あの熱狂から約2カ月。プロサーファー大野修聖さんが考えるサーフィンのこれから

2021.11.16
銀メダルに輝いた五十嵐カノア選手。

競技最終日は7月27日。サーフィン界で初となるオリンピックのメダリストが誕生してから、もう2カ月以上が経過したことになる。

世界中を熱狂の渦に巻き込んだ東京2020オリンピックのサーフィン競技について、国内チャンピオンに3度輝いたプロサーファーの大野修聖さんに話を伺った。

この夏に生まれた“熱”を未来に活かすために

男子の金メダルは、サーフィン強国ブラジルの威信をかけて本大会に挑み、巧さと強さを見せつけたワールドチャンピオン経験者のイタロ・フェレイラが獲得。決勝で勝利を確信すると仲間に担ぎ上げられ、全身で歓喜を表し雄叫びを上げた。

一方、頂点への夢を打ち砕かれた五十嵐カノアは膝をおってビーチにひれ伏した。震える背中が悔しさを伝える姿は、スポーツ紙を飾り、民放のスポーツニュースなどで取り上げられた。

五十嵐カノア、23歳、銀メダル。都筑有夢路、20歳、銅メダル。

この夏、東京2020オリンピック競技大会で日本サーフィン界は2つのメダルを得た。若者たちの躍動は民放でのライブ放送も実現させ、サーフィンのスポーティな魅力を全国に広く届けることになった。

それは、大波に挑む勇気、波の上で舞う華やかさ、宙に飛び出していくダイナミズム、アスリートとしての逞しさと爽やかさ−。

いずれもがポジティブなメッセージをはらみ、そしてオリンピックだからこその発信力によって、かつてないほど多くの人にサーフィンに対する前向きな関心を抱かせた。

だから思う。2カ月前に生まれたあの熱は、今も残っているのだろうか?あの熱を未来に活かし、広く深くサーフィンを日本の社会に染み込ませるために必要なことは何だろうか?

この問いに対して大野修聖プロは「今必要なのは、サーフィン界ではない世界からの大きな力です」と言った。「もっと強化合宿に力を入れますというレベルでは、活かせない」と言葉を続けたその真意に触れるため、彼のキャリアと東京2020大会における役割に触れておきたい。

幼少期から将来を嘱望された日本を代表するサーファー

プロサーファー 大野修聖さん●1981年、静岡県生まれ。若くして海外の試合を転戦しながらキャリアを重ねる一方、国内チャンピオンに3度輝いた日本屈指のコンペティター。グッドウェーブを求めて国内外のサーフスポットを巡るソウルサーファーでもあり、今秋はフランスをはじめとしたヨーロッパ遠征に出発する予定。

小学生時代から全国レベルで活躍してきた大野プロは、10代後半には同世代のワールドクラスのサーファーたちと戦うようになった。20代に入ると、まだ日本人が参戦していなかった世界最高峰プロツアーのCT(チャンピオンシップツアー)入りを目指し拠点をハワイへ。環境を世界基準に合わせ成長を目指した。

そのようなグローバルな視点によるプロ活動は40歳になった現在も続けており、豊富な経験と現役プロとしての力量に期待し、サーフィン日本代表チーム「波乗りジャパン」入りを誘う声がかかった。ポジションはキャプテン。選手とスタッフとの懸け橋が大きな役目である。

「打診は2018年、愛知県田原市でISA(国際サーフィン連盟)の世界選手権『WSG(ワールドサーフィンゲームス)』が開催される前にもらいました。現役へのこだわりはありましたが、日本代表として選ばれるべき選手が誰なのかは理解していたつもりです。

自分の役割は世界と対峙する選手の気持ちを汲み取りスタッフにフィードバックするなど、選手目線でサポートしチームとしての成熟度を高めること。半面、一緒に海に入ることも多く、切磋琢磨しながら自分のレベルを上げられるのはラッキーだと感じていました」。

以降、WSGには’19年の宮崎大会、今年5月末から開催されたエルサルバドル大会に同行。同大会から東京2020大会が終わるまでチームと一緒に動くなど、長く“日本サーフィン界のオリンピックプロジェクト”に内側から関わってきた。

本番となる東京2020大会のサーフィン競技会場は千葉県・釣ヶ崎海岸。サーファーにはよく知られたサーフスポットであり、大野プロも過去に何度も試合をしてきた。そのため国際大会を思わせる施設が設営されていても雰囲気は「サーフィン大会の延長」程度にしか感じられなかったという。

オリンピック種目になるとは、こういうことか。

そう実感したのは開会式に出る選手たちと選手村を訪れたとき。各界のトップアスリートが颯爽と歩いている姿を目にしたときだった。

「金メダルを狙うアスリートたちがごく自然といるんです。錦織圭選手や大坂なおみ選手、八村塁選手、最新設備の揃うフィットネスセンターにはノバク・ジョコビッチ選手の姿もありました。

選手村だから当たり前なんですけれど、その世界にサーファーが入っていける。入っていって受け入れられる。その現実に、“スポーツになる”とは、こういうことなのだなと感じました」。

日本選手団の一員として五十嵐が他競技のアスリートとごく自然に言葉を交わしている様子も目にした。それはおそらく“メダル獲得”という目的が一緒だから生まれた光景ではないかと、大野プロは推察する。

そしてその光景を見て、オリンピックとはサーフィン大会と異なる次元にあるスポーツイベントなのだなと感じ、興奮を覚えたのだという。

歴史的快挙によって背負った日本サーフィン界の課題

各界のトップアスリートによる熱戦の数々が高い注目度を生み出すオリンピックはスポーツのショーケースと呼ばれる。特にマイナースポーツにとっては存在を多くの人に知られる絶好の機会。

実際、五十嵐や都筑の上位進出によって試合が民放でライブ放送され、2人は閉幕後も多くのメディアに登場した。過去に例がないほどの注目を集めた両者の活躍は、日本サーフィンにおける偉業と言っていい。

そこで冒頭に戻る。多くの人に好意的に受け止められ、サーフィンは社会的なスポーツとなった。それは、テニス、サッカー、野球、バスケットボールなどと肩を並べたことを意味する。

さらにカルチャーやライフスタイルという独自の世界観を持つサーフィンを、今後、どのように盛り上げていくのか。そのような課題を日本のサーフィン界は背負うことになった。

ひとつの解決法は次なる五十嵐や都筑を育てることだ。CTでの活躍や、3年後のパリ大会、7年後のロサンゼルス大会でメダル獲得を狙えるサーファーを育み続けることである。そのために大野プロは「業界外からの力が必要だと思う」と言った。

背景には、ひと昔前に比べて“世界との接点”が明らかに減少している日本サーフィン界の実情がある。

「ジュニア世代には才能豊かなサーファーが多くいます。彼らが飛躍するには早いうちに世界レベルを体感することが重要なのですが、今の日本にはそのための仕組みと環境がないに等しいと感じます。

少し前まで、海外の試合を転戦する際にはスポンサーが選手たちを手厚くサポートしてくれましたし、トップオブトップの選手たちとの旅企画など“世界”を感じられる機会を設けてくれました。精鋭たちが競うCTも過去には日本で開催されていてスポンサー枠で出場した日本人選手もいます。

しかし今の若い選手はそのどちらも期待しにくい状況。僕は未来に対して小さくない危機感を覚えています」。

世界を経験できないのが日本サーフィンの現在地。だから若手の成長を支える資金や仕組みづくりに関する知見などで大野プロは“外の力”を求める。

さらに現代は頭脳明晰でなければ勝てない時代。現役を退いたのちの人生を思っても、今後は教育面でのサポートは必須だと考える。

「もしサーフカンパニーではない日本の企業が国際大会のスポンサーとなれば状況は大きく変わると思います。世界のサーフィン界における発言力は強まり、スポンサー枠で日本人選手が大舞台に立て、CTを日本に誘致できる可能性も生まれます。

実際にブラジルはそのような投資を長い年月をかけて行いました。飲料メーカーや通信会社などがスポンサーとなり、グレードの高い国際大会をいくつも自国で開催して選手に力をつけさせ、CTに送り込んでいったのです。

ついには金メダルを獲得したイタロやガブリエル・メディナといった世界王者を輩出し、名実ともに世界屈指のサーフィン強国となりました。ほんの少し前まで国際的なポジションは日本とそう変わらなかったのに、です」。

もし今アクションを起こさなければ、メダリスト誕生によるそう長くはないブームを経て、オリンピック前の状況に戻る可能性がある。近い将来に3度目の夏季オリンピックが日本で行われることもない。そう考えれば、かつてない追い風が吹く今はサーフィン強国を目指せる最後のチャンスであるようにも思えてくる。

新しい光景が海に生まれて、この夏の“熱”は活かされる

サーフィン強国になると何がもたらされるのか。外なる力を得るには、そのようなビジョンも必要だ。

「環境意識が高まり、少子高齢化が進む今だから、SDGs、地域振興、健康促進とサーフィンの親和性は高いと思います」と言う大野プロは、「ファン・ザ・メンタル」というサーフィンイベントを地元の伊豆で主催している。

多彩なデザインのサーフボードを用意し、下田市と協働してサーフィンスクールを行い、幼い子供や高齢の初心者とも波に乗る楽しさを共有してきた。

年齢や性別を問わず心身の健全性と海への愛情を育めるのがサーフィンだ。社会貢献度は高く、しかも機会の提供は全国の海でできる。

そのような形で世界という高みと地域という足元の双方向からサーフィンの魅力を伝え、海に夢や希望を見いだす人が増えたとき、この夏の“熱”は初めて活かされたことになる。

Kyodo News、高橋賢勇(人物)=写真 
小山内 隆=編集・文

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(この記事はOCEANS :「 SEAWARD TRIP Vol.121 」より転載)
元記事は関連リンクへ↓

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