アクションスポーツの人口を推測してみよう(上) |【連載】FINEPLAY INSIGHT 第五回

2019.12.05

かつてないほど注目を浴びるアクションスポーツシーン。その発展のために、FINEPLAYが送る多角的視点の連載「FINEPLAY INSIGHT」。

今回は、連載の読者のみなさんが自分の関わっているスポーツやカルチャーを客観的に観察する際の、少しマーケティング的な視点をご紹介しようと思います。

アクションスポーツやストリートカルチャーのために、ビジネス視点を交えて提言を行う本連載「FINEPLAY INSIGHT」。またまた2ヶ月以上の間が空いてしまいました。

脳の天敵「バイアス」を取り除く

FINEPLAY INSIGHTをわざわざお読みくださっているみなさんは、おそらくですが多少なりとも企業や行政とお仕事していたり、あるいはこれからしていきたい、ということを考えている方が多いと思います。

企業の中でも、パッと思いつくような飲料メーカーやスポーツメーカー、ファッションメーカー、車メーカーなど、みなさんがどうにかして口説きに行きたい、と思っているさまざまな業種があると思います。スポンサーシップの回や社会性の回でも説明したように、その際は相手の頭の構造を理解して話すということがとても重要です。ただ、これがなかなか難しい…。僕も目下、その修業をずっと続けている途上です。

その根本的な原因は、人間の脳を支配する「バイアス」、要するに「思い込み」だと僕は思っています。バイアスについてはたくさんの本や解説が出ていますし、僕も全く専門家ではないので偉そうな解説は割愛しますが、とにかく自分の脳や考え方は「思い込み」や「クセ」だらけ!ということです。

その意味では、どっぷりとカルチャーに浸かっているような僕たちは相当強いバイアスがかかっている、ということをまず意識することが重要です。「最近シーンがめちゃくちゃ盛り上がっている」「◯◯が全国区で有名になった」ということをよく聞きますが(それはそれで僕としてもめちゃくちゃ嬉しいことなのですが)、果たして世の中一般からみたときに、一体どのくらい「盛り上がって」いて「有名」なのか、ということが、ビジネスの対話では大変重要になってきます。

そのための一つのやり方が、具体的な数字で会話するということです。今回は、バイアスを取り除いて「同じ目線」に立つために具体的な数字を掴むべく、実際に僕も仕事でよく使う手法をひとつ紹介してみようと思います。

ダンス人口はどれくらい?政府統計を用いて色々な推測を行う

さっそくですが、今回は数字感を掴む例として、「ダンス人口」をざっくり叩いてみることにします。いったいそんなことどうやったら出来るの?と心配になってしまいますが、誰でも無料で出来る方法があります。

それは、政府の統計を使う方法です。日本政府は大変勤勉で頑張り屋さんなので、総務省統計局のホームページではかなり広範に渡る統計が無料で公開されています。中でも、頭の中にざっくりとした人口統計を入れておくと、結構便利だったりします。

さて、上記の統計とは別に、各省庁も実にさまざまな統計を取っているので、調べたいことについてはある程度データが揃っているんです。今回は、上記の総務省による人口統計(2018年10月現在)と、スポーツ庁の世論調査(2017年11月〜12月調査)を元に、なんとなくダンス人口ってどれくらいいるの?という規模感を掴んでみたいと思います。

みなさんもこの先を読む前に予想してみてくださいね。スポーツ庁の世論調査は、18〜79歳が対象となっていますので、今回は18〜79歳に絞ってデータをみてみましょう。さて、18〜79歳の日本のダンス人口は、だいたいどのくらいいるでしょうか?

A. 50万人
B. 100万人
C. 250万人
D. 500万人
E. 1000万人

なかなか悩ましいですよね。AからEまで、実に20倍の開きがあります。

さて、下の図が、実際に政府統計からダンス人口を推測してみたまとめになります。スポーツ庁の調査で回答のあったパーセンテージを、人口統計にある各年齢層の人口とかけあわせて、日本全体の推測人口を算出しているだけです。(年齢区分別人口[人])✕(年齢区分ごとの回答者率[%])という、とてもシンプルな作業ですね。図が細かいので、スマートフォンの方はピンチインで拡大してみてください。

結果、18〜79歳に絞ると、「過去一年にダンスをやった」であろう人数は合計で約240万人、「今後ダンスを始めてみたい」であろう人数は合計で約440万人、という計算になりました。
ダンスの場合、「過去一年にダンスをやった」よりも「今後始めてみたい」が全体的に多い傾向にあるようですね。ちなみに今回用いたスポーツ庁の調査では「ダンス」には社交ダンスやフォークダンス、フラダンス等も含まれているので、40代や50代以上のスコアは、そのあたりが特に多いと思われます。おじいちゃんやおばあちゃん、今後もたくさんダンスしてほしいですね!

さて、みなさんの予想とはどれくらい乖離がありましたでしょうか。冒頭のクイズでCを選んだ方は、規模感はだいたいイイ線をいっていた、ということになりそうです。このように「桁をみる」ということは、実はビジネスの文脈ではとっても重要になってきます。この「桁感覚」は、相手との対話をすり合わせるとても重要な共通言語になりますので、今回の記事ではもう少しみてみることにしましょう。

ベンチマーク:ダンスとサッカーの人口を比べてみる

「桁感覚」でいえば、同じ調査からベンチマークを取るという方法もあります。いったい、ダンスの数字感は、他のスポーツで言えばどれくらいの規模なのか?という相対的な感覚でイメージを持ってもらう方法です。今回のケースでは、サッカーと比較することにしてみました。サッカーとダンス、どちらがどのくらい多いでしょうか?
ダンスとサッカーの比較を同じ2つの調査から行ったのが、下図になります。

結果としては、「過去一年にやった」の人数はダンスが約240万人、サッカーが約190万人ということになりました。意外ですがダンスのほうが多く、それを支えているのは60代以上のダンス人気です。

スポーツ庁の調査では「特に多く実施した」という質問もあるので、そのスコアが図の真ん中のグラフになります。40代以上ではおそらくフラダンスや社交ダンスの人気か、ざっくり100万人くらいのシニアが踊りを趣味として定期的に楽しんでいるようです。

さて、掴みやすくするために、もう少し規模を掴んでみましょう。先程はシンプルに2つの調査だけで18歳〜79歳のダンス人口を推定してみましたが、世代間で比較しやすくするために、18歳〜19歳の各スコアを仮に10代全体の人口に当てはめてみると、次の図になります。

ざっくり、中高生は18歳〜19歳と同じくらいかそれ以上にダンスをしている可能性がありますし、10代全体に当てはめたとしても、手がかりとしてはそこそこ信頼性のある数字なのではないでしょうか。

さて、多少精度は落ちているとは思われますが、趣味や部活で続ける「過去一年特にやった」や「今後始めみたい」だと、10代はとくにダンスがサッカーを凌駕してしまっているのが一目瞭然です。

上図で言えば、ダンス人口はサッカーを超える規模感に達しており、趣味や部活にしている人(「過去一年特にやった」)が200万人以上、これからやってみたいという人は500万人以上いそうだな、ということが分かりました。

しかし、前者の200万人のうち、前述の通り40代以上の(おそらく)フラダンスや社交ダンスを嗜むレディース&ジェントルマンが100万人いらっしゃるので、実際のストリートダンス愛好者の規模感としては80〜100万人くらいが妥当ではないでしょうか。普段、ダンス=ストリートのイメージになっている僕たちにとっては、ダンス人口の約半数がシニアだということを冷静に理解しておいたほうが良さそうです。

更に、その中はいくつものセグメント(ジャンルやスタイル、競技性など)に分割されていて、おそらく一つのセグメントでは多くて10万人〜20万人くらいの規模感になるでしょう。企業目線で言えば、数万〜2桁前半万人規模の顧客獲得やリーチ獲得を目標にしていれば、ストリートダンスはマーケティングとしてあり得る選択肢かもしれません。ストリートのスターダンサーのSNSフォロワー数は数万〜2桁前半万人ほどですから、なんとなく肌感覚とすり合う気がします。

バイアスを取り除くための共通言語

これまでの連載や今回の冒頭で申し上げたとおり、僕たちはカルチャーが大好きなので、ついつい「思い」や「思い込み」で突っ走ってしまうところがあります(これは過去の自分にも大いに思い当たります)。
ですが、今回のような「事実に基づいた数字感覚」を備えてお話出来ると、「ストリートだけだとサッカーの半分くらいだな」とか、「でもサッカーは観るだけのファンが多いから、ダンスはさらにそこが課題だな」とか、「じゃあ観戦や視聴をしたことがある人はどれだけ居るのかな」とか、そういう「課題」の共通認識が生まれやすいのではないでしょうか。

その課題認識を合わせて、第一回でご紹介したような「コラボレーション発想」による課題解決を企業や行政としていけると、色々なシーンにチャンスは生まれやすいと思います。

コンサルティング会社や広告代理店では、多額の費用をかけて今回のような数字をもうちょっと正確に出してみたりすることもあるのですが、アクションスポーツの競技団体や競技者がそういった予算を捻出することは容易ではありませんし、どっちにせよ正確な数字なんて分かりっこないのです。「桁感覚」が重要なのは、そういう意味でもあります。

しかし、僕たちのような野武士(?)でも、日本政府のおかげでこのように誰しもが無料で規模感を掴むことが出来るのですから、かなりありがたい時代です。今回のような計算は、Googleが無料で公開しているGoogle Spreadsheetなどを使えば誰でも行えますので、ぜひ、みなさんも活用してみてください。

次回は、愛好者だけではなく観覧者や視聴者を含めた世間一般の興味関心度合いを測るべく、同じく無料で使えるGoogle Trendsを使った方法をご紹介してみようと思います。

AUTHOR:阿部将顕/Masaaki Abe(@abe2funk)

大学時代からブレイキンを始め、国内外でプレイヤーとして活動しつつも2008年に株式会社博報堂入社。2011年退社後、海外放浪やNPO法人設立を経て独立。現在に至るまで、自動車、テクノロジー、スポーツ、音楽、ファッション、メディア、飲料、アルコール、化粧品等の企業やブランドに対して、経営戦略やマーケティング戦略の策定と実施を行う。
現在、戦略ブティックBOX LLC代表、NPO法人Street Culture Rights共同代表、(公財)日本ダンススポーツ連盟ブレイクダンス部広報委員長。建築学修士および経営管理学修士(MBA)。

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