いよいよあさって、2024年1月28日(日)に神奈川県・川崎市の宮前市民館で開催される「Out Hedge Vol.10」。
2017年12月にスタートしたこのイベントは、シーンの流れに順応しながら少しずつ形を変容させ、唯一のナンバーイベントとしての地位を確立。
ついに節目の10回目を迎えることになる。
このうち過去8回の関東での開催にあたって、ディレクターとしてそれぞれ4回ずつの優勝経験を持つYUTTY KINGDOM. のt.taishiと、Dye you in my hueのイワネスインセインの二人が対談。
初回から振り返り、彼らは今のOut Hedgeをどう見ているのか。
イベントへの、そしてダブルダッチへの考えや思いを熱く語ってくれた。

聞き手はイベントオーガナイザーのYUTTY (YUTTY KINDOM.)が務める。
Out Hedgeの“原点”
2017年12月、“垣根(Hedge)を超える(Out)”という思いで生まれたこのイベント。初回は形式が少し異なり、参加者の学生がシャッフルされ、シーンで活躍するOBOG(現在のディレクターポジション)の元に集うという企画だった。
t.taishi (以下: タイシ)
主宰のユッティから「イベントをやりたい」って相談してもらって、お笑い芸人の「ドリームマッチ」みたいなものを提案したんだよね。
OBOGも組み合わせは抽選で、参加する選手も抽選でチームを組んでみたら面白いんじゃないかなって。
──(ユッティ) ダブルダッチ界には規模の大きい大会はあるけど、第三の付加価値をつけられるイベントをやりたいなって思いがずっとあって。
タイシの意見をもらって「上と下の世代を繋ぐイベント」というのは面白そうだなって思って、走り出した気がする。
イワネスインセイン (以下: イワネス)
その時期、ユッティさんがよく「イベントやりたい」って言ってたのを覚えています。
Vol.1の時はクルーバトル形式でしたよね?
──そうだね。Vol.1はまだ今のナンバー制度ではなく、最前線で活躍するOBOGのもとに、参加者が抽選で集まってチームを組むという仕組みでした。
そしてイワネスの言う通り、ショーケースではなくクルーバトル形式だったんだけど、タイシのチームが優勝していたよね。
タイシ
そうだったね。一緒に組んでくれたOBのトモキ(You Know Who)が良かった。
だけど参加者は大学1年生・2年生ばかりで、しかも大学から始めた子たちばかり。
「俺ら若手ばっかりだけど勝ったぜ」って言った記憶がある。
t.taishi & TOMOKI「目利きの銀次郎」
イワネス
覚えてますね。僕もOBとして参加していましたが、タイシさんの言っている通りだし、悔しかったのを覚えてます。バトルに慣れていなかったのでムーブが作れなさすぎて(笑)。
でも逆に練習していて、ショーケースだったら良いものができるんじゃないかな?と思った記憶があります。
──参加者やOBOGの負担を考えてクルーバトル形式にしたんだけど、意外とショーケースの方が楽かもとか、なんなら「負担が増えてもショーをやりたい」って声もあり、それならと2回目からはショーケース形式にしました。
イワネス
その時は関西の同期で上京してきたカスヤ(FLY DIGGERZ)と組んで、やっぱりショーは得意分野だったから、結構良いものができた手応えがあったんです。
本番当日も初っ端でカマして、想像以上にお客さんも盛り上がってくれて、結構色めいていたんです。
けど、蓋を開けたら後の出番のタイシさんたちが更に良いものを作ってきていて、またタイシさんに持っていかれちゃったなと。しかもOB枠はタイシさん、たった1人で。
t.taishi「目利きの銀次郎2号店」
──タイシ的にVol.2を振り返ってみてどうだった? クルーバトルとショーの違いとかって感じたのかな。
タイシ
大きく違いはなくて考え方は同じだったかな。
練習期間も長くあるわけじゃないから、難しいことをし過ぎると自滅してしまうだろうし。だったら簡単なことでやり切れた方がいいと思うんだよね。
特に参加してくれている大学生たちって、ちゃんと「ミスのない演技をやりきる」っていう感覚を経験できていない子も多かったし、まずは完成させてみて、そこから勝つか負けるか、っていうことをさせたかった。
イワネス
数を重ねて最近のOut Hedgeで思うのは、やっぱりディレクター側のリスクヘッジが上手くないなと。
いつものチーム、いつものチームメイトでやって成功率が7割くらいの技を、そのイベントのためだけの即席のチームでやっても難しいよね、って思うんです。
ところで気になったんですが、タイシさんってVol.1とVol.2、連続して優勝したじゃないですか。Vol.2の時、プレッシャーみたいなものってありましたか?
タイシ
プレッシャーというより「連勝したい」って思いはあった。
まだ出来たてのイベントだったし、みんな探り探りだったと思うけど、どんなに小さな大会とかイベントでも、お金を払って見に来ているお客さんがいる以上、ヘラヘラしてショーケースをやるのは違うよねって。
確かに1回目は俺も探り探りだった部分もあったけど、2回目はガチでやろうと。「やるなら優勝するでしょ」という気持ちで。

本気を示す
イワネス
Vol.3は、当時同じチームでも活動していたアユカ(FLY DIGGERZ)と一緒に出たのですが、今までの2回に比べるとやりたいことをやった手応えは感じられました。
参加している子たちと「どうしようか」って考えている時に、ももいろクローバーZの『行くぜっ!怪盗少女』を使いたいとなって、それなら全曲そういうキャッチーで雰囲気の似た音源にしてみようかと。
粗さはありますが、作っていくうちに結構好きな作品になっていったなと思いましたし、あとはミスを極力減らしてタイシさんの3連覇を止めたいという気持ちもありました(笑)。
イワネスインセイン & AYUKA「薔薇色ビューティープラネット」
──そこからイワネスが2連覇することになるね。この次のVol.4のショーも良かった。どちらも鮮明に覚えています。
イワネス
アユカに加えてナツミ(Mrs.DOUBLE DUTCH)を引き入れて、僕らのチーム「Call me a DIVA」のナンバーみたいな形でやりました。当時は正式な制度ではなかったですが。
パフォーマンス制作も真剣でしたが、終わった後の手応えも相当なもので「さすがに優勝するだろ」っていう感じでした(笑)。
振り返っても1・2を争うくらい頑張っていたんじゃないかなと思います。
イワネスインセイン & AYUKA & Natsumi「本性は獣」
イワネス
タイシさんも言っていましたが、この辺から僕も「ガチでやらないのはダサいな」ということを、より強く意識するようになっていました。
何なら他の人を焚き付けたいくらいの気持ちで。
タイシ
この時、俺は別の大会の練習を優先して出なかったんだよね。
イワネスもそうだと思うけど、俺もOut Hedgeには片手間で出ていない。
最近はイベントの数も増えて、色んなステージに立つことは大事なんだけど、その反面やることが多くて片手間になってしまうことは多いと思う。
俺もダブルダッチ好きだから「全部出るでしょ」って気持ちはよく分かるんだけど(笑)。
イワネス
僕も片手間にはできないですね。
人を見ていて「取捨選択したら良いのに」と思うこともあるし、しかし一概にどちらが正しいとも言い切れない。
ただOut Hedgeに限って言えば、僕は常に「本気でやる」という意思表示は色んな形でしているつもりなので、ある程度の覚悟や気合いがある人しか来ないというのはあると思います。

タイシ
俺も初回の練習で方向性を話すようにしていて「うちはごめんだけど、遊びじゃないから」みたいな(笑)。
大変な時もあると思うけど、更に1つスイッチを入れてもらえるように伝えることはしているね。
変に優しくしすぎないというか。
──2人ともそれぞれのやり方だけど、いずれにせよ「ちゃんと示す」ということは大事だね。
タイシ
それこそユッティたちと一緒にチームを組んで大会に出た時とか、そんなことをわざわざ言ったりはしない。みんな分かってくれているし。
“演じる”っていうと大袈裟かもしれないけど、「ディレクター」として振る舞う意識はしているかもね。

──今回のVol.10は今まで以上にディレクター陣の年齢層がぐっと下がって、参加者の大半を占める大学生たちとの年齢差は縮まった印象があります。
練習もするしプライベートでも遊ぶし、そういう友達みたいな付き合い方のナンバーも素敵だなって思うんだけど、確かに反面「締めるところは締める」って部分が弱いのかなと感じることもあるね。
“ナンバー制度”が誕生
そしてOut Hedge Vol.5より、シャッフルで決定するチームに加え、ナンバー制度が限定的に導入されることになる。
──ふと気になったんだけど、タイシがこれまで一緒にOut Hedgeでチームを組んで、「成長したな!」とか「この子は伸びるな」って感じた子はいた?
タイシ
Vol.6で、ユッティと一緒にキッズの子たちのナンバーみたいなチームを出したんだけど、その子たちはすごかったね。
当時は小学5年生とかだったかな。だけど大学生の比じゃないくらいしっかり練習してくれていた。
なんとなく俺とユッティがスピーカーの方に近づいてスマホを触ると、練習が始まることを察して最初のフォーメーションになるんだよね。一度フリを落としたらずっと練習しているし、復習とかもちゃんとしてきてたし、止まっている時間が一切なかった。
「上手くなる子は違うわ」って感心しちゃったね。
t.taishi & YUTTY「RUGRATS」
──あと個人的にはミヅキ(Synappse)じゃないかな? タイシと2人でソロをやっているムーブが印象的だったんだよね。
タイシ
そうだね。時系列が前後するけど、1つ前のOut Hedgeで、イベントの歴史の中で初めて“ナンバーチーム”を出したのが、おれとユッティの所属である「YUTTY KINGDOM.」というチームのもの。ミヅキは当時大学1年生とかだったかな。
練習は相当厳しかったと思うけど、それでもミヅキをはじめ皆がついてきてくれて、結果もついてきて嬉しかった。
t.taishi & Yosh & SHOTA「KINGDOM. NUMBER」
──ミヅキはその後、学生の大会で日本一になって、今回のOut Hedgeではメインディレクターとしてナンバーを出すことになるんだけど、当時から見ている身としてはストーリーを感じてしまうよね。
そして思えばこの時が“ナンバー制”の先駆けだったわけだ。
タイシ
一緒に組んだヨシヒロとショウタ(YUTTY KINGDOM.)もそうだけど、俺たちのチームってマインドが“THE ダブルダッチ”なんだよね。
ステージの後ろで“あえて何もしない”を善しとしているチーム。むしろそれすらもパフォーマンスの一部だと思っているくらいの、シンプルで無骨な、いわゆる「王道」タイプの感じ。
──確かに最近のパフォーマンスは“外フリ”がついていることが多いかもしれない。
イワネス
僕は真逆のスタイルというか、“何もしない”ということはしない、常に動いているようなパフォーマンスなんですよね。
Vol.3とVol.4のショーがまさにそういうものを作って評価されたんですが、Vol.5からちょっと流れが一転して、再び王道スタイルのショーが評価されるようになった感じがあって。
その中で自分も過去のものを超える作品を生み出せた手応えもなくて、Vol.5やVol.6の時には「どうやって作品を作ればいいんだっけ」というスランプに陥った覚えがあります。
──でもさっきイワネスから「焚き付けたいと思っていた」という言葉があったと思うけど、これまでのイワネスのショーや姿勢が間違いなく全体の士気とかレベルを底上げしていたと思うんだよね。
イワネス
まあ確かにこの辺りから良いチームは増えた印象がありますね。活性化させられたんじゃないかという自負は、ちょっとはありました。
けど結局Vol.6はRUGRATSに負けて、当時あったOBのMVPもタイシさんが獲っていって、完敗でしたね(笑)。
タイシ
さっきも話に上がってたけど、Out Hedgeってリスクヘッジが重要だなって思うんだよね。RUGRATSもそこは重点的に考えて作った。もちろん、スーパーキッズたちだったからチャレンジもしてもらったけどね。
ディレクター側の俺やユッティが目立つショーを作るつもりはなかったし、むしろ「この子たちを輝かせたい」って考えると、メンバーの力量の把握は必須になってくる。
そしてそれが自然とリスクヘッジに繋がっていく。
イワネス
そうですよね。自分も「100%のパワーでできること」はやらせないようにしています。体感的には80%くらいまで落としてもできることじゃないと、本番もミスしてしまうような気がして。
まあこれ、Out Hedgeに限らない話ですよね(笑)。でも特にこのイベントには重要な考え方だと思っています。

完全ナンバー制へ
関西で開催予定だったVol.7は新型コロナウイルスの影響で中止に。
また色々な理由からVol.8からは開催拠点を関東に絞り、ついに全チームがナンバー制に移行する。
──やっぱり長く続けていると、ディレクター側と参加者の相性が合わなかったり、参加者の練習意欲が下がって練習に来なくなってしまうとか、「思ってたものと違ったショーだった」とか、色々と課題も生まれてしまって。
それなら「自分がやりたい」と思ったものを自分から選べる方がお互いのためだし、参加者も得られるものもより明確になるから狙いも定められるだろうし。
イワネス
それにVol.8からホールでの開催になったこともあって、今のフォーマットに近づいてきましたよね。ガラッと雰囲気が変わってアップデートされた感じ。
──イワネスはここで『インセイン組』というチームを作って、Vol.8・Vol.9と2連覇したんだよね。
イワネスインセイン「インセイン組」
イワネス
Out Hedgeとは関係なく、KEITAさん(REG☆STYLE)が「KEITA団」というものを作っていたんですよ。よく練習するとか、プレースタイルが似ている後輩たちを集めた集団みたいな。
特に何かをするわけではないけど、最初はなんとなく自分も作ってみたくて作りました。
それからOut Hedgeに出場することになって「自分が出るとしたらこれだな」と思って「インセイン組」という名前で出してみたら、元からいたメンバー以外にもいろんな新しい顔が集まってくれて。
嬉しいですよね。自分を慕ってくれる後輩たちと一緒にやれるのだから、爆発的に綺麗で良いものを作りたかった。
タイシ
“作品”っていうのを大事にしてるよね、イワネスは。パフォーマンスというより作品という感じ。
イワネス
Out Hedgeってダブルダッチの他の大会と比べると制約が少ないんですよ。人数も制限時間も自由。部門分けもないし、自分のやりたいことをできて、メンバーにも色々と教え込める。
でも未だに覚えているのは、その時にDJだったタイシさんがリハーサルを見て「絶対優勝すると思った」って言ってくれて。嬉しかったんですよね。
タイシ
覚えてるわ。絶対ここ優勝だなって思った。
俺はこの回には出場せずDJとして関わったんだけど、ステージの後ろのDJブースから見ていて、いろんなチームの仕上がりとか見ていてもここがぶっちぎりだなって感じた。
そしてインセイン組が優勝してからか、ステージングを意識したナンバーが増えたなって印象がある。
イワネス
そう思うと、前回のVol.9がダントツに全体のレベルが高かったと感じましたね。
自分より下の世代のディレクターが増えて、各ナンバーも勢いがあって。
その上、Vol.9から採点方法が変わりましたよね。
イワネスインセイン「インセイン組」
──そうだね。パフォーマンスが終わったら審査員が即採点して、その点数がスクリーンに表示されるっていう仕組みにしました。
ただその審査員の点数に加えてオーディエンスも投票できるようにして、その合計点数で最終順位が決まるという。
イワネス
学生の大会で準優勝した『Roar』の子たちが出したナンバーとか、本当に脅威でした(笑)。
しかも僕らはVol.8・Vol.9と同じインセイン組という名前で出場したので、彼らだけじゃなく色んなナンバーから「じゃああいつら倒すぞ」という空気感をひしひしと感じていて。
練習でもミスをゼロにまでは減らせなくて、不安の中で出番を迎えたんですがノーミスで終えることができました。
もちろん優勝は目指していましたけど、演技を終えたらもう僕の中では勝ち負けとかじゃなく、全てが完了していた感覚でしたね。
「故きを温ね、新しきを知る」
──さて、いよいよVol.10です。
今回タイシは「サブディレクター」として出場することになりますが、今の制度になる前から考えても、タイシが“メイン役”として出ないのは初になるのかな。
タイシ
そうですね。師匠のような存在のTMYさん(Who is Respected)と、これまたキッズナンバーみたいな形で出るんだけど、だからか今までと比べたらちょっと肩の荷が降りてはいる(笑)。
もちろんサブディレクターとして今回も優勝を目指してはいるんだけど。
──そしてイワネスはショーケースの審査員を務めるということで、いかがでしょうか。
イワネス
“一番高いシーン”でも通用するような半端ないものを見たいなって思いがあります。うまく説明ができないんですが。
僕、10年以上ダブルダッチを続けてきて思ったことがありまして。
ひと昔前って人口的にも技術的にも大学生がシーンの中心と感じることが多かったんですが、今ってそうじゃなくなってきていると思うんです。
Double Dutch Delight(学生の大会)で優勝したやつ、イコール「一番ダブルダッチが上手い奴ら」って感じだったものが、今はもっと上手いOBOGの人たちがいるわけですよ。
──確かに大学を卒業して社会人になったり、プロとして活躍しているプレイヤーは増えたよね。
イワネス
大学生中心のシーンにあった“本当にすごいもの”みたいなものが、その1つ上くらいの層にシフトして、逆に大学生たちに対して詰めが甘いなと感じることが増えたんです。
もちろん僕も完璧とは言い切れないけど、自分も自分なりには考えているつもりで。
ディレクターの顔ぶれも年下が増えてきているからこそ、やっぱりこの「詰めの甘さ」というところには妥協せずとことん追求してほしいし、半端ないものを見たいなと感じます。

──なるほどね。逆にイワネスより年上のタイシ的には、今の内容についてどう思う?
タイシ
自分が最後に出てから4年くらいが経って、Out Hedgeというイベントも大きく変わったよね。
完全ナンバー制になったり採点形式も変化があったし、さっきも言ったけど流行りも変わったと思う。前回(Vol.9)を見ていて「俺だったら優勝できるのかな」って思ったもん(笑)。
反面、正直ちょっと“ダブルダッチっぽさ”は減った気もするんだけどね。どこまで自分のスタイルが通用するんだろうという思いはあります。
イワネス
確かに僕が言うのも少しはばかられますけど、もっと「ダブルダッチっぽい」ことはやってほしいですね。
タイシさんの色々なショーを見ていると、ちょっとした工夫をしてショーを面白くしているなと思うんです。もちろん技術力は高いし上手いんですが、めっちゃ難しいことをやるのではなく、機転を利かせて心を掴んでくる感じがあって。
逆に言うと、“作品っぽい”ことをやっているだけというチームも増えた感じはします。
タイシ
今の学生の世代とかって「なにそれ見たことねえ!」とか「超やべえ!」と思う技を編み出したりしていて、確かにそれも魅力的なんだけど、ただどこかで“ダブルダッチっぽさ”を感じないなとも思うんだよね。
俺が意識してるのは「見たことない」よりも「その手があったか」と思ってもらえるもの。

──すごく納得いく見解だね。
タイシ
まあ逆に言えば、俺たちよりも若い子の方が体力もあって技術もあると思うから、追いつこうと同じことをやっても勝てないと思うんだよね。
じゃあ例えば基礎的なスライドから変な跳び方ができないかとか、新しい技なんだけど、どこかに“ダブルダッチ臭さ”を感じてもらえるようなちょっとした工夫を加えてみるという。
俺の出発点が基礎技だから、ただの二重じゃなくて、縄を踏んで浮かせて…みたいなのは、俺の好みではないんだよね。
──そんなものは基礎技の中にはないよね、って(笑)。でも見ていても確かにそう思うし、改めて言語化されて強く実感するね。
タイシ
俺やユッティの世代って「ロープの中でいかに凄いジャンプをするか」という考え方だったからね。
あの中で巧みなダンスステップをとか、豪快なアクロバットを、というのがスタートだったし、ロープの“回転”の部分を難しくして凄いように見せるという育ちをしてないから(笑)。
イワネス
自分も自分なりに「ダブルダッチっぽい」というのが何なのかというのは理解しているつもりなんですが、僕はそれを探求した上で“あえて外す”という選択肢があっても良いなと思うんです。
ただそれにも、やっぱり第一に(ダブルダッチっぽさを)理解をすることが必要。
こういう発言ってちょっと高圧的というか、いわゆる“老害”のように見えそうなのではばかられますけど…
やっぱり歴史を知ることって大事だと思います。昔から遡り発展の過程を辿って今こうなっている、ということ。
タイシ
その通り。でも逆に俺たち世代は“最新を知る”ことが必要なんだよね。おざなりになっている部分はあると感じます。
だから出身サークルの引退公演の映像とか、学生たちの大会の映像とか見たし。
さっき老害っぽく…と言ってたと思うけど、そうならないために俺たちは最新を知らなければならないよね。
──尋ねる側なのに出しゃばりすぎて申し訳ないんだけど、やっぱり10回やって改めて「みんなを活かせる人ってめっちゃカッコいいな」って思うんです。
僕は学生時代、HKRさん(alttype)から色んなことを教わってきて今がある。HKRさんの大きい背中を見て育ってきました。出場した子たちにもそういう存在が生まれてほしい。
プレイヤーとしてのスキルは当然大事なんだけど、やっぱり人を活かすのが上手い人も本当にカッコいいし、もっとフィーチャーされてもいいと思うんだよね。
その一つがOut Hedgeの「ディレクター」というポジションなのかな。そうあってほしい。
タイシ
確かにOut Hedgeのおかげで「パフォーマンスを作れる人」みたいな立ち位置に見てもらえるようになった気がするね。
イワネス
同感です。だからこそもっとディレクターの質が全体的に向上してくれたら嬉しいとは思いますね。
今って参加者側にオーディションがあって、通過しないとナンバーに出れない人もいるという形式ですが、ディレクター自体もオーディションするような時代がきたら面白いなと思います。なかなか難しいと思いますが。
あとこれは強く思うんですが、安易に照明に頼りすぎているなと感じることが多いですね。調整がうまくいかなかったりすると思いますが、そもそも照明のプランが下手だなと思うこともあって。
やみくもに“照明を使いたい欲”に惑わされてしまうと、本末転倒かなと。
タイシ
D.LEAGUEの影響などもあってなのか、照明を使いたいっていう子は多いよね。確かにかっこいいけど、俺も基本は明点させて、プラスシンプルな照明だけで十分じゃないかと思う派だな。
でもダブルダッチのイベントでここまで照明が多いものってないと思うから、ニュースタンダードを生み出していくという意味では大きな意味を持っているかもしれないね。
イワネス
個人的には、ピカピカさせ過ぎずにシンプルがいいと思います。“目潰し”を無駄に使って、肝心の中身が見えないとかありましたし。
特にVol.9に関しては非常にシンプルな照明の使い方をしましたが、ちゃんとムーブを見てもらえるようにするという戦略がハマったと思っています。
そこだけは結構、他のナンバーより2歩くらい先をいっていたんじゃないかなと自負していますね。
時代を切り裂け
並々ならぬ思いで臨んできた二人にとってのOut Hedge。そのステージに立つ後進たちへ、最後に彼らからの“エール”を訊いた。

──たくさんの熱い話をありがとうございました。2人がOut Hedgeに色んな思いを懸けてくれていたからこそ聞ける話だったと思います。
最後に今回出場するディレクター陣だったり、“未来のディレクター”たちにエールがあれば。
イワネス
審査員だから不用意なことは言えないんですが…
まあ僕は、結構厳しめに審査することになると思います。エールになっているか分かりませんが、その厳しい目を超えるものを見せてほしいです。
特にVol.8・Vol.9のインセイン組は傑作だと思っているので、今回それを超える作品が出てくることを楽しみにしたいです。
タイシ
俺も今回出るっちゃ出るからエールというと難しいけど、とりあえずまず、自分もサブディレクターとして頑張ります。
けれど今回の優勝って、イベントの歴史の中で1つ新しい記録になるよね。今まで関東で開催されてきたOut Hedgeは「俺とイワネスしか優勝してない」と言われてきたけど、そこに新しい人が入ってくる。
仮に俺が優勝したとしても、俺もイワネスもメインディレクターとして優勝することはあり得ないから、そこに名前を刻んでほしいですね。
イワネス
確かにそうですね。今後僕らが両方ナンバーを出さないことはあっても、その最初の1人目になれるのはこれが最初で最後です。
時代を切り裂くのは君だ。

イベント概要
「Out Hedge Vol.10」
日程 : 2024年 1月28日(日)
時間 : 13:00〜18:15 予定
会場 : 宮前市民館(神奈川県川崎市)
主催 : スキルハック
共催 : 川崎市
協力 : 有限会社 OVER THUMPZ
SPECIAL EDITION
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bmx競技の枠を超えた、新たなBMXの可能性を追求し続ける。NAO YOSHIDAインタビュー2026.05.06BMXフラットランドの世界で、競技の枠を超え「アーティスト」として独自の道を切り開いているNAO YOSHIDA。世界最高峰のエンターテインメント集団「シルク・ドゥ・ソレイユ」の舞台に立ち、現在展開されている全16作品の中で唯一のBMXパフォーマーとして世界を魅了している。アーティストとしても、タイヤで描く独自の技法「RIDRAWING」をはじめ、パリ2024オリンピックの開会式ではBMXの装飾を担当し、様々なブランドに作品を提供するなど、アート分野でも注目を集めている。 そんな彼がBMXに出会った頃から現在に至るまでの道のり、そしてプレイヤーである彼がいかにして「表現」の道を見出し、世界へと至るその軌跡について、たっぷりと語っていただいた。 NAO YOSHIDA(以下:N) 理解されなかった「二足のわらじ」。挫折を経て世界へ至るまでの軌跡 ―BMXを始めたきっかけは何ですか? N:BMXを始めたのは15歳の時です。もともとスポーツが得意なタイプではなく、体もそんなに強くなかったので、家でゲームをしたり絵を描いたりするインドアな人間でした。中学生になると周りは部活に入っていくじゃないですか。一方で自分はあまりアクティブではないので、ゆるい中学生活を送っていました(笑)。そんな中で「何かかっこいいことをしたい」という気持ちが生まれてきて、中学生らしい、ちょっと背伸びした理由がスタートでした 。 当時はテレビでX-GAMESを観たり、ストリート系のファッション雑誌を読んだりしていて、BMXに興味を持っていました。もともと自転車に乗るのは好きで、ウィリーやドリフトもしていましたね。中学2年の時に自転車が壊れて、「じゃあ新しいのを買おう」となった時に「そういえばBMXってあったな」と思い出して、ネットで3万円くらいのものを買いました。双子の兄も欲しがって、一緒に家の前で練習していたら、同級生も集まってくるようになってきて。参考になるような動画もほとんどなくて、雑誌やHOW TO本のコマ送りの写真を見ながら「これどうやるんだろう」とみんなで考えて練習していました。 ―当時は情報も少なかったですよね。 N:そうですね。ネットはあったけれど、今みたいに情報がまとまっている場所はほとんどなくて。BMXもやっと調べられる程度でした。しばらくは何もできなくて、簡単な技ができるくらい。でも高校生くらいになると、夜に駅前で練習している先輩たちのところへ行って、一緒に練習させてもらうようになりました。教えてもらうというより、見て覚える感じでしたね。 ―プロを意識したタイミングは? N:中学の卒業文集には「プロライダーになりたい」と書いていたらしいです。ただ当時はぼんやりしたもので、「上手くなりたい」くらいの意味でした。高校に入ってからも練習は続けていましたが、進路のタイミングで悩みました。自分は絵を描くのも好きだったので、美大を目指して予備校にも通っていたんです。 ただ、美大は倍率も高く、浪人している人も多い厳しい環境でした。BMXもやりながら勉強している自分は周囲からあまり良く思われていなくて、「どっちかにしないとダメだ」と言われてしまって。結果的に受験は失敗。そのまま気持ちが落ち込み、高校も中退しました。当時はまさに、どん底でしたね。 ―そこからどう進んでいったんですか? N:フリーターとして自転車屋で働きながら大会に出て、お金が貯まったら海外に行く、という生活をしていました。18歳くらいの時には「もう海外に行くしかない」と思い、19歳で初めてロンドンに行きました。2ヶ月ほど滞在してヨーロッパを回る中で、フランスの大会で優勝できたんです。海外への憧れもあって、アマチュアクラスではありましたが自分にとってはすごく大きな成功体験になりました。 ―その後の転機はありましたか? N:ニューヨークでアートのコンペに入賞して、個展をやる機会がありました。当時は軽い気持ちで応募していたので、まさか入賞するとは思ってもみませんでした。 急遽ニューヨークへのチケットを取ったのですが、お金が全然足りなくなってしまって。滞在費を稼ぐためにBMXのストリートパフォーマンスを始めたのですが、最初は全然稼げませんでした。でも試行錯誤していく中で、徐々に人が集まるようになり、最終的にはそれで生活できるくらいになりました。そこで初めて「見せるパフォーマンス」を強く意識するようになりましたね。 シルク・ドゥ・ソレイユで学んだ「失敗さえも芸術に変える」プロの覚悟 ―その後、舞台の世界にも入られていますよね。 N:はい。一度、舞台の裏側を学ぶために劇団四季で働きました。3年間ほど勤め、作品がどう作られ、どう観客に届けられているのかを学びました。ただその中で「自分は何をやりたいんだろう」と考えるようになって。夜遅くまで作業している時に、「本当はここで自分はパフォーマンスしたいはずなのに」と思ってしまったんです。それでその道を離れ、もう一度演者として挑戦することを決めました。 ―そこから世界的な舞台へと繋がっていくわけですね。 N:そうですね。チャンスがあって、シルク・ドゥ・ソレイユに参加することになりました。最初は1ヶ月の代役契約。その短期間で結果を出さないといけない状況だったので、パフォーマンスだけでなくコミュニケーションも含めて全力で取り組みました。1ヶ月の契約が終わる時も「絶対戻ってくるから、みんなよろしく!」と声をかけて(笑)。本気でやっていました。 そしたらディレクターの方にも気に入ってもらえて、2年間の契約をもらうことができました。年間300公演以上、何百万人もの前でパフォーマンスするという貴重な経験をすることができました。 ―ショーならではの考え方はありますか? N:最初に言われたのが「失敗を失敗として見せるな」ということでした。競技ではミスはマイナスですが、ショーではどうリカバーするかが重要なんです。観客にとっては小さなミスよりも、全体としてどう見えるかの方が大事。だからどんな表情をしているかもすごく意識しています。悔しそうな顔をしていたら、それこそ「ミス」として捉えられてしまうので。お客さんに見られている部分すべて含めて、自分が任されている役割になり切ることを大切にしています。あとは、一番奥の観客に届くように。トリックの難易度よりも、表情や空気感、全体の流れを重視しています。 タイヤで描く「RIDRAWING」。競技の枠を飛び出した新たな表現が生み出すBMXの可能性 ―音楽制作もされていると伺いました。 N:音楽は「わからないからやっている」という感覚に近いです。自分がどういうリズムに乗りやすいのか、どういう音が好きなのかを探るために始めました。BMXに乗るときも絵を描く時も、基本的にはイヤホンをして音楽を聞きながらすることが多いので、その時に聞いているものが表現や作品にすごく影響を与えると思っていて。一つのテーマを決めて制作に取り掛かるとき、聞いている音楽もそれに近いものを自分で作れたら、より表現に一貫性が出るのではないかと思っています。 ―BMXをただのスポーツとしてだけでなく、音楽やアート、コンテンポラリーダンスのような要素を掛け合わせているのは、Naoさん独自のスタイルですよね。 N:もともと舞台の裏側でものづくりを学んだ経験も大きいのですが、やはり自分の感情や考えていることを形にすることが好きなんです。今、BMXはオリンピック種目になるなど「競技」として非常に確立されていますよね。それは素晴らしいことですが、僕が惹かれたのはそこではなく、BMXが持つ「芸術性」や「文化的な側面」でした。競技は点数を競いますが、アートは競うものではなく、それぞれの表現がある。僕は今、BMXとアートが合わさった時に何が起きるのかを実験し、探求している感覚です。これは人生をかけて長く続けていきたいテーマですね。 ―その探求の象徴が、タイヤで描く「RIDRAWING」だと思います。この活動を通じて伝えたいメッセージは何でしょうか? N:ひとことで言えば「枠組みの外に出る」ということです。僕らは無意識に「これはこうあるべきだ」という固定観念の中で生きています。例えばライダーなら「タイヤは汚したくない」と思うし、画家なら「なぜ筆ではなくタイヤで描くのか」と疑問を抱く。どちらの側からも一歩引かれてしまうような、誰もやったことがない領域にあえて挑戦することに意味があると思っています。「見たことがないなら、やってみようよ」という姿勢を大切にしたいんです。 ―先日の「New Context Festival」では、ボイスパーカッションや三味線との共演も新鮮でした。 N:あのステージでは、伝統的な「和」へのリスペクトを持ちつつ、今の僕らにしかできない、誰も見たことがない「未来の和」を表現したかったんです。信頼できる仲間と一緒に、新しい可能性を提示できたと感じています。 ―海外での活動も長いですが、その広い視野はどのように養われたのでしょうか? N:海外へ行くようになって、自分の考えがいかに凝り固まっていたかに気づかされました。日本ではタブーとされることが評価されたり、その逆もあったり。言語だけでなく、音楽やアートという「共通言語」を通じていろんな人と対話することで、BMXをより俯瞰して見られるようになりましたね。好きなことを深掘りすればするほど、分野を超えていろんな人と繋がれる。それが視野を広げてくれたのだと思います。 ―最近は日本の大会で坂本龍一さんの楽曲を使ったパフォーマンスをされたそうですね。 N:はい。あえて競技性の高い大会で、衣装も自作し、3分間の音ハメに徹したコンテンポラリーなショーケースを作って出場しました。結果として優勝はできませんでしたが、技術点だけではない「表現」という一石を投じることができたと思っています。シルク・ドゥ・ソレイユでも技術があるのは前提として、「あなたは何を表現したいのか」という作家性が求められます。技術の先にある「何を伝えるか」を突き詰めていきたいですね。 世界で活躍し続ける唯一無二のアーティスト「NAO YOSHIDA」の今後の展望 ―最後に、今後の展望と、次世代へのメッセージをお願いします。 N:展望としては、まずシルク・ドゥ・ソレイユでの日々を大切にすること。現在16作品ある中で、BMXの枠があるのは僕が参加しているショーだけなんですよ。世界中でたった一人の役割として、その魅力を伝え続けたいです。 そしてアート面では、2026年にロンドンのギャラリーで展示を行います。19歳の時に初めて海外へ行って以来、ずっと憧れていた場所で、20年越しにようやく掴んだチャンスです。これを形にすることが、今の僕にとって最も大事なプロジェクトです。 若い世代の皆さんには、周りの声に惑わされず、自分の「かっこいい」を信じて突き進んでほしいです。たとえ失敗したと思っても、それは後から振り返れば大したことではなかったと思えることも多い。僕自身、多くの大人に「それは違う」と言われてきましたが、突き進んでみればそれが今の形になっています。自分を信じて、迷わず進んでみてください。
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surf最終決戦の結末、S.LEAGUEグランドファイナル2026.05.012026年4月21日(火)から25日(土)までの5日間、千葉県一宮町・一宮海水浴場を舞台にシーズンのすべてが決着する最終戦「S.LEAGUE 25-26 GRAND FINALS」が開催された。今大会では、これまで決まっていなかったショートボード男子、ロングボード女子、マスターズクラスのグランドチャンピオンが誕生し、すべてのカテゴリーでシーズンの結末が描かれた。さらに、ショートボード、ロングボード、マスターズクラスに加え、特別戦「さわかみチームチャレンジ一宮」も実施。競技の枠を超えた新たな見どころも生まれた。大会初日は台風のうねりが残り頭オーバーのサイズに加え、風の影響も受けるハードなコンディションに。期間を通しても常に胸以上の波があり、難しい時間帯はあったものの十分なサイズの中で戦いが繰り広げられた。また会場では、BMWによる車両展示や試乗会が実施され、多くの来場者で賑わいを見せた。 ©︎S.LEAGUE あわせて、本大会期間中には特別イベント「S.LEAGUE BEACH COMMONS」も開催。4月23日から25日までグランドファイナルと同じ一宮海岸エリア内で展開され、ブランドやメーカーによるブース出展を通じてサーフィンを軸としたライフスタイルやカルチャーを体感できる空間が広がった。競技観戦とともに楽しめる、新たな取り組みとして注目を集めた。 野中美波、逆転で今季2勝目 野中美波 ©︎S.LEAGUE ショートボード女子のファイナルは、野中美波と川瀬心那の対戦。このマッチアップは、昨年11月にフィリピンで開催された「WSL QS4000 Baler International Pro 2025」以来の顔合わせとなった。ヒート序盤は川瀬が主導権を握る展開に。1本目に6.00ポイント、続く2本目でも4.25ポイントをスコアし早い段階で2本を揃える。コンディションを見極めながら的確に波をつかみ、安定したヒート運びを見せた。一方の野中は、3本目で5.00ポイントをスコアするも、逆転には5.26ポイントが必要な状況に追い込まれる。しかし後半、野中がセットをつかむと掘れたセクションへ鋭い縦のアプローチ。ワンマニューバーながらクリティカルなセクションでキレのあるライディングを見せ、6.75ポイントをマーク。一気に逆転に成功した。川瀬もバックアップを4.65ポイントまで伸ばして応戦するが、再逆転には届かず。野中がそのままリードを守り切り、第3戦・鴨川大会に続く今季2勝目を手にした。 野中美波 ©︎S.LEAGUE 試合終了後の川瀬心那と野中美波 ©︎S.LEAGUE 地元で圧巻のライディング、大原洋人が優勝 大原洋人 ©︎S.LEAGUE ショートボード男子のファイナルは、大原洋人と安室丈の対戦。序盤は安室が4.75ポイント、4.25ポイントと2本をまとめリードする展開に。一方の大原は、3本目に6.00ポイントをスコアするも、その後は波を待つ時間が続く。しかし後半、大原が6.75ポイントをマークし逆転に成功。さらにヒート終了まで残り2分を切った場面で事前のインタビューでも「エアーを見せたい」と語っていた通り、エアーリバースを組み込んだライディングを披露し、8.25ポイントのエクセレントスコアを叩き出した。安室はコンビネーションシチュエーションまで追い込まれ、そのままヒート終了。地元・一宮海岸を「庭」と語っていた大原が、見事優勝を決めた。 大原洋人 ©︎S.LEAGUE 西優司、初のS.LEAGUEチャンピオン獲得 西優司S.LEAGGUEが決定した瞬間 ©︎S.LEAGUE ショートボード男子のグランドチャンピオン争いは、西優司と西慶司郎の兄弟対決に絞られていた。 西家の次男・慶司郎と三男・優司によるタイトル争いは、今大会を象徴する大きな注目ポイントのひとつとなった。西優司はファイナル進出で自力チャンピオンが確定する状況。一方で、西優司がセミファイナル以前で敗退した場合、西慶司郎の結果次第で逆転の可能性が残されていた。 先にヒートを迎えたのは弟・西優司。今シーズンは怪我の影響で思うように試合に出場できず、復帰戦となる塚本勇太との対戦となった。ヒートは塚本がリードする展開に。西優司も応戦するが逆転には至らず、ここで敗退。チャンピオンの行方は、兄・西慶司郎の結果に委ねられることとなった。 一方、西慶司郎は稲葉玲王と対戦。サーフボードを変えて臨んだ西慶司郎は、序盤からスピードとキレのあるライディングでリードを広げ、稲葉をコンビネーションに追い込み勝利は目前かと思われた。 しかし終盤、試合が大きく動く。稲葉がレフトの波で大きなスプレーを上げるリエントリーを2発決め、7.35ポイントをスコア。コンビネーションを脱し、ニードは6.15ポイントへと縮まる。 さらに残り1分を切った場面で、稲葉が再びレフトをつかむ。パワフルかつスピード感のある2ターンコンボでフィニッシュし、6.55ポイントをマーク。劇的な逆転で勝利を手にした。 この結果、西慶司郎はここで敗退。西優司の初となるグランドチャンピオンが確定した。 西優司 ©︎S.LEAGUE 吉川広夏、接戦制し優勝 S.LEAGUEチャンピオン獲得 吉川広夏 ©︎S.LEAGUE ロングボード女子のファイナルは、吉川広夏と田岡なつみの対戦。海外ツアーでも結果を残す2名によるハイレベルな一戦となった。オンショアの影響で海面が乱れロングボードには難しいハードなコンディションの中、先に仕掛けたのは田岡。ハングファイブからマニューバーへと繋ぎ、見事インサイドまでつなげたライディングに7.00ポイントをスコアし、リードを奪う。一方の吉川もすぐに2本を揃えて応戦し、主導権を握り返す。その後、田岡も6.00ポイントをマークして再逆転し、吉川に必要なスコアを7.83ポイントまで追い込んだ。しかし中盤、吉川が試合を動かす。完成度の高いライディングで8.50ポイントを叩き出し、再びトップに立つ。ヒート終了間際、田岡にも逆転のチャンスが訪れる。必要なスコアが6.68ポイントの中ラストウェーブに乗るが、スコアは両者が浜に戻った後に発表される緊張の展開に。結果は6.23ポイントにとどまり、逆転には届かず。吉川が見事優勝を飾った。 なお吉川は、本大会でラウンド1を勝ち上がった時点でS.LEAGUEチャンピオンを確定。JPSAグランドチャンピオンとあわせ、通算7度目のタイトル獲得となった。 吉川広夏 ©︎S.LEAGUE 浜瀬海、全戦優勝で完全制覇 浜瀬海 ©︎S.LEAGUE 男子ロングボードのファイナルは、すでに最終戦を待たずしてS.LEAGUEチャンピオンを確定させている浜瀬海と秋本祥坪の対戦。今大会の注目は、浜瀬が全戦優勝となる“完全優勝”を達成するかに集まった。ヒートは開始直後から浜瀬が主導権を握る。1本目から8.67ポイントをスコアし、圧倒的なスタートを切った。一方の秋本も、1本目に4.00ポイント、続く2本目で4.50ポイントをスコアし応戦するが、その後はスコアを伸ばすことができず、流れを引き寄せることができない。後半、浜瀬はさらにギアを上げる。9.20ポイントのハイスコアをマークし、自身のリードを大きく広げると、秋本をコンビネーションに追い込み、そのままヒート終了。浜瀬が優勝を果たし、これで今シーズン全5戦すべてを制する完全優勝という快挙を達成した。 浜瀬海 ©︎S.LEAGUE 優勝必須の中で頂点へ、牛越峰統がS.LEAGUEチャンピオン獲得 牛越峰統 ©︎S.LEAGUE マスターズ男子のグランドチャンピオン争いは、山田桂司、舟橋大吾、牛越峰統の3名に絞られていた。山田は2位以内で自力チャンピオンが確定する状況。一方で、舟橋と牛越は優勝が絶対条件と厳しい条件の中で最終戦を迎えた。大会が進む中、まず舟橋がラウンド3で敗退。さらに山田も準決勝で敗れ、最終順位は7位に。この時点で、牛越が優勝すればグランドチャンピオン獲得という構図となった。 迎えたファイナルは、脇田貴之、河野正和、東川泰明、牛越峰統の4名による戦い。ヒート開始直後、河野がライトの波をつかみ、7.33ポイントをマークし先行する。一方で脇田と東川も5点台をスコアし拮抗した展開に。その中で、タイトル獲得には優勝が絶対条件の牛越が6.33ポイントをスコアし、トップに浮上した。ヒート終盤、残り時間が少なくなる中、牛越は残り2分を切った場面で再び波をつかみ6.87ポイントをマーク。トップスコアを塗り替えリードを広げ、そのままヒート終了。牛越が優勝を手にするとともに、年間チャンピオンも確定。JPSA時代に1度、さらにS.LEAGUEでも2度目となるタイトル獲得という偉業を達成した。また昨年に続き、優勝が絶対条件という状況の中でタイトルを手にしたことも、その強さを印象づける結果となった。 牛越峰統 ©︎S.LEAGUE チームワークで頂点へ、Channel Islands Surfboardsが優勝 Team Channel Islands Surfboards Supported by Maneuverline ©︎S.LEAGUE 大会4日目に実施され、ファイナルのみ最終日に行われた特別戦「さわかみ チームチャレンジ 一宮」。最終日のラストを飾る一戦として開催された。本イベントはS.LEAGUEのレギュレーションに基づき、選手4名とコーチ1名で構成されるチーム対抗形式で行われる。オフィシャルブランドチームに加え、NSA・NSSA、開催地シードチームを含む全9チームが出場。個人戦とは異なる戦略性とチームワークが求められるフォーマットも、大きな見どころとなった。 ファイナルは「The RLM rubber」と「Channel Islands Surfboards Supported by Maneuverline」の対戦。 Channel Islands Surfboardsからは村上舜と石田海夏、The RLM rubberは森大斗、森舞果の兄妹が出場した。決勝はチームで最大9本まで波に乗ることができ、プライオリティもチームで共有。ベスト2ウェーブの合計で勝敗が決まるフォーマットで争われた。ヒート開始直後、Channel Islands Surfboardsの石田がレフトの波をキャッチ。カービングから鋭いリエントリーで7.00ポイントをマークし流れを引き寄せる。続いて村上もアウトからインサイドまでつなぐライディングで6.17ポイントをスコア。さらに7.50ポイントもスコアしトップスコアを塗り替え、一気にリードを広げた。これに対しThe RLM rubberは厳しい展開を強いられる中、森大斗がライトの波で5.70ポイントをスコアし、コンビネーションは脱するものの、ニードは8.73ポイントと依然として高い壁が立ちはだかる。終盤、逆転のチャンスとなる波は入らず、そのままタイムアップ。 Channel Islands Surfboards Supported by Maneuverlineが勝利を収めた。 石田海夏 ©︎S.LEAGUE 村上舜 ©︎S.LEAGUE 次なるシーズンへ、26-27ツアーは7月開幕 ©︎S.LEAGUE このグランドファイナルをもって、S.LEAGUE 25-26シーズンはすべての日程を終了した。次なる26-27シーズンは、7月からスタートする。 S.TWOショートボード開幕戦「大洗プロアマオープン」が、7月2日から4日(予備日5日)にかけて茨城県大洗町・磯場ポイントで開催予定。続くS.ONEツアー開幕戦は、7月8日から12日(予備日13日)「第30回茨城サーフィンクラシック 河原子プロ」として、茨城県日立市・河原子海水浴場で実施される。またS.TWOロングボードは、7月25日から26日(予備日27日) 茨城県鉾田市・とっぷさんて下での開催が予定されている。新たなシーズンの幕開けとともに、次なる戦いが始まる。 さわかみ S.LEAGUE 25-26 GRAND FINALS 一宮 結果 《ショートボード男子》優勝:大原洋人2位:安室丈3位:塚本勇太、金沢呂偉《ショートボード女子》優勝:野中美波2位:川瀬心那3位:石田海夏、馬場心《ロングボード男子》優勝:浜瀬海2位:秋本祥坪3位:塚本将也、小熊海ノ介《ロングボード女子》優勝:吉川広夏2位:田岡なつみ3位:市川梨花、榊原頼子《マスターズ》優勝:牛越峰統2位:河野正和3位:脇田貴之4位:東川泰明 特別戦さわかみチームチャレンジ一宮 優勝:Team Channel Islands Surfboards supported by Maneuverline2位:Team The RLM rubber3位:Team ICHINOMIYA
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dance『マイナビDANCEALIVE 2026 FINAL』新時代到来、新王者続出の歴史的大会、世界へ広がるダンスアライブの現在地2026年4月19日(日)、両国国技館にて世界最大級のストリートダンスイベント『マイナビDANCEALIVE 2026 FINAL』が開催された。メインコンテンツのバトルでは、HOUSE、HIPHOP、BREAKING、ALL STYLES、KIDSに加え、今大会からPOPPINGが新たに加わり、全6部門で争われた。 UNDERGROUND STAGEでは「STILL IN THE GAME -最終極戦-」(当日最終予選サイファー)が実施され、各地方予選で準優勝となったダンサーたちが参加。サイファー終了後、参加ダンサー同士の指名によって、HOUSE、HIPHOP、BREAKING、ALL STYLESの各カテゴリーにおけるファイナリスト最後の1枠が決定した。その後、MYNAVI STAGEでは各ジャンルのTOP8によるハイレベルかつ白熱したバトルが繰り広げられ、会場は大きな盛り上がりを見せた。 EXHIBITION BATTLE (SENEGAL VS GHANA) EXHIBITION BATTLE (SENEGAL VS GHANA) 準決勝前には、アフリカで開催されたDANCEALIVEから、セネガルとガーナを代表するダンサー各2名による2on2のエキシビションバトルが実施された。太鼓隊による生演奏の中、ネイティブな空気感あふれるフリースタイルバトルが繰り広げられ、アフリカのカルチャーを強く印象づけた。 即興セッションによって会場のボルテージは最高潮に達し、そのエネルギーは場内全体へと伝播。アフリカ地域を起点に、DANCEALIVEのムーブメントが世界へと広がっていることを感じさせる一幕となった。 KIDS 優勝 「珀翔」 ©マイナビDANCEALIVE 2026 FINAL 毎年大人顔負けな高いレベルのバトルが繰り広げられるKIDS部門。決勝戦は珀翔対REIRAのカードに。どちらが勝っても初チャンピオンとなる対決。3:2の接戦の末、POPPINGを武器とする珀翔が初優勝を果たした。珀翔は「ポッパーのファイナリストが少ない中優勝できて嬉しいです。もう一度優勝できたら嬉しいです。」とコメントした。 ©マイナビDANCEALIVE 2026 FINAL 珀翔インタビュー 優勝した感想を教えてください。とにかく嬉しいっていうのが1つなんですが、KIDSのファイナリストの中でポッパーが少ないと思い、ポッパーとして負けられないという気持ちがありました。ポッパーの一人として優勝できてよかったです。 印象に残った対戦相手はいましたか?NALU一択ですね。NALU君は技術もすごいんですけど、踊りに爆発的なものがあって。 対戦相手が決まった時からずっと意識していて、実際に戦って楽しかった反面怖さもありました。 今後の目標があれば教えていただけますか?今後はALIVE2連覇を目指して頑張って、世界でも戦えるようになりたいと思っています。 HOUSE 優勝 「YOUTEE」 ©マイナビDANCEALIVE 2026 FINAL HOUSEの決勝カードはYOUTEE対shu_heiとなった。どちらが勝っても初優勝のバトル。BREAKINGのスタイルを軸に様々なジャンルを横断するYOUTEEがHOUSEで勝利し初優勝となった。「今日の結果は今日の結果で、次のALIVEのシーズンもすぐ始まると思うので、また来年も皆さんのことを楽しませられるように出場しようと思います。」とコメントした。 ©マイナビDANCEALIVE 2026 FINAL YOUTEEインタビュー 優勝した率直な感想を教えてください。ここに向けていろいろ自分の活動もありつつ、でもどうしても今年優勝したくて、たくさん練習をしてきて、結果がついてきて嬉しいですし、応援してくださってる皆さんに少しでも恩返しできて何よりです。 D.LEAGUEでしたり他の活動もある中でダンスバトルを両立するポイントはありますか?ダンスっていろんな角度がやっぱりあって。 もちろんバトルだったり、D.LEAGUEみたいなショーコンペティションだったり、あとは振り付け師だったり、バックダンサーとかいろんなダンサーが輝ける場所があると思うんですけど、やっぱり自分はどこに行っても、やっぱりバトル、自分のダンスが好きなんで、好きだったら両立できるんじゃないかなっていうふうに思います。 KOSÉ 8ROCKSの練習が大体昼から夕方なので、ALIVEの1回戦目が12時頃からなんで、そこにピーク持っていけるように朝早起きして練習して体を作って という生活を1ヶ月ぐらいしてたので、今日もやっぱり途中で疲れたり眠くなったりせずにその練習が活きたと思います。 今後の目標があれば教えていただけますか。やっぱりこのBREAKINGだけのレペゼンの人がHOUSEサイドを優勝するって多分まだなかったと思うんですけど、BREAKINGも好きだし、HOUSEも好きだし、ダンスが好きなんで、これからも自分のダンスと見つめ合って、まだまだ日本にももちろんそうですし、世界にもたくさん素晴らしいダンサーさんたちがいっぱいいるので、そこと肩を並べられるように精進していきたいなと思います。 HIPHOP 優勝 「YUUSHIN」 ©マイナビDANCEALIVE 2026 FINAL HIPHOPの決勝カードはKROW対YUUSHIN。圧倒的なリズム感、ボディコントロールの高さで魅せたYUUSHINが決勝戦を3:0で制し、今大会初優勝となった。YOUTEEに続き、今大会二人目のDリーガーの優勝となった。 ©マイナビDANCEALIVE 2026 FINAL YUUSHINインタビュー 優勝した感想を教えてください。このALIVEで優勝するのが一番の目標だったので、なんだかんだ毎年出ていて、次の年に向けるこの一年はALIVEが過りながら生活している感覚でした。去年ダメでその前もダメで今年こそと思っていたんで、それが今実現している自分に本当に優勝したんだなという感じです。 D.LEAGUEでの活動と、個人としてのソロバトル。多忙な中で両立させるポイントや、準備で意識していることはありますか?実は来週にもD.LEAGUEのラウンドを控えていて、大会の直前までチームの練習に励む毎日でした。 練習漬けの日々の中で、気持ちに波がある時期もありましたが、1週間前くらいから「そわそわ」が「ワクワク」に変わっていきました。 僕の拠点である静岡県浜松市での時間も大きかったと思います。 東京での練習を終えて浜松へ帰る道中や、地元で過ごす一人の時間が多く持てたことで、うまく心のバランスが取れたのだと、今日を終えて改めて感じています。 今後の目標を教えてください。一番の目標だったアライブ優勝を果たした今、次を考えるのは難しいですが、やはり目の前にあるD.LEAGUEでの戦いです。 来週のラウンドを1位で通過し、その先のCS(チャンピオンシップ)で優勝すること。 個人での戦いを終えた今は、次はチームのみんなで頑張ろうというモチベーションでいっぱいです。 POPPING 優勝 「SHOW-GO」 ©マイナビDANCEALIVE 2026 FINAL 今大会初開催となったPOPPINGカテゴリー。決勝戦はSHOW-GO対RYOSUKEの対決となった。2:1の接戦の末、数々のショーケースでも活躍する実力派のSHOW-GOが勝利を収めた。SHOW-GOは「観客の皆さんの声が力になりました。来年さらに力をつけてもう一度ALIVEに戻ってくるので見に来てもらえたら嬉しいです。」とコメントした。 ©マイナビDANCEALIVE 2026 FINAL SHOW-GOインタビュー 優勝おめでとうございます。率直な感想を教えてください。ありがとうございます。でも、自分にはまだまだ足りない部分が多すぎて、決勝でも達成できなかったことがあまりにも多かったです。だから、どこか「もやっとした気持ち」のままの、複雑な心境ですね。 最近、自分と向き合って練習すればするほど、本当にすごい人たちがどれだけやばいかが分かってくるんです。それと同時に、自分がいかにできていないかも痛感します。世界で活躍する先輩ポップダンサーたちのように、自分もさらなる高みへ行きたいという思いが強いんです。 SHOW-GOさんが目指す「理想の踊り」とは、どのようなものですか?僕はPOPPINGもアニメーションもダンス全部が好きなんです。だから、それらを自分の中で良いバランスで混ぜ合わせたい。でも、そのスタイルを完成させるにはまだ時間がかかっていて、現時点では完成に向かっている途中です。 常に解決できていない課題が自分にまとわりついているような感覚です。でも、バトルを途中でやめることも、逃げ出すこともしたくない。だからこそ、納得がいかない状態であっても出続けることを選んでいます。 今後の展望についてお聞かせください。まずは、自分にできていない部分を一つひとつ、丁寧に磨き直すことが先決です。今はアウトプットする時間が足りていないので、しっかりと自分を見つめ直し、修正していく時間を実行に移したいと考えています。突き詰めたからこそ見えてきた先輩方のすごさを改めて研究し、そこに近づき、いつかは超えていけるように取り組んでいきたいです。これからも挑戦は止めず、バトルもコンテストも、すべて本気でぶつかっていこうと思います。 BREAKING 優勝「NORI」 ©マイナビDANCEALIVE 2026 FINAL BREAKINGの決勝戦はNORI対SKEEのカードに。20年以上のキャリアを持つベテランのBBOY、NORIが決勝戦を2:1で制し今大会初優勝を飾った。NORIは「やっと獲れました。BREAKINGは若い子の方が体が効くし、長く踊るのは大変なんですよ。今年で40歳になるんですけど24年バトルに出続けていて、辛いことも多かったですが良いこともありました。他のジャンルで先輩も踊ってかましていていいなと思いますし、BBOY、諦めずに踊りましょう。あまり良い踊りができなかったので僕も来年またリベンジします。」とコメントした。 ©マイナビDANCEALIVE 2026 FINAL NORIインタビュー 優勝おめでとうございます!今の率直な心境はいかがですか?やっと優勝できた、という気持ちが一番強いですね。 優勝という結果でしたが、ご自身の踊りには納得がいっていない部分もあったとお聞きしました。具体的にはどのような葛藤があったのでしょうか?踊り方をリニューアルしている最中なんです。その真っ只中で今大会に出ることを決めたため、本番ではどうしてもリニューアル前の感覚で踊ってしまう部分がありました。練習しているものとは違う感覚で踊りながら、構成がぐちゃぐちゃにならないよう気を引き締めてパフォーマンスをしていたので、今自分が磨いている本当のダンスを完全に見せることができず、納得のいく踊りにはなりませんでした。 そのような制約があった中で、ご自身で評価できる「攻め」のポイントはどこでしたか?普通の人が遊ばないような感じで遊べたことは、良かった点だと思っています。 さらなる高みを目指すNORIさんの、今後の目標を教えてください。まずは、自分自身が納得できるダンスに少しでも近づけるように頑張りたいです。また、ALIVEをはじめとする自分が良いと思うイベントを、出場することでさらに盛り上げていければと考えています。 ALL STYLES 優勝 「GUCCHON」 ©マイナビDANCEALIVE 2026 FINAL すべてのダンススタイルで戦うALL STYLESカテゴリー。決勝戦のカードはGUCCHON対Booと、WATER BOYzのチームメート同士のPOPPING対決となった。決勝戦の最後には2名で同時に振りを行うシーンも生まれ、リスペクトあふれる戦いとなった。GUCCHONが決勝戦を制し、ALL STYLESで5度目の優勝という快挙を成し遂げた。GUCCHONは「Booのムーブにはマジで食らいました。まだこれからもバトルの最前線でやっていきたいと思っているので応援よろしくお願いします。」とコメントした。 ©マイナビDANCEALIVE 2026 FINAL GUCCHONインタビュー 今の率直な感想をお聞かせください。もう、率直にめちゃくちゃ嬉しいです!いつもギリギリの戦いではあるんですけど、今回は本当に超ギリギリな感覚があって。その中で、自分を出し切ることができたのが何より誇らしいし嬉しいですね。 今大会で、特に印象に残っている対戦相手はいますか?正直、バトルの相手はみんな凄まじいクラスばかりでした。本当にヤバいやつらばかり。でも、その中でもやっぱり決勝戦のBooは食らいましたね。リスペクトし合う中でバトルできて最高に楽しかったです。僕らはWATER BOYzというチームをやっていて、そのメンバーも見守ってくれている中で、ALL STYLESの決勝という最高のステージでバトルができた。それが本当に嬉しかったですね。 今回で5度目の優勝となります。これほどまでにGUCCHONさんを突き動かす、この大会の魅力とは何でしょうか。やっぱり、夢がある場所だからですね。1万人以上のお客さんが見守る中で、たった一人でステージに立って1on1で戦う。あの瞬間の歓声や反応を一度味わってしまうと、もうやめられません。自分の中ではエンドルフィンがドバドバ出ているような感覚なんです(笑)。あの高揚感があるからこそ、また次も、と駆り立てられるんだと思います。 今後の目標、これからのダンスとの向き合い方について教えてください。ステージに立ってみて改めて思いましたが、あと数年、行けるところまでこうして戦い続けたいと思っています。ただ、ダンスにはまた別の楽しみ方もあります。僕が教わったのは、「パーティー」「サイファー」「バトル」という3つの要素です。今は世界中でバトルが熱狂的に流行っていますが、バトルだけにフォーカスするのではなく、パーティーとサイファー、この3つの「弾」を込めてショットするのが本当のバトルだと思っています。 パーティーやサイファーを経験することで、その人のパーソナリティが出る。それを大事にしたいんです。だから、これからはバトルだけじゃなく、パーティーやサイファーにもしっかりとアンテナを張って、踊り続けていきたいですね。 DANCEALIVE プロデューサー TATSUKI インタビュー Tatsuki 新しいトラック(取り組み)も含め、盛りだくさんの内容だったと思います。イベントを終えたばかりの今、率直な感想を教えてください。ひとまず、無事に終わってホッとしています。このイベントは計4箇所のステージが同時進行するスタイルなので、例年だとどこかしらでトラブルが起きたり、進行が押してしまったりすることが多いんです。 過去には雨で一部のプログラムが実施できなかったり、予期せぬ事態に振り回されることも多々ありました。ですが、今年は驚くほどスムーズに進行することができました。 今回、セネガルやガーナの選手を招致したり、当日予選のSTILL IN THE GAMEを行ったりと、新しい試みもありましたね。セネガルとガーナの選手の登場は、かなりの衝撃だったと思います。ジャンル分けされた流れの中に彼らが飛び込んできたことで、良い意味でむちゃくちゃになりましたが、自分から楽しもうとするお客さんの熱量と上手くマッチして、素晴らしい盛り上がりを見せてくれました。 また、STILL IN THE GAMEは初の試みでしたが、当日予選を勝ち抜いた選手が裏に送られる様子は、僕が想定していたM-1グランプリの敗者復活戦そのものでした。対戦カードを事前に一部発表してワクワクを作りつつ、当日の勝ち上がり枠を残すことで、理想通りのドラマチックな展開を生むことができました。これは今後もぜひ続けていきたいですね。 今年のDANCEALIVEを振り返って、どのような変化を感じましたか?去年20周年を終え、21年目からのさらなる飛躍を考えた時、大事なのは新たなアイコンを生み出すことだと思っていました。かつての僕らが憧れた先輩たちのような、かっこいいアイコンをここから作っていかなければならない。 結果として、今年はKIDS、HIPHOP、HOUSE、BREAKING、そして新設されたPOPPINGを含む6ジャンル中、5ジャンルで初優勝者が誕生しました。まさに新時代の幕明けにふさわしい結果になったと感じています。負けたプレイヤーが次はあそこに立ちたいと悔しさを糧にする、そのサイクルを今後も生み出し続けていきたいです。 今後の目標や、見据えている展望について教えてください。まずは、新設されたPOPPINGサイドを、ポッパーの皆が目指すべき場所として確立させることが目下の目標です。そしてその先には、今始まっている「ワールド(世界大会)」をさらに整えていきたい。将来的にはオリンピックのように、今年は日本、来年はアメリカというように、所属国を回る「ワールドファイナル」を実現させたいですね。そこで優勝すれば人生が変わるような、夢のある仕組みを作りたいと思っています。 ダンサーだけでなく、一般の人へのDANCEALIVEの広がりについてはどうお考えですか?ダンスに詳しくない人が見ても、このイベントは絶対に面白い。だからこそ、ダンサーが歩み寄って分かりやすくするのではなく、仕組みとしてその魅力を伝える努力を僕らがしていくべきだと考えています。ストリートダンスがストリートダンスのまま、ちゃんと飛躍できること。この誇り高さや熱狂をマンネリ化させず、試行錯誤を続けていけば、自ずと人はついてくると信じています。 最後に ©マイナビDANCEALIVE 2026 FINAL 『マイナビDANCEALIVE 2026 FINAL』は、新設されたPOPPINGカテゴリーの追加や当日予選「STILL IN THE GAME」などの新たな試みにより、これまで以上にドラマチックな展開を生み出した。各ジャンルで多くの初優勝者が誕生し、次世代のスターが台頭する新時代の幕開けを印象付ける大会となった。 さらに、セネガル対ガーナのエキシビションバトルに象徴されるように、DANCEALIVEは世界規模での広がりを見せている。トップダンサーたちの熱量と観客の熱狂が交差するこの舞台は、今後もストリートダンスシーンの中心として進化を続けていくだろう。次のシーズンではどのような物語が生まれるのか、引き続き注目していきたい。
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culture430/Fourthirty 30周年記念連載:第4弾~「継続」という価値の先へ。上原洋が描く、仲間と共に切り拓くFourthirtyの未来~日本国内のストリートカルチャーシーンにおいて、BMXライダーを中心に深く愛され続けているアパレルブランド「430/Fourthirty(フォーサーティー)」が、今年でブランド設立30周年を迎える。 1996年に5名のプロBMXライダーによって発足し、その一員である上原洋を中心に歩みを進めてきた同ブランド。彼らが長年にわたるBMXとの関わりや数々の旅を通じて得た経験、そして機能性を追求した素材選びや時代ごとのテーマを反映したグラフィックなど、周囲のアーティストたちと共創したエッセンスがアパレルに落とし込まれている。現在ではBMXライダーをはじめ、ストリートカルチャーを生きる多くの人々に寄り添うデザインを展開し、シーンから絶大な支持を集めるブランドだ。 そして5月2日(土)にFourthirtyの創業30周年を記念するイベント「みどりな夜 2026 – 430 30th ANNIVERSARY」が開催される。この度、FINEPLAYでは当イベントに先駆けて、Fourthirty創立メンバーである上原洋氏に行ったインタビューを全4回の連載企画としてお届けする。 最終回となる第4弾では、30周年という大きな節目に開催される伝説的イベント「みどりな夜」の復活にかける想い、そしてブランドがこれから向かう「未来」と「展望」について語ってもらった。 7年ぶりに復活。5月2日、渋谷club asiaで交差するカルチャーの祭典 財満:いよいよ連載も最終回です。今回は、目前に迫った30周年記念イベント『みどりな夜 2026』と、その先の未来について伺いたいと思います。このイベント、実に7年ぶりの開催なんですね。 上原:そうなんです。2019年までは毎年恒例だったのですが、コロナ禍でタイミングを逃してしまって。でも今回、Fourthirtyが30周年で、会場の『club asia』も30周年。その奇跡的な重なりもあり、「じゃあ、やるか!」と決まりました。 財満:深夜23時スタートという、まさにストリートの夜が戻ってくる感じですね。 上原:最近は昼のイベントが主流ですが、1年に1回くらいは夜に無理して遊びたいじゃないですか(笑)。逆に「そういうイベントを待っていました!」という声もいただいています。 今回はJ-REXXXやDJ BAKU、幼馴染でもあるHOME MADE 家族のU-ICHI、さらにはスペシャルゲストとしてあの人や、TikTokで人気のユニットK&Kなど、旬のアーティストから長年一緒に走ってきた仲間まで、最高のメンツが集まってくれました。 右:J-REXXX 財満:Fourthirtyの歴史を彩ってきた「ハブ」としての繋がりが、そのままステージになるわけですね。 上原:キャスティングは本当に悩みました。でも結局「今の旬」を追うよりも「共に歩んできた仲間」を大切にしたかったので、BMXのジャムセッションでは、僕や(田中)光太郎といったベテランに加えて若手も登場します。「おじさん頑張ってるな!」という姿をぜひ見に来てほしいですね。 お世話になってきた方々や様々な業界の人も集まるので、自分たちが培ってきた文化をしっかり見せていきたいと思っています。 「30年のバリューを作るには、30年かかる。」430が示す継続の価値 財満:4月4日で49歳になったんですよね。僕より2ヶ月半早い。 上原:そうそう。気づけば「来年50歳です」と言える年齢になっていました(笑)。 財満:そんな上原さんが30年続けてきたFourthirty。FINEPLAYは今13年目ですが、その倍以上。立ち上げるのも大変ですが、継続するというのはマインド、人、お金、すべてを考え抜かなければならない、凄まじいことだと思います。 上原:悪い意味で言えば「適当」、良い意味で言えば「ゆっくり、落ち着いている」。そんな空気感でやってきたのが良かったのかもしれません。若手が能動的に動いて、いろんなものが形になっていく。逆に「30年いくぞ!」と最初から意気込みすぎていたら、きっと持たなかったでしょうね。やりたいことと、やらなきゃいけないこと。そのバランスをずっと見てきた結果です。 2000年代後半~2010年当時のスナップ でも、やっぱり30年のブランドバリューを作るには30年かかるんですよ。こればかりはショートカットできません。続けることが一番難しいからこそ、やれるところまでやりたいですね。 財満:その「継続」の価値は、ファンにもしっかり伝わっている気がします。 上原:「30年やっていて、あのクオリティを維持しているのはすごい」と言ってもらえるのは嬉しいですね。SNSを駆使するよりは、現場で会ったり、お店に来てくれたり、イベントで一緒になったりする「フィジカルな出会い」でファンが増えている感覚です。 展示会もある種のコミュニティになっています。SNSが発達して人間関係が希薄になりがちな時代だからこそ、人はどこかでちゃんと繋がっていたい。そんな「人間対人間」の体温があるやり取りを大切にしたいんです。 展示会の様子 仲間を上げ、カルチャーを繋ぐ「船」の行方 財満:今後の展望としては、どんなことを仕掛けていきたいですか? 上原: まさに「Everything is fuel to our energy」という言葉の通りで、僕は周りの人に引き上げられてここまで来れたと思っています。なので、これからは僕が周りを引き上げていけるようにしたいです。若手が憧れるようなブランド、チームにしていくことが目標です。 たとえばFINEPLAYを通じて若手をフックアップしていると思いますが、別の道や繋がりを提示してあげることはすごく重要だと思います。Fourthirtyも同じで、メンバー構成は少しずつ変化していて、光太郎がお守(店)や育成に集中し、制作には新しい若手が出てきている。それを「進化」と捉えて、新しい化学反応を楽しんでいきたいですね。AIのような便利なものも活用しつつ、最後はフィジカルな付き合いを大事に、このFourthirtyという船で行けるところまで行きたいです。 財満:全4回にわたって、上原洋さんに話を伺ってきました。過去から現在、そして未来へ。 Fourthirtyはこれからも形を変えながら、ストリートに欠かせないカルチャーとして続いていくはずです。本当にありがとうございました。 上原:ありがとうございました!とても楽しかったです。 今回のインタビューはPodcast「SESSIONS Presented by FINEPLAY」でも! FINEPLAYがスタートした新音声メディア「SESSIONS Presented by FINEPLAY」にて今回のインタビューもお聴きできます。 上原洋プロフィール 元プロBMXライダー。現在はアパレルを中心に、BMX、関連商品を販売する430 co.,Ltd の代表。2021年の東京オリンピック組織委員会でBMXの技術マネージャーを担当。またUCI BMX FREESTYLE 国際大会審査員も務める。2010年に原宿キャットストリートに430のヘッドショップであるDECADE TOKYOをオープンさせ、2024年に同じキャットストリートにDECADE TOKYOがリニューアルオープンした。 「みどりな夜 2026 – 430 30th ANNIVERSARY」 イベント概要 430 30th ANNIVERSARY “みどりな夜 2026”今回は430の30周年も重なる、特別な一夜。 クラブエイジアのフロアをフルに使い、BMX、LIVE、DJが交差するお祭り的な一夜。“みどりな夜”名物、BMXフラットランドのジャムセッションも開催。クラブという異空間で繰り広げられるライディングは、ここでしか見れない景色です。今回集まってくれたのは、これまで430と共にシーンを作ってきた仲間たち。長年ステージを共にしてきた太華くん、岡山の繋がりも深いレゲエアーティストJ-REXXX、ミクスチャーバンドのGAS MARIA、大分からはケンチンミン、金沢からはVUE DU MONDE、そしてさすがのパフォーマンスで魅せるK&K。それぞれのスタイルで、この夜を彩ってくれます。 DJ陣も特別なラインナップ。長年共にイベントを作ってきたDJ BAKU、高校時代からの仲間であるホームメイド家族のDJ U-ICHI、みどりな夜を支え続けてきたDJ DAI-5、DJ TOYODA。岡山からはDJ ZEEK、名古屋からはコースケ。現場を共にしてきたDJ PONY。田中光太郎の平成チューンもあります。そして新たな出会いから参加するDJ TIMESLIP GOなど、それぞれのバックグラウンドが混ざり合う一夜になります。 さらにスペシャルゲストも控えていますが、こちらは当日までのお楽しみ。30周年を祝うために集まってくれた、本当に大切な仲間たちです。このメンバーで迎えられることに感謝。当日が楽しみです。— Text by Hiroshi Uehara/上原洋 DATE:5.2 (Sat) 23:00 STARTTICKET:ADV ¥3000 / DOOR ¥4000(430枚に達すると終了します )430/Fourthirty 30周年記念連載:第1弾 〜Fourthirty代表 上原洋が語る創業秘話〜チケットはDECADE TOKYO & ONLINEにて販売中です。記事最下部のリンクより購入できます。VENUE:CLUB ASIA(渋谷)東京都渋谷区円山町1-8STARRING:430 BMX LIVE SESSIONJ-REXXX,太華,GAS MARIA,KEN TIN MIN,VUE DU MONDE,K&K,DJ BAKU,DJ U-ICHI.,DJ DAI-5,DJ TOYODA,DJ TIME SLIPPER GO,DJ ZEEKDJ PONY,DJ KOTARO TANAKA…and more
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culture430/Fourthirty 30周年記念連載:第3弾~「DECADE TOKYO」始動と30年変わらない信念「 Everything is fuel to our energy」~2026.04.30日本国内のストリートカルチャーシーンにおいて、BMXライダーを中心に深く愛され続けているアパレルブランド「430/Fourthirty(フォーサーティー)」が、今年でブランド設立30周年を迎える。 1996年に5名のプロBMXライダーによって発足し、その一員である上原洋を中心に歩みを進めてきた同ブランド。彼らが長年にわたるBMXとの関わりや数々の旅を通じて得た経験、そして機能性を追求した素材選びや時代ごとのテーマを反映したグラフィックなど、周囲のアーティストたちと共創したエッセンスがアパレルに落とし込まれている。現在ではBMXライダーをはじめ、ストリートカルチャーを生きる多くの人々に寄り添うデザインを展開し、シーンから絶大な支持を集めるブランドだ。 そして5月2日(土)にFourthirtyの創業30周年を記念するイベント「みどりな夜 2026 – 430 30th ANNIVERSARY」が開催される。この度、FINEPLAYでは当イベントに先駆けて、Fourthirty創立メンバーである上原洋氏に行ったインタビューを全4回の連載企画としてお届けする。 続く今回の第3弾では、ブランドの拠点である原宿のショップ「DECADE TOKYO」が誕生した意外な舞台裏や、30年間変わらずに掲げ続けてきたブランドスローガン「Everything is fuel to our energy」に込められた真意を深掘りしていく。ストリートの最前線で「ハブ」として機能し続ける上原氏のコミュニティ哲学、そしてチームとしての新たな挑戦に注目してほしい。 仲間達の「ハブ」が店舗へ。「DECADE TOKYO」誕生秘話 旧 DECADE TOKYO 財満:前回は香港での生活から日本に帰国するまでを伺いましたが、いよいよ原宿に「DECADE TOKYO」が誕生するまでの経緯を教えてもらえますか? 上原:香港にいた頃は、台湾、シンガポール、韓国など、アジア圏を中心に世界中の人々が行き来する環境にいたので、自然とフットワークが軽くなっていました。そうして世界中に仲間ができたタイミングで、日本に帰ってきました。帰国後は、自分のブランド(Fourthirty)やBMXをもっと真剣に突き詰めたいと考え、ストリートカルチャーの中心である原宿に古いアパートを借りて住み始めたんです。 香港時代もそうでしたが、街中に身を置いていると、仲間が遊びに来て、さらに新しい仲間を連れてくる。そこから常に新鮮な情報が入ってくる、というスタイルが自分には合っているなと思っていました。案の定、原宿の自宅もメンバーや様々な友人が絶えず集まる「ハブ」のような場所になりました。 旧 DECADE TOKYO 財満:そこから、どうやって「ショップ」へと発展していったのですか? 上原:当時、キャットストリートに「DBA」というお店があったんです。老舗スケートショップの「arktz(アークティーズ)」の姉妹店で、Fourthirtyを主力ブランドとして扱ってくれていました。Fourthirtyのメンバーも働かせてもらっていた縁もあり、家族のような付き合いをしていたんです。 ところがある時、渋谷の区画整理による立ち退きが決まってしまい、「Fourthirtyを置く場所がなってしまう!」という状況になりました。 財満:それはかなりのピンチですね。 上原:急いで原宿界隈で物件を探しましたが、立地も賃料も条件に合う場所がなかなか見つからなくて。その時、「じゃあ、いっそここ(自宅)でやろう」と決めたのが、以前のDECADEなんです。 財満:あそこは元々ヒロシくんの家だったんですね! 上原:そうなんです(笑)。1階の柱を抜いて店舗風に改装して、後から2階や目の前の建物も借り増していきました。大家さんに「ショールームのように使いたい」と相談したら快諾してくださって。結局、あの場所では15〜16年ほど活動しましたね。 30年間揺るがない信念「Everything is fuel to our energy」 財満:2010年頃はストリートシーンも激動の時代でしたよね。 上原:帰国したのが2006年頃。まだiPhoneすら普及していない時代でした。当時の原宿は同世代のストリートブランドが活気に溢れていましたし、20代半ばの動ける若手ライダーも増えてきて、本当にエネルギッシュで楽しい時期でした。 VICE撮影時の様子 / 左:新田 右:上原 並行して、雑誌『VICE』の小池ゆきおさんという日本の代表の方とも交流があり、イベントの運営をお手伝いしたりしていました。そこでテリー・リチャードソンや新田桂一さんのような世界的なフォトグラファーとも繋がりができて、可愛がってもらいました。 財満:現在のFourthirtyは、多彩なブランドとのコラボやアーティストサポートでも知られていますが、そういった動きはいつ頃から始まったのですか? 上原:今も昔も変わらないのですが、「このアーティストが旬だからコラボしよう」というビジネスライクな考えではないです。昔からの付き合いがあったり、展示会に遊びに来てくれた仲間と「これ、いいね」「着たいんだけど」といった自然なやり取りから始まることが多いです。金銭的なサポートというよりは、仲間内で「良いもの」を共有している感覚に近いですね。 2000年代後半~2010年当時のスナップ 財満:30年続く活動の中で、ここだけは「ブレさせていない」という430の信念はありますか? 上原:ブランド創設時にメンバーの伊東高志が決めた「Everything is fuel to our energy(周囲のモノ、事柄、人、すべてが僕らの原動力)」というスローガンです。結局、僕一人では何も成し遂げられていません。支えてくれる皆への感謝だけは、一瞬たりとも忘れたことがないですね。 財満:そのマインドがあるからこそ、自然と人が集まってくるんですね。 上原:若い世代が「何かをやりたい」と言ってきたとき、否定するのではなく「こういうやり方もあるんじゃない?」と建設的に対話したいと思ってます。それが僕らのモードですし、チーム全員が共通して持っている想いです。 BMXというバックボーンを超えて。誰もが楽しめるファッションブランドの強み 財満:ブランドの30周年を振り返ってみて、今どのようなフェーズにいると感じていますか? 上原:自分自身、まだそこを客観的に俯瞰できるほど大人にはなりきれていないというか(笑)。ただ、ブランドの在り方には多様な形があるんだなと実感しています。 例えば、大手商社と提携して流通を拡大し、自分たちはデザインに専念する、といった海外で主流の「ブランドを成長させて売却し、また新しいことを始める」というスタイルも日本で増えてきました。 でも、僕にはそのやり方は合っていなくて。この「泥臭い継続」こそが、430のチャームポイントだと思っています。 財満:実際に(買収などの)話があったわけではなく? 上原:全くなかったわけではないですが、あまりないです。僕がそういうモードを出していないからだと思いますし、出すつもりもありません。今ある形を絶やさないよう30年間走り続けてきましたし、これからもそうありたいです。 変化した部分もあって。今はチームで動かしているので、メンバーから自分では思いもよらないアイデアが出て、それが形になる。最初は違和感を覚えることもありましたが、今はそれを純粋に楽しめています。「こういうアイテムを出すなら、こんな要素を足してみたら?」と、自分からも新しいアイデアを乗せていく。そんな化学反応が起きています。 制作時の様子 財満:毎シーズンのコレクションも、チーム全員で意見を出し合っているのですね。 上原:基本的には制作チームがベースを作り、そこにみんなでアイデアを加えていく形です。モデルを務めてくれる子たちも何年も一緒にやってくれている仲間ばかりで、そうした「繋がり」は年々深まっていると感じますね。 財満:展示会にも、ジャンルの垣根を超えて多様なカルチャーの人たちが訪れています。 上原:先輩や仲間たちも、展示会という場を通じて生まれる「横の繋がり」に期待して来てくれている部分があって、それはすごく嬉しいですね。430という場所が、面白い人たちが交差するプラットフォームになればいいなと願っています。 展示会の様子 バックボーンにBMXがあることは周知の事実ですが、「自転車に乗っていないから関係ない」ではなく、誰もが楽しめる。それこそが、ファッションブランドとしてのFourthirtyの強みだと思っています。 今回のインタビューはPodcast「SESSIONS Presented by FINEPLAY」でも! FINEPLAYがスタートした新音声メディア「SESSIONS Presented by FINEPLAY」にて今回のインタビューもお聴きできます。 上原洋プロフィール 元プロBMXライダー。現在はアパレルを中心に、BMX、関連商品を販売する430 co.,Ltd の代表。2021年の東京オリンピック組織委員会でBMXの技術マネージャーを担当。またUCI BMX FREESTYLE 国際大会審査員も務める。2010年に原宿キャットストリートに430のヘッドショップであるDECADE TOKYOをオープンさせ、2024年に同じキャットストリートにDECADE TOKYOがリニューアルオープンした。 「みどりな夜 2026 – 430 30th ANNIVERSARY」 イベント概要 430 30th ANNIVERSARY “みどりな夜 2026”今回は430の30周年も重なる、特別な一夜。 クラブエイジアのフロアをフルに使い、BMX、LIVE、DJが交差するお祭り的な一夜。“みどりな夜”名物、BMXフラットランドのジャムセッションも開催。クラブという異空間で繰り広げられるライディングは、ここでしか見れない景色です。今回集まってくれたのは、これまで430と共にシーンを作ってきた仲間たち。長年ステージを共にしてきた太華くん、岡山の繋がりも深いレゲエアーティストJ-REXXX、ミクスチャーバンドのGAS MARIA、大分からはケンチンミン、金沢からはVUE DU MONDE、そしてさすがのパフォーマンスで魅せるK&K。それぞれのスタイルで、この夜を彩ってくれます。 DJ陣も特別なラインナップ。長年共にイベントを作ってきたDJ BAKU、高校時代からの仲間であるホームメイド家族のDJ U-ICHI、みどりな夜を支え続けてきたDJ DAI-5、DJ TOYODA。岡山からはDJ ZEEK、名古屋からはコースケ。現場を共にしてきたDJ PONY。田中光太郎の平成チューンもあります。そして新たな出会いから参加するDJ TIMESLIP GOなど、それぞれのバックグラウンドが混ざり合う一夜になります。 さらにスペシャルゲストも控えていますが、こちらは当日までのお楽しみ。30周年を祝うために集まってくれた、本当に大切な仲間たちです。このメンバーで迎えられることに感謝。当日が楽しみです。— Text by Hiroshi Uehara/上原洋 DATE:5.2 (Sat) 23:00 STARTTICKET:ADV ¥3000 / DOOR ¥4000(430枚に達すると終了します )430/Fourthirty 30周年記念連載:第1弾 〜Fourthirty代表 上原洋が語る創業秘話〜チケットはDECADE TOKYO & ONLINEにて販売中です。記事最下部のリンクより購入できます。VENUE:CLUB ASIA(渋谷)東京都渋谷区円山町1-8STARRING:430 BMX LIVE SESSIONJ-REXXX,太華,GAS MARIA,KEN TIN MIN,VUE DU MONDE,K&K,DJ BAKU,DJ U-ICHI.,DJ DAI-5,DJ TOYODA,DJ TIME SLIPPER GO,DJ ZEEKDJ PONY,DJ KOTARO TANAKA…and more






