フロントサイド360」をラン3本すべてでミスなく決めるという安定感が彼女の実力の表れだろう。「ハンドブラント」や「フロントサイド・マドンナ・リーントゥテール」など、一つひとつのトリックに彼女にしか出せない「華」があり、空中での姿勢の美しさは他の追随を許さない。 解説者が「女子のパークでこれほどのエアーを見られるとは」と舌を巻くほどの高さを維持しながら、全セクションを流れるように繋ぐそのランは、スケートボードが芸術であることを再認識させた。 優勝が決まった瞬間、2位の長谷川瑞穂とリスペクトを込めて抱きしめ合うシーンは、今大会屈指の感動的な場面だった。ライバルでありながら、互いの進化を認め合う。その精神性こそが、このカルチャーが守り続けてきた伝統である。 バートで金メダル獲得、バートベストトリックで銀メダル獲得の長谷川瑞穂(XC 東京) はパークでも驚異的な滑りを見せた。「トランスファー・バックサイドキックフリップ・インディエアー」や「バックサイド360バリアル」といった、高さと難易度が両立したトリックを連発。 特筆すべきは、セクション間のトランスファーの飛距離だ。男勝りのスピードとパワーでコースを最大限に活用し、XC 東京のポイント獲得に大きく貢献した。ラストトリックに持ってきたディープエンドでの「バックサイド540」をもし決め切っていれば、スカイ・ブラウンを脅かす金メダルの可能性も十分にあったが一歩届かず。しかし、彼女が見せた挑戦的な姿勢はオーディエンスの心を鷲掴みにしていたことは確かだ。 女子パークで銅メダルとなったのはフィンランド出身のヘイリ・シルビオ(XCニューヨーク)だ。「トランスファー・フロントサイドディザスタースライド」や、エクステンションでの「フロントサイドクレイルスライド」など、多種多様なRトリックを巧みに組み合わせる構成力は、将来のトップライダーとしての資質を十分に示していた。ディープエンドでの「バックサイド540」を軽々とメイクする姿には余裕すら感じられ、今後のフリップ系トリックの強化次第では、表彰台の常連になっていくことも想像に難くない。 男子パーク エゴイツ・ビフエスカ ©Jason Halayko / X Games 男子パーク種目で、栄えある金メダルを手にしたのは若干15歳の新星エゴイツ・ビフエスカ(スペイン)だ。百戦錬磨のベテランたちを抑えて1本目から首位を独走した彼の勝因は、徹底したセクション活用術にある。 中央のエクステンションを乗り越える形の「5-0グラインド」や、誰も取り入れていない「スイッチバックサイド180メロングラブ」をルーティーンに組み込んだ。ジャッジが評価する「オリジナリティ」を完全に計算に入れたライン取りは、15歳とは思えない戦術眼の高さを証明していた。1本目で高スコアをマークした後も、守りに入らず攻め続け、見事金メダルを首にかけた。 「まるでF1レースを見ているようだ」と称された圧倒的なスピードと、バートで培われたハイエアーの技術をパークに持ち込み、3〜4メートル級の特大「マックツイスト540」を連発し、銀メダルに輝いたのはトム・シャー(アメリカ合衆国 / XCロサンゼルス)だ。転ぶ気配を微塵も感じさせない安定感は「レジェンドの貫禄」そのもの。後がない3本目に集中力を研ぎ澄ませて2位に滑り込む勝負強さは、若手への高い壁として立ちはだかった。 東京五輪金メダリストのキーガン・パーマー(オーストラリア)は、持ち前のスピードに卓越した技のバリエーションを織り交ぜた。「フロントサイドキックフリップ・メロングラブエアー」や、スタイルの効いた「フロントサイド360」など、ビッグトリックを難なくメイク。さらにエクステンションでの「フロントサイドブラント」や「バックサイドノーズブラント」をアクセントとして加え、完成度の高い構成で3位フィニッシュ。23歳という若さにして、すでに絶対的な安定感を手に入れている彼から今後も目が離せない。 バート種目では長谷川瑞穂、河上恵蒔の日本人2人が快挙を達成! 河上恵蒔 ©Jason Halayko / X Games 女子バート 長谷川瑞穂 ©Jason Halayko / X Games 前週開催のサクラメントでの銀メダル。その悔しさを晴らす最高の舞台となった長谷川瑞穂(XC 東京)のバートでのランは、技術の多様性という点で群を抜いていた。 「ボディバリアル540」や「バリアルキックフリップ・インディグラブ」といった、回転とフリップを組み合わせた高難度技を次々と成功させた。バックサイド、フロントサイド、さらにはアーリーウープといったライン取りの工夫に加え、キックフリップとヒールフリップの両方をルーティーンに組み込むという「持ち技の多さ」が、ジャッジの心を掴み得点を伸ばした。 優勝後のインタビューで「憧れだった選手たちと肩を並べられて嬉しい。ライバルとして負けないように練習していきたい。」と力強く語ったその目には、すでに次なる目標を見据えているように感じた。この金メダルが、今大会の歴史的3冠(金1、銀2)という偉業の記念すべき第一歩となったのだ。 小柄な体躯からは想像もつかないような、ダイナミックで高さのある「バックサイド540」を2連発し準優勝を飾ったミア・クレッツァー(オーストラリア / XCロサンゼルス)。レジェンドスケーターのクリスチャン・ホソイのシグネチャートリック「クリストエアー」という、女子では極めて珍しいトリックを披露するなど観客と審査員の意表を突いた。後がない3本目でパーフェクトランを決め切るその集中力は、アスリートとしての高い矜持を感じさせた。 リザーバーからの出場、さらには前日の脱臼という絶望的な状況を跳ね除けた松岡樹ノが銅メダルを獲得。前半のダイナミックなエアトリックから、後半の「バックサイド360バリアル」を含むテクニカルな3連発メイクへの流れは、今大会で最もエモーショナルな瞬間の一つであった。自身の成長を証明した彼女の笑顔は、会場にいたすべての人々の心に刻まれたであろう。 男子バート 河上恵蒔 ©Jason Halayko / X Games 絶対王者ギー・クーリーの4連覇を阻み、若干11歳の河上恵蒔が世界の頂点に立った。そのライディングは、もはや「若さ」という言葉では説明がつかないほどの完成度を誇る。 特筆すべきは、高難度トリック「ボディバリアル900」だ。11歳という軽量かつしなやかな体を活かした、鋭く美しい回転軸。さらに「フェイキー720」を流れるように成功させた瞬間、スタンドのファンは総立ちとなった。絶対王者を破った11歳の少年の快挙は、アクションスポーツが持つ無限の可能性と、世代交代の冷徹なまでの現実を世界に突きつけた。夏冬を通じた最年少金メダリストの誕生は、千葉大会において最も盛り上がった瞬間の1つであった。 河上に続き、銀メダルを手にしたのはXCサンパウロ所属のギー・クーリー(ブラジル)「シンプルな540には興味がない」と言わんばかりの超次元のランを披露。「バックサイドフリップ・インディ540」や「フロントサイドヒールフリップ・インディエアー」など、息を吸うようにフリップ系を織り交ぜ、空中で2回転する「バックサイド900」も軽々と乗ってくる。敗れはしたものの、バーチカルのデフォルトを書き換えるその存在感は、今もなお唯一無二の王者であった。 そして惜しくも銅メダルとなったのは、日本が世界に誇るバーチカルの第一人者、芝田元(XC 東京) 。ファーストトリックで放ったシグネチャートリック「カミカゼ(フロントサイドインポッシブル540)」の衝撃は、今も網膜に焼き付いている。スイッチスタンスでの「カミカゼ」や、「バックサイドキックフリップ・ボディバリアル」など、彼のライディングには「オリジナリティへのこだわり」が宿っていた。XC東京にとって、彼のパフォーマンスが貴重なポイント源となったことは言うまでもない。 X Games League ランキング 今大会の結果を受け、XGL(X Games League)のランキングは激戦の様相を呈した。 ▼千葉大会終了時の各チームポイント 1位タイ XC東京[1,770pt]1位タイ XC ニューヨーク[1,770pt]3位 XC サンパウロ[1,610pt]4位 XC ロサンゼルス[1,510pt] 開催地である千葉でメダルラッシュを見せたXC東京に、小野寺吟雲を擁するXCニューヨークが猛追し、完全に並ぶ形で首位タイに立った。ポイントを奪い合う、まさにデッドヒート。初代クラブ王者の称号をかけた最終決戦の舞台は、7月24日から26日にかけて開催される「X Games New Orleans 2026」へと引き継がれる。この1770ポイントで並んだ状況は、リーグ始動の年にふさわしい、前代未聞のドラマであるといえる。 総括 「X Games Chiba 2026」は、日本勢が17個のメダルを獲得する活躍を見せただけでなく、アクションスポーツの現在地と今後の可能性を示した大会となった。今季から始動したX Games League(XGL)は、個人競技にチームという新たな価値を加え、順位だけでなくクラブの威信を懸けた戦いにも注目が集まった。 また、10代の若手選手が世界のトップライダーと互角以上に渡り合い、高難度トリックを高い成功率で決める姿からは、競技レベルの進化を強く感じさせられた。小野寺吟雲の2大会連続優勝、長谷川瑞穂の日本人初となる1大会3メダル、河上恵蒔の史上最年少男子金メダルなど、数々の名場面が生まれた千葉大会。 最後の舞台は7月24日から26日に開催される「X Games New Orleans 2026」へと移る。日本勢の勢いは続くのか。それとも世界の強豪が巻き返すのか。リーグ初代王者を懸けた戦いは、いよいよ佳境を迎える。 大会結果 ©Jason Halayko / X Games 【女子スケートボード ストリート】1. クロエ・コベル(オーストラリア / XC ニューヨーク) [93.33pt]2. 吉沢恋(日本 / XC 東京) [85.00pt]3. 松本雪聖(日本 / XC サンパウロ) [80.00pt] ©Jason Halayko / X Games 【男子スケートボード ストリート】1. 小野寺吟雲(日本 / XCニューヨーク) [91.33pt]2. ジュニ・カン(韓国) [90.00pt]3. 白井空良(日本 / XC東京) [88.33pt] ©Jason Halayko / X Games 【女子スケートボード パーク】1. スカイ・ブラウン(イギリス / XCサンパウロ) [91.00pt]2. 長谷川瑞穂(日本 / XC東京) [87.66pt]3. ヘイリ・シルビオ(フィンランド / XCニューヨーク) [78.66pt] ©Jason Halayko / X Games 【男子スケートボード パーク】1. エゴイツ・ビフエスカ(スペイン) [92.66pt]2. トム・シャー(アメリカ合衆国 / XCロサンゼルス) [91.33pt]3. キーガン・パーマー(オーストラリア) [91.00pt] ©Jason Halayko / X Games 【女子スケートボード バート】1. 長谷川瑞穂(日本 / XC東京) [94.33pt]2. ミア・クレッツァー(オーストラリア / XCロサンゼルス) [90.66pt]3. 松岡樹ノ(日本) [85.00pt] ©Jason Halayko / X Games 【男子スケートボード バート】1. 河上恵蒔(日本) [93.66pt]2. ギー・クーリー(ブラジル / XCサンパウロ) [92.66pt]3. 芝田モト(日本 / XC東京) [91.33pt]
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others幕張メッセが熱狂の渦に!「X Games Chiba 2026」Moto X&豪華コンテンツレポート2026.07.092026年7月4日(土)・5日(日)の2日間、千葉・幕張メッセにて世界最高峰のアクションスポーツ国際競技大会「X Games Chiba 2026」が開催された。今大会からアクションスポーツ史上初となるチーム制リーグ「X Games League(XGL)」がスタートし、「XCロサンゼルス」「XCニューヨーク」「XCサンパウロ」「XC東京」という4都市を象徴する4チームが、個人成績とは別に賞金総額50万ドルと初代王者の座を懸けて激突する新時代の幕開けとなった。 大会初日には恒例の花形コンテンツ「Moto X(フリースタイルモトクロス)・ベストトリック」が行われ、世界トップライダーたちによる接戦の末、ロブ・アデルバーグ(オーストラリア)が金メダルを獲得。会場を沸かせたのは競技だけではなく、大会2日目には人気アーティスト「ちゃんみな」が登場し大盛り上がりを見せたほか、音楽ライブ直前にはBMXフラットランド界トップの内野洋平・佐々木元による特別パフォーマンス、FLAKE CUPと連携したBMX・スケートボード体験会ブースなど、スポーツと音楽・カルチャーが融合するX Gamesならではのフェスティバル体験が2日間にわたり展開された。本記事ではMoto Xの熱戦と、会場を彩った豪華コンテンツの数々をまとめて紹介する。 Moto X・ベストトリックはロブ・アデルバーグが接戦を制覇 大会初日に行われたMoto X・ベストトリックは、世界トップライダーたちがそれぞれの大技をぶつけ合う一戦となった。 ロブ・アデルバーグ ©Jason Halayko / X Games 優勝を飾ったのはロブ・アデルバーグ(オーストラリア)。「ポーティエア・フロントフリップ」を決め切り、97.00ptをマークして頂点に立った。数々の大会でX Gamesの歴史を塗り替えてきた実績の持ち主だが、今大会もその強さを証明する形となった。 ホセ・カノサ ©Jason Halayko / X Games 準優勝はホセ・カノサ(スペイン)。「レイジーボーイ・フロントフリップ to ノーフッター」という大技をメイクし、96.00ptをマーク。アデルバーグにわずか1.00pt差まで迫る見事なライディングで銀メダルを獲得した。 ベン・リチャーズ ©Jason Halayko / X Games 3位はベン・リチャーズ(オーストラリア)。「バックフリップ・ボディバリアル to ダブルグラブ」を決め切り、93.33ptで表彰台入り。上位2名に食らいつく安定したライディングを見せた。 大会結果 ©Jason Halayko / X Games 【Moto X・ベストトリック】 1位:ロブ・アデルバーグ(オーストラリア)[97.00pt]2位:ホセ・カノサ(スペイン)[96.00pt]3位:ベン・リチャーズ(オーストラリア)[93.33pt] 音楽ライブ&DJタイムが競技会場をひとつのライブ空間に 観客は大いに歓声を挙げており、朝早くから競技が始まってからもその盛り上がりを保ったまま、むしろここから盛り上がっていくような熱気を終始感じることができた。2日目には人気アーティスト「ちゃんみな」の登場で会場は大盛り上がりを見せた。 DJタイムには、イベント中ずっと会場を回し続けていたDJ Mar Skiが登場。誰もが知っているようなポップな曲から、競技中のシリアスな雰囲気に合わせた、バトルのような選曲まで、会場の空気を的確に読んだ極上のセレクトと、スキルフルなスクラッチがアクセントとなり、現場ならではの最高のMixを楽しむことができた。 ©Hikaru Funyu / X Games 会場の照明演出にも触れておきたい。競技本番が始まる直前、あえて会場を少し暗転させ、期待感を煽るような演出が施されるなど、セクションの規模感はもちろん、こうした細部の演出まで含めて「X Games」というイベントそのもののクオリティの高さが際立っていた。 FLAKE CUPと連携したBMX・スケートボード体験会ブースに親子連れが殺到 会場にはFLAKE CUPと連携して設置された体験会ブースも登場し、BMX・スケートボードの体験会が実施された。 今年はプロスケーターの上田豪氏がMCで登場。 競技の魅力に魅せられた子供たちが積極的に参加し、ブースは終始人が途切れることのない盛り上がりを見せた。 ©Yoshio Yoshida / X Games 競技にじかに触れてみることで大会観戦への理解度が深まり、より一層楽しめるようになるはずだ。子供、大人関係なく、ぜひ一度体感してみてほしいコンテンツだった。 BMXフラットランド界トップ2人による特別パフォーマンスが音楽ライブ前を彩る DAY2の音楽ライブ前には、BMXフラットランドのスペシャルパフォーマンスが実施された。登場したのは、日本を代表するBMXフラットランドライダーの内野洋平(X Games Osaka 2025優勝)と佐々木元(X Games Osaka 2025準優勝)。MCにはおなじみのISSYが参戦。世界大会で数々の実績を誇る2人が、高度なバランス感覚と卓越したテクニックを駆使した迫力のパフォーマンスを披露した。 BMXフラットランド界トップの2人が繰り出す圧巻のショーケースは、BMXフラットランドの魅力を存分に表現するステージとなった。 現代アーティスト・山口歴によるライブペインティングが会場に登場 ©Hikaru Funyu / X Games 会場では、現代アーティスト・山口歴(Meguru Yamaguchi)によるライブペインティングも実施された。1984年東京都生まれの山口は、「筆跡(ブラシストローク)」そのものを立体作品へと昇華させる独創的な表現で国際的な評価を獲得しているアーティスト。 ©Yoshio Yoshida / X Games 山口は、国内大会のアートワークを初開催から5年連続で担当している。世界最高峰のアクションスポーツと、目の前で作品が生まれていくアートのエネルギーが同じ空間で共存する。競技の合間にライブペインティングエリアをのぞいてみると、会場でしか見られない特別な光景に出会えるのもX Gamesならではの魅力だ。 フードエリアはモスバーガー、千葉ブラックバーガーなど人気キッチンカーが集結 ©Hikaru Funyu / X Games Moto X会場横のフードエリアには、モスバーガーや千葉ブラックバーガーをはじめとする多くのキッチンカーが出店。観戦のおともに最適なフード・ドリンクが提供され、観客の休憩スポットとしても機能していた。 物販エリアにはXGL各チームグッズも登場 ©Hikaru Funyu / X Games MUSIC STAGE横の物販エリアではX Gamesグッズが販売されたほか、今回から始まった「X Games League(XGL)」の各チームグッズも並んだ。推しのチームグッズを手に入れ、応援する観客の姿もちらほらと見られ、個人戦だけでなくチーム単位でも会場を盛り上げる新たな楽しみ方が生まれていた。 ©Yoshio Yoshida / X Games これまでスケーター、ライダーたちの目指す最高の舞台として年々規模を拡大しながら実施されてきたX Games。今年からX Games Leagueという新フォーマットが導入されたことで、観客の楽しみ方がより広がった。そして観客だけでなく、チームメイトを応援する姿、チームを背負って戦う姿など、選手たちにもこれまでにない一体感が生まれていた。 ©Jason Halayko / X Games サクラメント、千葉、そして最終戦はニューオリンズ。初のリーグ戦制覇という栄光を手にするのはどのチームになるのか。今後のX Gamesからも目が離せない。 大会概要 大会名称:X Games Chiba 2026(エックスゲームズ千葉2026)開催期間:2026年7月3日(金)公式練習・記者会見日2026年7月4日(土)開場9:00/開始9:30〜終了21:002026年7月5日(日)開場9:00/開始9:15〜終了19:00※金曜は公式練習日のため関係者・招待客・取材媒体のみ入場予定。一般入場は土曜・日曜の2日間。 会場:幕張メッセ(千葉県千葉市美浜区中瀬2-1)実施競技:3競技15種目(スケートボード10種目、BMX4種目、Moto X 1種目)出場選手:世界17ヵ国・77名新形式:X Games League(XGL)第2戦(第1戦:米国サクラメント、第3戦:米国ニューオーリンズ) 主催:X Games Japan 組織委員会主管:千葉市 共催:公益財団法人 千葉市スポーツ協会後援:一般社団法人ワールドスケートジャパン、一般社団法人日本スケートボーディング連盟、一般社団法人全日本フリースタイルBMX連盟、一般財団法人日本モーターサイクルスポーツ協会、一般社団法人TEAM JAPAN MX PROJECT、J-WAVE(81.3FM)、読売新聞社 Global Partners:MoonPay、Stake協賛:Monster Energy、ムラサキスポーツ、モスフードサービス、自重堂協力:X Games Japan 千葉後援会、FLAKE CUP、プレミアムウォーター、モトクロスインターナショナル
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bmx絶対王者と新王者、そして国内初開催の女子BMXパーク。歴史が動いた2日間「X Games Chiba 2026」2026.07.072026年7月4日(土)・5日(日)の2日間、千葉・幕張メッセにて世界最高峰のアクションスポーツ国際競技大会「X Games Chiba 2026」が開催された。今大会からアクションスポーツ史上初となるチーム制リーグ「X Games League(XGL)」がスタートし、「XCロサンゼルス」「XCニューヨーク」「XCサンパウロ」「XC東京」という4都市を象徴する4チームが、個人成績とは別に賞金総額50万ドルと初代王者の座を懸けて激突する新時代の幕開けとなった。 ©Hikaru Funyu / X Games BMX競技からは、男子ストリート、男子パーク、男子パーク・ベストトリック、そして国内大会史上初となる女子パークの計4種目を実施。絶対王者ギャレット・レイノルズの貫禄の優勝、XGL開幕戦の米国サクラメント大会から勢いそのままに2連覇を果たした小澤美晴、そして世界初トリックが連発したパーク種目の熾烈な争いなど、この2日間だけでいくつもの歴史が刻まれる大会となった。 本記事ではBMX各種目のハイライトをまとめて紹介する。 男子BMXストリートはギャレット・レイノルズが貫禄の優勝。最年少・早田颯助も存在感を発揮 ギャレット・レイノルズ ©Jason Halayko / X Games 今大会の男子BMXストリートは、BMXストリート界において通算16個の金メダルを誇る絶対王者ギャレット・レイノルズ(アメリカ合衆国 / XCサンパウロ)が優勝を飾った。2本目のランで94.00ptをマーク。「360バースピン」などの高難易度トリックをいとも簡単にコンボへとつなげてしまうそのライディングは、まさに絶対王者の風格そのものだった。 ジョーダン・ゴドウィン ©Hikaru Funyu / X Games 準優勝はジョーダン・ゴドウィン(イギリス)。豊富なレールトリックを難なくこなしフルメイクでランをまとめた。特筆すべきは、トリック後のランディングをことごとく「180アウト」でつなげてしまうスタイルで、フローの隅々までこだわり抜かれたライディングが際立った一本だった。 デボン・スマイリー ©Jason Halayko / X Games 3位はデボン・スマイリー(アメリカ合衆国)。「バースピン to マニュアル to スミスグラインド」という大技をメイクすると、その後も流れを切らさずフルメイクでまとめ上げ、表彰台の座を掴んだ。 そして触れておきたいのが、日本人最年少で出場した早田颯助(15歳・兵庫)のライディングだ。2024年の千葉大会で当時14歳としてBMXストリート史上最年少出場記録を樹立した早田は、今大会も存在感のあるライディングを披露。確実に日本のこれからを背負っていける実力を見せてくれた。 女子BMXパークは国内大会史上初開催。小澤美晴がサクラメントに続く2連覇を達成 今大会最大のトピックのひとつが、国内大会では史上初開催となった女子BMXパークだ。歴史的な一戦とあって、誰が最初の優勝者に名を刻むのかが大きな注目を集めた。 小澤美晴 ©Jason Halayko / X Games 見事に金メダルを獲得したのは、XGL開幕戦の米国サクラメント大会に続き、千葉でも頂点に立った小澤美晴(16歳・岐阜 / XC東京)。1本目で90pt、2本目で91ptと着実にスコアを伸ばすと、迎えた3本目では「バックフリップテールウィップ」「360テールウィップ」「ダブルバースピン」など、それまでよりもさらにアップデートされたトリックをランに組み込み、93.33ptをマーク。僅差でハナ・ロバーツを上回り、見事2連覇を成し遂げた。なお今シーズンからX Gamesデビューを果たした小澤の2大会連続は女子BMXパークの歴史を刻む前代未聞の快挙となった。 ハナ・ロバーツ ©Jason Halayko / X Games 2位はハナ・ロバーツ(アメリカ合衆国 / XCニューヨーク)。2本目のランで「フレア」や「バックフリップバースピン」といった高難度トリックを難なくこなし、1本目からのバリエーションの豊富さも見せつける完璧なランで93ptをマーク。小澤との直接対決を最後まで演じた。 キム・レア・ミュラー ©Jason Halayko / X Games 3位はキム・レア・ミュラー(ドイツ)。表彰台に上がった3名は、ランの中に組み込まれたトリックの多さ、フローのスムーズさ、そしてトリックの難易度のすべてにおいて頭ひとつ抜けた内容で、特にロバーツと小澤は一つのトリックに複数の要素を組み込む構成力が際立っていた。 表彰台には届かなかったものの、東京五輪銅メダリストのニキタ・デュカロズ(スイス)やパリ五輪銀メダリストのペリス・ベネガス(アメリカ合衆国 / XCロサンゼルス)も奮闘。「540」にトライしたり、片手でハンドルを切る「ワンハンドX-UP」というスタイルの光るトリックを披露するなど、それぞれが確かな違いを見せつけた。国内初開催にして非常にハイレベルな戦いとなったことは、今後の女子BMXパーク人気を占う上でも大きな意味を持つだろう。 男子BMXパークは大混戦を制してマーカス・クリストファーが優勝。中村輪夢は世界初トリックで会場を沸かせる マーカス・クリストファー ©Jason Halayko / X Games 前回の「X Games Osaka 2025」で悲願の初優勝を果たした中村輪夢(日本 / XC東京)、東京五輪金メダリストのローガン・マーティン(オーストラリア / XCニューヨーク)、そしてパリ五輪金メダリストのホセ・トーレス(アルゼンチン)とタレントぞろいの布陣となった男子BMXパーク。優勝の行方が最後まで読めない大混戦となった。 ローガン・マーティン ©Hikaru Funyu / X Games 1本目から中村輪夢、マーカス・クリストファー(アメリカ合衆国 / XCロサンゼルス)、ローガン・マーティンが高得点をマーク。2本目はそのスコアを超えるべく各選手のトリックレベルがさらに引き上げられる展開に。 キーラン・ライリー(イギリス)とマーカス・クリストファーが最高難易度のトリック「ダブルフレア」を組み込んだランをフルメイクし、一気に会場のボルテージを引き上げた。ジャスティン・ダウェル(アメリカ合衆国)の「フロントフリップ」や、中村輪夢による世界初メイクのトリックへの挑戦も続いた。 中村輪夢 ©Hikaru Funyu / X Games そして迎えた注目の3本目、中村輪夢が「540クアッドバースピン」を世界初メイク。ジャスティン・ダウェルも「アリーウープ」からの「540バックフリップ・フレア」という大技をメイクしたが、惜しくも中村のスコアには届かなかった。ローガン・マーティンはラストランで、もはや基礎トリックのようにさまざまなアレンジを加えた「フレア」を披露。逆軸へ向かうフレアには会場がどよめき、91.00ptをマークした。 マーカス・クリストファー ©Hikaru Funyu / X Games 最終的には、1本目に記録した93.00ptを最後まで守り切ったマーカス・クリストファーが優勝。ローガン・マーティンが91.00ptで準優勝となり、そして世界初の「540クアッドバースピン」を引っさげた中村輪夢が89.00ptで見事3位に食い込んだ。最後まで目が離せない大接戦を制する結果となった。 BMXパーク・ベストトリックは世界初トリックの応酬に。マイク・バーガが金メダルを獲得 世界初のトリックがいくつも飛び出す、まさに世界最高峰の戦いとなったのがBMXパーク・ベストトリックだ。序盤にトップへ躍り出たのはブライス・トライオン(アメリカ合衆国)。「540フレア」を完璧にメイクし、序盤からハイレベルな展開になることを予感させた。 マイク・バーガ ©Jason Halayko / X Games 次いで大技を決めて会場をロックしたのは、マイク・バーガ(カナダ)。「ディケイド900」を世界初メイクし、一気に流れを引き寄せた。自転車を固定してライダー自身がハンドルを軸に空中で1回転する「ディケイド」に、さらに車体と体で2回転半(900度)のスピンを組み合わせた超高難度の複合技。 ローガン・マーティン ©Hikaru Funyu / X Games 続いてトリックを更新してきたのはローガン・マーティン。「540ダブルダウンサイドテールウィップ」をメイク。体を宙で2回転させながら、車体はその回転とは逆方向に2回転させるという大技だ。 マーカス・クリストファー ©Jason Halayko / X Games さらにそれに続いたのは、パーク種目で金メダルを獲得しているマーカス・クリストファー。「フレアトリプルダウンサイドテールウィップ」をこちらも世界初メイクし、順位を押し上げた。 ライアン・ウィリアムス ©Hikaru Funyu / X Games ラストランで衝撃のトリックを披露したのは、ベストトリックではおなじみのライアン・ウィリアムス(オーストラリア / XCサンパウロ)。「ダブルフロントバイクフリップ」というとんでもない大技に、ファーストランからトライを続け、ラストランでついにメイク。わずかに足がついてしまい、惜しくも表彰台とはならなかったが、最後まであきらめずトライし続ける姿勢は見る者を魅了した。 ライアン・ウィリアムス ©Hikaru Funyu / X Games どのトリックもメイクさえすれば表彰台確実というような、とんでもないトリックしか見られない見応え十分のコンテンツとなった。 大会結果 ©Jason Halayko / X Games 【男子BMXストリート】 1位:ギャレット・レイノルズ(アメリカ合衆国 / XCサンパウロ)[94.00pt]2位:ジョーダン・ゴドウィン(イギリス) [91.33pt]3位:デボン・スマイリー(アメリカ合衆国)[90.33pt] ©Jason Halayko / X Games 【女子BMXパーク】1位:小澤美晴(日本 / XC東京)[93.33p]2位:ハナ・ロバーツ(アメリカ合衆国 / XCニューヨーク)[93.00pt]3位:キム・レア・ミュラー(ドイツ)[88.33pt] ©Jason Halayko / X Games 【男子BMXパーク】 1位:マーカス・クリストファー(アメリカ合衆国 / XCロサンゼルス)[93.00pt] 2位:ローガン・マーティン(オーストラリア / XCニューヨーク)[91.00pt]3位:中村輪夢(日本 / XC東京)[89.00pt] ©Jason Halayko / X Games 【BMXパーク・ベストトリック】 1位:マイク・バーガ(カナダ) 2位:マーカス・クリストファー(アメリカ合衆国 / XCロサンゼルス) 3位:ローガン・マーティン(オーストラリア / XCニューヨーク) 大会概要 大会名称:X Games Chiba 2026(エックスゲームズ千葉2026) 開催期間: 2026年7月3日(金)公式練習・記者会見日 2026年7月4日(土)開場9:00/開始9:30〜終了21:002026年7月5日(日)開場9:00/開始9:15〜終了19:00※金曜は公式練習日のため関係者・招待客・取材媒体のみ入場予定。一般入場は土曜・日曜の2日間。 会場:幕張メッセ(千葉県千葉市美浜区中瀬2-1) 実施競技:3競技15種目(スケートボード10種目、BMX4種目、Moto X 1種目) 出場選手:世界17ヵ国・77名 新形式:X Games League(XGL)第2戦(第1戦:米国サクラメント、第3戦:米国ニューオーリンズ) 主催:X Games Japan 組織委員会 主管:千葉市 共催:公益財団法人 千葉市スポーツ協会 後援:一般社団法人ワールドスケートジャパン、一般社団法人日本スケートボーディング連盟、一般社団法人全日本フリースタイルBMX連盟、一般財団法人日本モーターサイクルスポーツ協会、一般社団法人TEAM JAPAN MX PROJECT、J-WAVE(81.3FM)、読売新聞社 Global Partners:MoonPay、Stake 協賛:Monster Energy、ムラサキスポーツ、モスフードサービス、自重堂 協力:X Games Japan 千葉後援会、FLAKE CUP、プレミアムウォーター、モトクロスインターナショナル
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dance「Red Bull Dance Your Style 2026 National Final Japan」Ringo Winbeeが4度目の挑戦で見事優勝!世界最終予選へ駒を進める最新の話題曲から往年の名曲までDJが流す音楽に合わせて即興で踊り、観客を最も沸かせたダンサーが勝者となるダンスバトルイベント「Red Bull Dance Your Style」の日本決勝が7月5日(日)に六本木ヒルズアリーナで開催された。 今年は、Red Bull Dance Your Styleとして日本で初めて、一般のダンサーを募集した予選を5月に開催。その激戦を制した4名と、WILD CARD(招待ダンサー)として世界で活躍する日本トップレベルのダンサー12名の、合計16名が出場した。 Suguru Saito/Red Bull Content Pool 当日、会場には1400人以上の観衆が集まった。アニメ主題歌として話題となったアイナ・ジ・エンドの『革命道中』、シティポップブームに続いて今年映画で再び注目を集めた泰葉の名曲『フライディ・チャイナタウン』、SNSでダンス動画が話題となったサカナクションの『夜の踊り子』など、最新のヒット曲から誰もが知る名曲まで様々な楽曲に合わせて熱いバトルが繰り広げられ、会場は大いに盛り上がった。 一般予選勝者 vs 実力派ファイナリスト、決勝は激戦に Suguru Saito/Red Bull Content Pool 各ダンサーが多彩な表現で観客を魅了するなか、決勝に駒を進めたのは一般予選を勝ち上がったRingo Winbeeと、幼少期からダンスに打ち込み、数々の大会で優勝・ファイナリストの経験を持つターザンKIRARA。 先陣を切ったRingo Winbeeは、歌詞やリズムを細かく拾ったリズミカルなダンスを披露して会場を大きく盛り上げると、後攻のターザンKIRARAも持ち前の力強くダイナミックなダンスで応戦。両者一歩も譲らない、息を呑むような激戦を制し、見事栄光をつかみ取ったのはRingo Winbeeだった。 Ringo Winbeeは、10月にスイス・チューリッヒで開催する「Red Bull Dance Your Style World Final Pre Final」への出場が決定。それを勝ち上がると、世界大会「Red Bull Dance Your Style World Final」の出場権を獲得する。Ringo Winbeeの日本代表としての今後の挑戦に注目したい。 Ringo Winbee 優勝後のコメント Suguru Saito/Red Bull Content Pool 「まだ優勝した実感がわきません。『Red Bull Dance Your Style』にかけてきた想いが強かったからこそ、とても嬉しいです。予選のときから日本優勝と世界一を目指して、自分が苦手な曲やジャンルも克服できるように色々な曲を愛せるぐらい聞きまくりました。 練習していても結果がついてこないときが続いていたこともあり、今日は自分に頑張ったと言い聞かせながら踊りました。4回目の挑戦なので、決勝に行けたことが本当に嬉しかったです。決勝はここで死んでもいいやという気持ちで踊りました。その熱量で自分の中の殻をやぶれたかなと思います。 何者でもない自分が世界で優勝して人生を変えられるように、世界大会に向けて全てをかけて挑みたいと思います。日本代表として、皆さんの応援も背負って絶対優勝してきます!」 ボーイズグループBALLISTIK BOYZ from EXILE TRIBEのRIKI&ONE OR EIGHTのTAKERUも参戦! Suguru Saito/Red Bull Content Pool 本戦には、実力派ダンスボーイズグループBALLISTIK BOYZ from EXILE TRIBEのRIKI(松井利樹)と、映画挿入歌のリメイク『TOKYO DRIFT』で世界から注目を集める8人組ボーイズグループONE OR EIGHTのTAKERUも参戦。惜しくも1回戦敗退となったが、攻めたダンスやアクロバットを取り入れた迫力のあるダンスで観客を大いに沸かせ、強烈なインパクトを残した。 2022年世界王者THE D SoraKi登場!大注目のEXHIBITION BATTLE開幕 Suguru Saito/Red Bull Content Pool 試合開始前には、2022年の「Red Bull Dance Your Style World Final」で日本人として初めて世界チャンピオンに輝き、国内外で注目を集めるレッドブル・ダンサーのTHE D SoraKiと、世界大会20冠を誇るKAZANEのペア対、ヒップホップ界のレジェンドSHINICHIとハウス界のスーパーダンサーHIROのペアによる、2on2のEXHIBITION BATTLEを開催。レジェンドvs若手のホープの対決に会場中の注目が集まった。 ダイナミックかつ味のあるダンスで魅了したTHE D SoraKi&KAZANEが勝利。スーパーダンサーたちによるハイレベルな戦いに、本戦開始前ながら会場のボルテージは一気に跳ね上がった。 Red Bull Dance Your Styleとは最新のグローバルヒットソングからクラシックなビートまで、当日その場で流れる楽曲は予測不能。ダンスのスタイルと音楽センスが試されるユニークなフォーマットのストリートダンスイベント。ヒップホップ、ハウス、ロッキング、ポッピングなどジャンルを横断した「Red Bull Dance Your Style」に求められるのは、ただ一つ。観客を惹き込み、その一票を勝ち取ることだ。 開催概要名称:Red Bull Dance Your Style National Final Japan 日時:2026年7月5日(日)14:30開場/15:00開演/17:00終演会場:六本木ヒルズアリーナ(東京都港区六本木6丁目10-1) 観戦:無料JUDGE:観覧にお越しいただいた皆様 MC:MACCHAN DJ:SACHIO 出場ダンサー〈WILD CARD〉(招待ダンサー) FLAME、KELO、MEDUSA、ReiNa、David、TAIKI、ターザンKIRARA、点火、Runa Miura、You-ki、RIKI、TAKERU〈Red Bull Dance Your Style Qualifier Tokyo 勝者〉 COHAKU、Ringo Winbee、SENA POPPING、soma






