フェデラーに学ぶ、アクションスポーツアスリートの収入構造 |【連載】FINEPLAY INSIGHT 第11回

2020.10.07
フェデラーに学ぶ、アクションスポーツアスリートの収入構造 |【連載】FINEPLAY INSIGHT 第11回

かつてないほど注目を浴びるアクションスポーツシーン。その発展のために、FINEPLAYが送る多角的視点の連載「FINEPLAY INSIGHT」。

アクションスポーツやストリートカルチャーのために、ビジネス視点を交えて提言を行う本連載「FINEPLAY INSIGHT」。

今回は少し生々しいお話ですが、アスリートの収入について敷衍してみたいと思います。アクションスポーツやエクストリームスポーツの世界でおカネについて公に議論する場はあまりないのですが、カルチャー的な側面の重要性は心から承知しつつも、あえてこういったテーマを投げかけてみたいと思います。

僕はアスリート契約の専門家ではないのですが、職業上アスリートやアーティストと企業をつなぐ機会も多く、自分なりに構造を持っているつもりです。とはいえアスリートの価値を算出するオーソドックスな手法を学んだわけではないので、今回は自分で調べられる範囲の文献に目を通した上で、自分の経験も交えて基本的な考え方をご紹介できればと思っています。パートナーとなりうる企業に自分を売り込みに行こうと考えているアスリートにとって、少しでもヒントになれば幸いです。

世界のトップアスリートはどれくらい稼いでいるのか

まず今回の内容をスタートするために、今世界のトップアスリートはどれくらい稼いでいるのかを見てみましょう。いったい世界のトップアスリートはどれくらい稼いでいるのでしょうか?

FINEPLAY INSIGHT / 図1
FINEPLAY INSIGHT / 図1

図1は、Forbesが発表した2020年版のアスリート収入ランキング上位10名をまとめたものです。Forbesは収入の内訳を出しているので、総額とあわせてグラフにしてみました。薄いグレーが給与や賞金、濃いグレーがエンドースメント(企業やブランドとの契約)となっています。

1位はテニスのスーパースター、ロジャー・フェデラーです。総額で年間1億ドル以上、日本円にして110億円以上を稼いでいることになります。フェデラーは2018年に10年総額3億ドルでナイキからユニクロにユニフォーム契約を切り替えていますが、そういったエンドースメント契約の比重が非常に高いのが特徴で、ユニクロ以外にもシューズはナイキの契約が残っているなど、いくつかの企業とのエンドースメント契約がその収入の大半を占めています。

ちなみにユニクロは欧米でのブランド浸透が長年の課題ですから、欧米で圧倒的な知名度を誇るレジェンドであるフェデラーはブランドイメージ浸透のためにも相性が良かったのだと思います。同じくファッション界で抜群の知名度と知的かつシンプルなデザインで知られるデザイナーのクリストフ・ルメールとともに2016年から<Uniqlo U>を立ち上げたディレクションとも合致しているように思います。

なおテニスのアスリートはForbesのランキング(上位100位まで発表されています)の中で上位順にノヴァク・ジョコビッチ、ラファエル・ナダル、大坂なおみ、セリーナ・ウィリアムズ、錦織圭が登場してきますが、彼らテニス選手はもれなくエンドースメント契約の比重が大変高くなっています

2位から5位まではサッカー、6位から8位まではバスケットボールのスーパースターたちが続き、8位にはゴルフのタイガー・ウッズが来ています。ウッズもフェデラーと同様、エンドースメント契約による収入が大半を占めているのが特徴です(彼もまたナイキのアスリートです)。

また面白いのは9位と10位のアメリカンフットボールのスーパースターたちです。彼らは反対にエンドースメント契約の比重が極端に少なく、収入のほとんどが選手としての年俸です。日本ではまだ馴染みの薄いアメリカンフットボールですが、選手としての年俸は、誰もが知るサッカーの世界的スーパースターに並ぶレベルです。

余談ですが、日本では高給アスリートのイメージが高い野球選手はこのTOP100ランキングに1人だけしかランクインしていません(クレイトン・カーショウが57位)。グローバルのアスリートマーケットで野球選手があまり上位に入ってこないのは、僕も意外でした。

もう少し詳しく見る前に、アクションスポーツのトップアスリートがどれくらい稼いでいるのかを見てみましょう。

アクションスポーツのアスリートはどれくらい稼いでいるのか

さて、メジャースポーツのアスリートに対してアクションスポーツのアスリートはどれくらいの収入があるのでしょうか。いくつか文献をあたってみたのですが、2009年の同じくForbesのデータがわかりやすかったので、2020年と比較するのは本当はよくないのですが、他に良いデータが見つからず(涙)、やむを得ず引用してみます。

FINEPLAY INSIGHT / 図2
FINEPLAY INSIGHT / 図2

図2がアクションスポーツアスリートの収入トップ10のランキングです。比較をわかりやすくするために、グラフの横軸は図1と同じスケールにしてあります。

図2のグラフの伸びが大変短いことからもわかるように、アクションスポーツのアスリートはトップのトニー・ホークをしてもメジャーアスリートの10分の1くらいの収入である、という感覚です。もちろん10年前のデータですので今はまた変わっているかもしれませんが、一つの手がかりとして捉えられると思います。

とはいえ、重要なのは金額というよりは内容です。メジャーアスリートのランキングでは収入の内訳も出ていたのですが、アクションスポーツのアスリートは収入内訳が出ていません。その代わりにちょっとだけForbesがコメントを入れてくれていたので、抄訳メモを付しておきました。

トップのトニー・ホークは自身の名前を冠したブランドの売上が年間2億ドルです。ロイヤルティは通常3〜5%が相場と言われていますから、おおよそ600万ドル〜1,000万ドルは稼いでいたのではないでしょうか。そうすると彼の収入(1,200万ドル)の大半はこのロイヤルティ収入だったのではないか、と推測が出来ます。図1でエンドースメント収入が大半を占めていた、フェデラーやウッズと同じ構図ですね。

コメントをお読みいただければわかるように、図2の10人全員がトニー・ホークと同様、ブランドとの契約や本、映画の権利で収入の大部分を構成していると推測することが出来ます。

メジャースポーツとアクションスポーツで、アスリートの収入構造を分解してみる

前置きが長くなりましたが、ようやくアスリートの収入構造をまとめてみてみましょう。ざっと整理すると、アスリートの収入構造は以下の3類型にまとめることができるのではないかと思います。

FINEPLAY INSIGHT / 図3
FINEPLAY INSIGHT / 図3

結論から言えば、今回もまた「物販」が最大の鍵を握っています。

この連載の第9回「メディア収益に頼らない、スポーツビジネスの新潮流」(関連リンクに記載)をお読みになった方は思い出してみていただきたいのですが、スポーツビジネスの収益は基本的には「チケット」「メディア」「物販」の3つです(乱暴ですけれども)。その第9回では新日本プロレスが収益の実に半分を物販で稼いでいることや、野球チームやリーグも物販売上が3割ほどを占めていることを挙げ、物販収益の重要性に触れました。

アスリートの収入も基本的にはそれら3つの収益が原資となり、「どこからどう受け取るか」の違いによってその構造が決定されています。

図3では、エンドースメントの比重に着目していただきたいと思います。スポーツによって、物販売上の配分先が「給与や賞金を支払う側」=チームに渡る割合と、「エンドースメントを支払う側」=ブランドに渡る割合の設計が異なるため、競技ごとにかなりはっきりとした傾向が出てきます。今回は割愛しますが、図1で挙げたForbesのランキング上位100人をみてみるとよりわかりやすいので、是非眺めてみてください。

①のエンドースメント偏重型は、チーム収益が小さいスポーツや個人スポーツが多い傾向です。給与や賞金としてはそこまで大きな金額にならない代わりに、個人の力でブランドとエンドースメント契約を結び、「フェデラーモデル」や「ウッズモデル」といったシグネチャーモデルの売上を原資として、ブランドからアスリート個人に支払われるロイヤルティの割合が大きくなるタイプです。

図2の解説でもおわかりのように、試合そのもののビジネススケールが小さなアクションスポーツは、このエンドースメント偏重型に分類されると思います。ブランドとの契約においては、単純な契約金だけではなく物販のロイヤリティを絡められるかどうかが鍵を握っています。ナイキから出されていたポール・ロドリゲスやエリック・コストンのシューズは、スケーター以外でも数多く着用されているのを見かけました。一般層も取り入れられるよう、いかに商品企画や販売チャネルを組み立てるかが大切です。

②のバランス型は、チケット、メディア、物販を通じたチーム側の収益も大きく、ブランドが稼ぐアスリート個人のシグネチャーモデルの収益も大きなスポーツです。サッカーやバスケットボールのスターたちはTOP10に6人がランクインしていますが、全員がこのタイプです。彼らはチームとブランド双方からある意味のダブルインカムを得ることを可能にしていますので、1位のフェデラーを例外と見ればこの6人は上位を独占しています。

ちなみにクリスティアーノ・ロナウドが2018年にユヴェントスへ移籍する際の契約金は4年で1億ユーロでしたが、移籍後に彼のユニフォームを販売した初日の売上は1時間で6,000万ドルだったそうです。チームとしては当然、物販の皮算用をかなりしているはずです。彼は当然広告塔としても様々なブランドから引っ張りだこですから、物販以外でもブランドとの契約金額はものすごい額でしょう。

③の給与・賞金偏重型は、チームの収益が大きい一方で、ブランド側のエンドースメント収益が比較的小さなスポーツです。アメリカンフットボールや野球がこの部類なのは、正直意外でした。たしかにアメリカンフットボールや野球は用具も特殊なため、個人のシグネチャーモデルというよりは個人のチームユニフォームのみが売れる構造ですから、物販の大部分がそもそもNFLやMLB、あるいは各チームに帰属し、ブランドを通じて個人に還流されにくいのでしょう。

日本ではアンダーアーマーが巨人と2014年に5年50億円で契約し、2019年に2年20億円で契約を延長しましたが、野球では選手個人とのエンドースメント契約よりもチームユニフォームが収益の柱になる、というのは世界共通なのかもしれません。

なお、ボクシングやMMAなど、ファイトマネーやPPV契約による収入が大きな個人スポーツもこの部類です。

アクションスポーツでは、ブランド側もアスリート側も広い視野でエンドースメントの模索を

これまでもこのFINEPLAY INSIGHTではアクションスポーツを様々なビジネス的側面から切り取ってきましたが、今回はアクションスポーツアスリートにとってのエンドースメント契約の可能性にフォーカスを当ててみました。

アクションスポーツやエクストリームスポーツに着目している企業やブランドは僕の目からみても増えているように思いますが、本当にシーンやアスリートの支えになることを考えれば、単純な広告契約やロゴの露出だけではなく、物販を絡めたよりリターナブルな取り組みをもっと模索していってよいのでは、と思います。ロゴ露出だけでいえば、北京五輪のメインスポンサーを通じてコカ・コーラが中国国内のブランド認知を25%向上させたと言われていますが、五輪のメインスポンサー規模でそういう数字なので、Forbesのランキングに登場するようなスターでない限り、いちアスリートが背負うロゴのマーケティング効果はたかが知れています

とはいえ、視野が狭くならないことにも留意するべきです。

スケーターならスケートボードを売るという発想ではなく、ステューシーが(結果的にしろ)そうであったように、マス消費者に届きうるマーケティングスコープが必要です。ダンス専用シューズではなく、ダンサーがプロデュースした、そのダンサーを知らなくても買おうと思えるシューズ。BMX専用バイクではなく、街乗りでも乗れるちょっとストリート風味なバイク。単純に配色やデザインが洗練された、いちアスリートのシグネチャーモデル。そういった複眼的なエンドースメントの発想がアスリート側、ブランド側双方に求められているように思います。

AUTHOR:阿部将顕/Masaaki Abe(@abe2funk)

大学時代からブレイキンを始め、国内外でプレイヤーとして活動しつつも2008年に株式会社博報堂入社。2011年退社後、海外放浪やNPO法人設立を経て独立。現在に至るまで、自動車、テクノロジー、スポーツ、音楽、ファッション、メディア、飲料、アルコール、化粧品等の企業やブランドに対して、経営戦略やマーケティング戦略の策定と実施を行う。戦略ブティック<BOX LLC>共同創業者。建築学修士および経営管理学修士(MBA)。

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