「世界一は通過点」プロBMXライダー佐々木元が、怪我を乗り越え次世代に今伝えたいこと

2026.11.03
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Text and Interview by Daiki Hatakeyama

数々の世界タイトルを獲得し、2022年にはUCIワールドチャンピオンに輝いたプロBMXフラットランドライダーの佐々木元。長年、日本のBMXフラットランドシーンを競技の最前線で牽引してきた彼は、腕の大怪我による引退の危機を乗り越え、41歳となった今も挑戦を続けている。

自らを「凡人」と評しながらも、誰よりも練習に打ち込み、自ら行動を起こすことでプロとしての道を切り拓いてきた佐々木。彼が大切にしてきたのは、勝つことだけではなく、アスリートとして努力する姿を示し、周囲に感動や希望を届けることだった。

怪我を経て再確認したBMXへの純粋な情熱、スポンサーとの関係から見えてくるプロとしての責任、そして「世界一」の先に描く自分だけの表現と次世代への思い。競技の結果だけでは語り尽くせない、佐々木元のプロフェッショナリズムと、彼のBMX人生に迫る。

アスリートとして競技一本で歩むと決めた理由。見出したのは「自分だけの役割」

2022年UCIワールドチャンピオンになった佐々木

―  佐々木選手がBMXにのめり込み、プロへの道を踏み出した経緯をお聞かせください。

僕がBMXを始めたのは17歳の終わりで、他のライダーと比べても決して早い方ではありませんでした。でもBMXが大好きで学業そっちのけでBMXに没頭し、暇があれば練習して毎日のほとんどの時間をBMXに費やしてきました。

昔から田中光太郎さんや北山努さんといった430クルーのBMXライダーたちが大好きで、その圧倒的なカッコよさとプロの舞台で魅せる姿に憧れたことが、プロを志す大きなきっかけになりました。

高校卒業後は本当に昔から好きで、今ではスポンサーとしてお世話になっているアパレルブランド「XLARGE」のショップスタッフとして働いていたのですが、日本一のタイトルを獲得したタイミングで「プロとして勝負したい」と決意して退職しました。

―  仕事を辞めてプロを志す中で、特に意識が変わった象徴的な出来事はありましたか?

ドイツで開催された「BMXマスターズ」という大きな大会に出場した時の経験が強烈に残っています。約100名のプロが出場する中で決勝の14人に残れたのですが、自分以外の13人全員が既にBMXでご飯を食べて生活していたんです。

その時に「俺は何をやっているんだ、もっとプロとして真剣に活動しなければ」とショックを受け、そこからスポンサー獲得の活動を本格化させました。

そして2010年の24歳の時、初めて世界大会で優勝し世界一になり、2010年と2011年にBMX界で最も権威のあるアワードと言われている「NORA CUP」をアジア人で初めて2年連続で受賞できたことで、本格的なプロとしてのスタートを切った形でした。

X Games Osaka 2025にて銀メダルを獲得した佐々木

―  当時、シーンには既にカリスマ性溢れるトップライダーが多くいたとのことですが、その中でご自身の立ち位置をどう見出されたのでしょうか?

当時からシーンを見渡せば、ウッチー(内野洋平)さん、北山努さんや池田貴広くん、ライダーではないですけどMCのISSYさんなど、カリスマ性溢れる高い能力を持ったスターばかりで、他にも彼らの存在に名前が埋もれているだけで才能がある人がとにかく多かったです。

特に北山努さんは昔から大好きで、彼のいる430クルーと一緒に活動することも多かったですが、憧れていたからこそそういう人たちの近くに甘えているだけではダメで、自分で道を切り拓かなければいけないと痛感すると同時に、彼らと比べて「自分は凡人だ」と客観視したんです。

―  周りのカリスマたちと自分を比較した上で、佐々木選手が選んだ「アスリート一筋」の職人のようなスタイルはどのようなものだったのですか?

僕自身は人付き合いも不器用ですし、ウッチーさんのようにシーン全体を華やかに引っ張っていく役割や、池田くんのようにビジネスやメディアを通してシーンを広げていく才能がないと自負していたので、同じ土俵では努力しても勝てないと感じていました。

その中で自分にできることは何かと考え抜いた時、「アスリートとして愚直に戦って勝ち、アスリートとして生活する姿を見せること」や「その姿を見せて応援してくれる人や次世代に感動と希望と夢を与えること」に自分の役割を絞ったんです。

それから自分のライディングを研究し、新しい技をひたすら作り、アスリートとして結果を残す職人のようなスタイルに特化したことで、とにかく自分の技術の向上のため、日々の泥臭い練習に迷いなく打ち込めるようになりました。

プロとして活動するため直談判で掴み取ったパートナーシップ、常に証明し続けるのはアスリートとしての価値

X Games Chiba 2022にて銅メダルを獲得した佐々木

―  XLARGEやMonster Energyなど、世界的なトップブランドとのパートナーシップはどのように自ら手繰り寄せたのですか?

XLARGEは世界一を獲ったタイミングで展示会へ直接出向き、「世界一になりました!」と報告してアスリート契約を直談判しました。当時はブランド内にアスリート枠が無かったのですが、自分がショップスタッフとして働いていた頃からXLARGEの愛や想いは伝えていたので、改めて自分の熱意をストレートに伝えさせていただき初のアスリート枠を作ってもらいました。今では30人近くのアスリートが所属する大きなチームになっています。

―  Monster Energyとの契約も、ご自身から直接アプローチされたんですよね?

Monster Energyもブランドが日本に参入した1年目に「絶対にモンスターアスリートになりたい」と日本支社にアプローチしました。ただ当時は日本人ライダーの契約が非常に少なかったですし、特にBMXライダーでは誰もいなかったので、その中で契約してもらうには海外のモンスターアスリートと仲良くなって推薦してもらえるようになることが大切だと感じました。

それからデイブ・ミラなどの海外レジェンド選手に直接会いに行って「俺は絶対にモンスターのアスリートになりたい」と熱意を伝え、海外本社へ推薦を出してもらって契約を掴み取りました。自分に嘘をつかず、どストレートに気持ちをぶつけ、その期待を裏切らないよう100%の努力で応えてきました。

―  所属先である建築会社・鎌ケ谷巧業との関係についても聞かせてください。

30歳ぐらいになった頃に鎌ケ谷巧業と出会い、プロとして家族や子供を養っていく責任が生まれたタイミングだったこともあり、正直な想いを伝えたところ初めてのアスリート契約としてサポートしていただくことになりました。

またそのサポートの一環として、自分の専用練習場を土地から買って作っていただきました。この施設は会社の所有物ということもあり監視カメラが設置されているのですが、僕が練習していると社員の方が「頑張っているね!」と声をかけてくれるので嬉しいですし、それからアスリートとして練習しているところから自分が生活しているところまで全部見られていることを意識して毎日過ごしています。

たまには周りの人に「いつもカメラで見られてて嫌じゃない?」と言われますが、僕は「自分の努力を会社に証明できる絶好のチャンスだ」とむしろプラスに捉えています。

鎌ケ谷巧業が用意した佐々木専用の練習場の様子

―  監視カメラで見られている環境をチャンスと捉えた根底には、どのようなプロ意識があったのですか?

プロ意識というより、僕にとってカメラ越しに努力の姿勢を見せられることは、成績に限らず日々の努力を証明できる唯一の機会でした。X Games Osaka 2025に向けた練習で負った腕の怪我で、BMXに乗れなくなった時期も毎日練習場に通い詰め、ストレッチなどのできるトレーニングからバイクのメンテナンスまでその時できることを全力で行い、努力する姿勢を示し続けました。

僕はスポンサーから給料をもらう以上、自分の頑張りでその価値を返さなければいけないと思っています。メジャースポーツのトップ選手レベルの影響力があれば別ですが、僕たちのようなアスリートは1日たりとも油断せず泥臭い100%の努力で社員さんやファンに元気と感動を与えることでしか恩返しができないと思うのです。

一年に一度、鎌ケ谷巧業の社員の皆さまの前で話をさせていただく機会があるのですが、そういう場面でも心から偽りなく努力をしていないと話せない言葉があります。僕は頂いている支援に対して「今の全力の努力でもまだ足りない」と感じていますし、その覚悟で毎日1分1秒を無駄にせず向き合っています。

39歳で負った大怪我。引退が頭をよぎる中で見つけた「BMXへの純粋な愛」と「佐々木元のアスリート人生最終章」

X Games Chiba 2022でのライディング

―  改めて、X Games Osaka 2025に向けた練習の中で直面した腕の怪我について詳しく聞かせてください。

少し遡るのですが、BMXフラットランドがオリンピック種目になる可能性が高まり、競技者としてがむしゃらに練習を重ねて2022年にはUCIワールドチャンピオンにもなりました。しかし結果的にオリンピック種目には選ばれず、目指す目標を見失って大きな挫折感を味わいました。

その反動もあってX Games Osaka 2025には出場して絶対勝ちたかったので、大会前から腕の異変を感じながらも、「新しい技を作りたい」という一心で腕を氷漬けにしては1時間おきに練習を続けていたら、大会後に神経障害になり1年3ヶ月ほどBMXに乗れなくなってしまったんです。当時は本気で引退を覚悟しましたね。

―  BMXに乗れない期間の葛藤を含めて、そこからどのように身体とモチベーションを取り戻されたのですか?

乗れない時期も練習場に通い詰める中で「自分は想像以上にBMXが好きだ」と再確認したんです。そのきっかけになったのが人に勧められたランニングでした。「BMXに乗れないなら走るのが良いし楽しいよ」って言われたので走ってみたのですが、1キロ6分ペースが精一杯でめちゃくちゃ遅かったんです。

怪我のせいで体力も筋力も落ちているのは当たり前なのですが、ずっとBMXが大好きでプロ選手として人よりも運動してきたのに、今これしか体力が無いんだと悔しくなって、これを理由に引退すると思うとすごい言い訳に感じて、まだまだ自分ができること全部やれてないと思いました。

怪我後は食事制限やトレーニングを徹底し、怪我前以上の体力を手に入れることができました。今では自分の身体がさらに成長しているのを感じられて、今まで以上にBMXが好きなので毎日が楽しいです。

もちろん、まだBMXのパフォーマンスとしては完全に復調しているわけではないのですが、先日札幌で行われたBMXリーグで優勝したときは、勝てると思っていなかったので思わず涙が溢れましたね。観客やファンの方から「元くんのライディングを見て感動して泣いちゃった」と言ってもらえて、自分のパフォーマンスで観ている人を感動させられたことがアスリートとして何よりの喜びで、とても嬉しかったです。

―  現在41歳、プロライダーとしてシーンの最前線を走り続ける中で、お子さんに関する新たな目標も生まれたそうですね。

はい。現在8歳になる自分の息子がBMXを始めて、1年2ヶ月ほどになるのですが、「いつか同じエリートの舞台で戦うまでやめたくない」という新たな目標ができました。あと5〜6年頑張ったら息子も14歳くらいでエリートカテゴリーに上がってくると思うので、それまで父として、アスリートとしての背中を見せながら同じ舞台で戦うまでやり抜きたいと思っています。

佐々木の息子の写真

最年長ライダーとなって改めて気づいた仲間や後輩の存在

佐々木と弟子の荘司ゆう

―  怪我を経て、「BMXが大好き」という感情に加えて、改めて認識したことはありますか?

そうですね。長年活動してきてこの年齢になり、改めて自分の歩みを振り返ると、昔憧れた先輩方、切磋琢磨してきたライバル、そして仲間や後輩たちの誰かひとりでも欠けていたら、今の自分は絶対に存在しないと痛感しています。

今では最年長となって、弟子の荘司ゆうや若手ライダーなど周囲から冗談半分で「お父さん」と呼ばれることもありますが、心の底から応援できる仲間や後輩たちと一緒に大会へ出て、もう一度青春を味わわせてもらっている感覚で、とてもありがたいです。

―  手塩にかけて育てた弟子の荘司ゆう選手が世界で台頭し、佐々木選手にも勝つようになってきて今感じることを聞かせてください。

はじめは敗北感があり、正直めちゃくちゃ悔しかったです。自分が生み出してきた技の量やスキル自体では絶対に負けていないという強い自負があったのですが、短い競技時間の中で必要となる爆発的な身体能力で負ける場面が増えてきたんです。

そんな時に、Monster Energyのアスリートマネージャーから「弟子の活躍は君のおかげでもあるんだよ。弟子の活躍が君自身を上に押し上げてくれるんだ」という言葉をもらいました。そのおかげで心から「荘司を応援して一緒に頑張ろう」という気持ちになり吹っ切れましたね。

今となっては、彼が世界大会で勝つ姿を、まるで我が子のことのように心から誇らしく感じています。今では彼と一緒に世界を転戦し、我が子と並んで大会に出ているような感覚で大きなモチベーションをもらっています。

佐々木と弟子の荘司ゆう

―  次世代の若手やキッズライダーたちに、どのようなことを引き継いでいきたいですか?

自分が現役で最前線を走っているうちに、この恵まれた練習環境とスポンサーへの感謝や立ち振る舞いなど、プロとしての目線を荘司や次世代にしっかりバトンタッチして引き継ぎたいと思っています。是非彼らには応援してくれる人たちに感動と感謝を伝えられる選手になってもらいたいです。

ただもちろん、この座を安易に譲るつもりはありません。以前X Games Osaka 2025の出場権をめぐって「若手に譲ってやれ」と、ある人に言われたことがあり少し傷ついたのですが、本気で挑むからこそ意味があります。それを荘司に伝えた時に、彼が「譲られても嬉しくないし、超えられない自分が悪い」と言ってくれた時、すごく嬉しかったですね。

怪我復帰後も、荘司は「元さんが復帰して戻ってきたのは嬉しいけど、強すぎて勝つのが難しくなるからキツい」なんて冗談交じりに言ってくれますが、僕が高い壁であり続けることが彼の成長につながります。今後も僕が現役でいるうちにプロの在り方とこの環境を継承していきたいと思っています。

「世界一」は通過点。若手・キッズライダーへ贈る、自分だけの未来の描き方

スクールの様子

―  佐々木選手が今現在アスリート活動以外にも取り組まれている活動があれば教えてください。

怪我で引退を真剣に考えた時期からスクールを本格的に始めたのですが、子どもたちに教えることが本当に楽しくて、自分にとっても大きな原動力になっています。その中ではBMXの技術だけを伝えるのではなくライダーとしての在り方や、僕自身が経験したこともこれから伝えていくつもりです。

―  今の若手やキッズライダーは、大会で勝つことに固執しがちであると聞きました。シーンを牽引するプロライダーとして彼らに伝えたい課題意識は何ですか?

最近の若手やキッズライダーは大会中もお互いにあまり会話をせず、自分の出番が来たら、ひたすら技をやって終わりという傾向があり、仲間やカルチャーへの憧れが薄れているように感じます。

日本人選手が強い今のBMXフラットランド界では「世界一」という称号が昔よりも手が届きやすくなっていますし、世界一を獲るためなら2分間の中で披露する誰も真似できない技のルーティンをひたすら練習すれば勝てちゃうと思います。

でも世界一になることだけを目標にすると、いざ達成した後に「次に何をすればいいのか」とモチベーションが下がってしまうと思いますし、一番大事なのはその後どうなりたいかというビジョンを持つことだと考えています。

僕自身は「世界で一番フロントトリックが上手いライダー」になるという目標があり、周りからもそう認識してもらえているからこそ、もっともっと上手くなりたいと思い続けて活動しています。

また個人的には、若手やキッズたちが世界一になった時に「世界一になってもあまり変わらなかったです」という言葉を彼らから聞きたくないんですよね。

―  そうならないためにも「世界一」になったその先を見据えて、次世代が長年プロとして輝くためには何が必要だと感じますか?

今のBMXフラットランド業界では「世界一」はゴールではなく、あくまで通過点に過ぎないと思います。その上で大切なのは「BMXを使って自分をどう表現したいか」という長期的なビジョンや自分の武器を早い段階から思い描いておくことです。

例えば、野球選手全員が大谷翔平選手を目指しているわけではないのと同じで、BMXに関わる者として、ライダーが集まるパークや練習場を作りたいのか、ショップやブランドを立ち上げたいのか、メディアやテレビに出てシーンを広げたいのかなど、ライダーひとりひとりが「BMX+自分の得意なこと / 好きなこと」を掛け合わせた夢やセカンドキャリアを描いてどんどん突き進んでほしいですね。

佐々木のライディング

―  最後に、若手やキッズライダーへ向けて、佐々木選手自身が見せ続けたい姿についてお聞かせください。

僕には「歴史に名前が残る選手」になりたいという夢があります。それが自分が生きてきた価値になると思っています。だからこそ今後も、誰も真似できない独自の技を作り続けること、そしてスポンサーや応援してくれる方々に対して泥臭く100%の努力で応え続けることが、プロBMXライダー佐々木元としての本当の財産になると考えています。

今後も自分が現役で最前線に立っているうちに、プロとしての立ち振る舞いや環境を次世代へ引き継ぎ、後世まで名前が語り継がれる選手として、愚直に背中でプロの流儀を示し続けていきたいです。

佐々木元 プロフィール

1985年5月5日生まれ、千葉県出身。17歳の終わりにBMXと運命的に出会う。2010、2011年と世界中のプロライダーが投票しその年の世界No.1ライダーを決めるBMX界のアカデミー賞「NORA CUP」をアジア人初の2年連続で受賞。BMXフラットランドの競技人口が世界で一番多く、レベルが高いと言われる日本で、史上最多19度の全日本選手権1位を獲得。

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